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2012年04月24日
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愚庵終焉之地

愚庵終焉之地
京都市伏見区桃山町泰長老JR奈良線 桃山駅より徒歩6分
京阪電気鉄道宇治線 観月橋駅より徒歩10分

「愚庵終焉之地」と書かれた石碑が、道路脇に建っていました。

「愚庵(ぐあん)」は、明治維新の激動期を生きた人です。福島県の武士の家に生まれ、本名を天田五郎といいます。戊辰戦争で行方不明になった両親・妹を探して長く諸国を歩きました。山岡鉄舟と出会い、清水次郎長を紹介されます。一時は次郎長の養子にもなったそうです。

清水次郎長は講談や浪曲で語られて有名になりましたが、その元となったのが天田五郎(愚庵)が書いた「東海遊侠伝」です。


愚庵終焉之地

その後、明治20年(1887年)、京都で得度して禅僧となり、鉄眼、その後、愚庵と名乗ります。明治34年(1901年)、この地に草庵を結び、明治37年(1904年)に没しました。享年51歳(満49歳)でした。

禅の道を極め、歌人としても名を残しています。各界の名士と広く交流したそうです。






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最終更新日  2012年05月03日 08時20分11秒
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Re:愚庵終焉之地(04/24)  
愚庵という方は知りませんでした。

終焉之地という石碑もあるんですね。 (2012年05月03日 12時44分07秒)

Re:愚庵終焉之地(04/24)  
>戊辰戦争が登場しましたが、少なからず、淡路島とも関係があるのでしょうか。

もう、お会いする術とて無いのですが、当時の人達の本心というのを聞き出せたら。、なんて思います。 (2012年05月03日 15時58分31秒)

Re[1]:愚庵終焉之地(04/24)  
あけやん2515さん、こんばんは。

たしかに終焉之地という石碑は珍しいかもしれませんね。
でも、諸国を歩いた愚庵らしい碑だと思います。
(2012年05月03日 23時13分21秒)

Re[1]:愚庵終焉之地(04/24)  
まあちゃん9541さん、こんばんは。

淡路島は戊辰戦争の舞台になりましたっけ? 鳥羽伏見の戦いからのち、戦場は東へと移っていったと思っていましたが。

戊辰戦争では、態度がなかなか決まらなかった蜂須賀家(徳島藩)と、倒幕派で動いた稲田家(淡路島を収めていた城代家老)との確執があって、その結果、新政府の意向が働いて、淡路島は徳島ではなく兵庫県に属するようになったそうですね。
(2012年05月03日 23時48分36秒)

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