京阪の香里園駅から1キロほど東、寝屋川市に菅相塚という地名があります。枚方市と隣接しており、さらにその東には香里団地があります。
漢字の読みは「かんしょうづか」ですが、町名のほうは「かんそうづか」となっています。
菅相塚の「菅相」とは、菅の宰相(さいしょう=右大臣)、つまり菅原道真のことです。平安時代の延喜元年(901年)、醍醐天皇は、左大臣・藤原時平の讒言(ざんげん)を信じ、道真を大宰府の権帥(ごんのそち)に任命、つまり左遷してしまいました。
斎世親王(ときよしんのう)の妃として入内していた(つまり宮中の人になっていた)娘の苅屋姫(かりやひめ)は、父(道真)の左遷を伝え聞き後を追い、菅相塚の地までたどり着きました。しかし高台から見渡せる淀川には、父の乗っていると思われる船がはるかかなたに見えたものの、時すでに遅く、悔しさと悲しさで、泣き叫ぶほかはなかったといいます。
これとは別に、左遷された道真がこの地に立ち寄り、はるか都の方角を眺めて憂い悲しんだことから、いつしか菅相塚と呼ばれるようになったという伝説もあります。
実際に菅相塚に行ってみました。たしかにこの辺り一帯は、香里園駅と香里団地の間にあって高台になっています。しかし宅地化が進んだからでしょうか、淀川を見ることはできませんでした。
菅相塚町の一画
何か目印になるようなものはないか探しながら歩いていると、上の写真のような階段を見つけました。
「憩いの広場」
下から見ても分かりませんが、階段の上は広場になっていました。
広場の中
想像とは違い、見晴らしもなにもありません。
同上
簡単な遊具とベンチ、あずまやが設けられています。
菅相塚の由来を語る「鉢かづき姫」像
菅相塚という地名から、古墳か何かがあるかもしれないと言われ、調査もされましたが、いまのところ出土品も歴史資料もなにも無いということです。
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