京阪本線の開業時は現在より西寄り、旧京街道に沿って通っていました。関目駅は、1931年10月、路線が現在の位置に移されたときに新たに開設されました。
関目神社
この辺りは大坂城の鬼門にあたるため、鬼門を守護するために豊臣秀吉が建てたと言われる神社がいくつかあります。そのひとつが関目神社で、京阪・関目駅から西北西に400mほどのところ、旧線沿いにあります。

関目神社というのは通称だそうで、正式には「須佐之男尊(すさのおのみこと)神社」 というそうです(神社境内の説明に書いてありました)。
秀吉が鬼門を護るために建てたと言われている神社はこのほかにもあって、大宮神社(大阪市旭区大宮3丁目)、二ノ宮神社(枚方市船橋本町)、片埜神社(枚方市牧野阪2丁目)などが挙げられます。
関目発祥之地
関目神社の境内には「関目発祥之地」と書かれた碑が置かれていました。右側にある説明によると、野江・関目を中心とした周辺一帯は近衛家の荘園だったところで、平安時代以降、「榎並(えなみ)荘」として知られていました。「関目」という地名は、この地に見張所(目で見る関所)があったことから起こったといわれています。
明治時代、野江村・関目村・内代村の3つの村が合併して榎並村となり、大正時代には榎並町になったということです。3つの村の名前は住居表示にも駅名にも残っていますが、榎並は小学校の名前にその名を留めているだけのようです。