2006.04.19
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カテゴリ: ブログ小説
 どうやら信号待ちしているあの女の子に追いついてしまったようだ。
 すぐ横に並んで立ち止まってみたが、ぜんぜん気づく様子がなかった。
「やあ!」と声をかけると、一瞬怯えたような顔で彼を見た。その反応に彼も戸惑って「あ‥‥お、俺んち、駅の向こうだからさ」と慌てて言い訳めいた言葉を発してしまった。
「私、電車だから。駅まで一緒ですね」
 彼女の顔が一瞬にして笑顔に変わった。
 歩行者信号が青に変わり、駅へと向かう流れが一斉に急ぎ出す。その流れには乗らず、二人なりの速さで肩を並べて歩いて行く。
「あの、名前聞いていいですか?」
「俺は立人。‥‥たつと」
 聞き難いかと思って二度言ってみた。

 彼女はさらに無邪気に微笑んだ。
 ──もう呼び捨てかよ。最近の女子高生は適応力が早いなぁ。と彼は苦笑した。
「あたし空美。ソラでいいよ」
 その屈託ない明るさが、立人をすぐに彼女の会話のペースに引き込んた。
「俺があそこで七十年代のロックを演るのはマスターベーションみたいなものなんだ」
「へぇ、オナニーなの?」
 彼女は照れもせずに言ってのける。
 駅までの道行き、そんな二人の会話が続いた。
 芦原立人は二十三歳。グラフィック系のデザイン専門学校卒で現在はフリーター。学生時代から仲間とハードロックのバンドを組んでいた。卒業しても暫くは皆フリーターをしながら活動を続けていたが、次々と定職に着き始めると一人また一人とバンドを抜けていった。そして、最後に立人一人だけが残った。
 空美は、そんな話に、途中「へぇ」「そうなんだぁ」と相づちを打つだけで、ほとんど聞き役にまわっていた。
 立人が空美のことをほとんど聞けないうちに、二人は目的地であるS駅に辿り着いてしまった。

 立人は空美を改札口で見送ろうと思っていた。だが、彼女は立人の方に向き直ると「あたしコインロッカーにいろいろ入れてるから‥‥ここで」とペコリと頭を下げ、コインロッカーがあるらしい方向に小走りで去ってしまった。
 彼は暫しその場に立ちすくみ、取り残されたように彼女が消えていった方向をぼうっとした顔で見ていた。
 ──それじゃ、またね。ぐらいは言いたかったな
「まぁ、いいや」と呟くと、踵を返し自宅に向かって歩き出した。





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最終更新日  2006.04.19 23:37:19
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