こちら )
この建物の1階ロビーに、下の写真のような展示物があります。
いきいきランドロビー
同上
これらは戦闘機の機関銃、エンジン、プロペラなどの残骸で、2005年(平成17年)3月に、交野市星田北8丁目の第二京阪道路建設工事現場で発見されたものです。
この発見から遡ること60年、終戦直前の1945年7月9日、硫黄島から飛来した米軍機P-51約50機を伊丹空港から飛び立った日本の戦闘機が迎撃、空中戦となりました。鹿児島出身の中村中尉が乗っていた戦闘機「飛燕」は撃墜され、中村中尉はパラシュートで脱出。しかし米軍機の翼がパラシュートのロープを切り、中村中尉は星田駅付近の水田に墜落し死亡したということです。享年23歳ということです。
今回見つかった部品は、エンジンのマークから「飛燕」のものであることが判明、中村中尉が操縦していたものであることが確認されたそうです。
JR星田駅
さて、今度は場所を移して、JR学研都市線(片町線)星田駅です。
星田駅東側の道路
JR星田駅から100メートルほど東、線路の北に沿って上の写真のような狭い道路があります。
同上
さらに100メートルほど東に行くと、下の写真のような場所があります。
中村中尉鎮魂碑
同上
この辺りが墜落現場なのでしょうか。
碑文
碑文を引用します。
「陸軍中尉中村純一は学鷲として参戦 凄惨苛烈なる戦局俄かに急迫を告ぐる頃 一切の懐疑迷妄を越え 淡々として特別攻撃隊を志す
昭和二十年七月九日 天日を覆いて来襲せる敵機群に突入 壮絶なる空中戦を展開するも遂に被弾 この地に恨みを残して散る 近隣有志相集い 烈士の霊を懇ろに弔い鎮魂の碑を建つ
平和は血と涙によって築かれたるも愛惜と悲しみは尽きず 痛恨の碑の前に伏し御霊安かれと祷る」
23歳の命を散らした異郷の地。いまも献花やお供えが絶えないようです。ここではいまもなお、戦争が語り継がれています。
たしかに、平和は血と涙によって築かれたものなのです。
コロナド ビーチ 2013年11月09日
San Diegoに行ってきました 2013年11月07日