Over in the Meadow

Over in the Meadow

ぶるふぁいのえいご




小学校低学年
  従弟が見ているからとセサミストリートを英語で見てみるが、ワケがわからないし
  映像も古クサイ気がして興味を示さなかった。

小学校6年生
  英語の絵辞典もどきを買ってもらう。2色刷りで各イラストにアルファベットと
  カタカナ・日本語訳がついているもの。中学生になるまでよく眺めていた。

中学校
  dogなら頭の中で「犬」と訳さなくても犬のイメージが浮かぶ。他の英語だって
  慣れさえすればそうなるはず、と思う。(いまだにそう思っているけどそう簡単には慣れないもんだ)
  漫画「エイリアン通り」を読んで、いつかはアメリカに住んで’Good Morning!'
  なんて挨拶しながらジョギングするんだ、と憧れる。

高校
  英語同好会に入る。(ほんの短期間、どうして辞めたのかすら覚えていない)
  学校のそばの教会へ行き、外国人の牧師さんと初めて英語で話し、通じたことに感動!
  学校で習う英語は外国人が話す英語と同じなんだ、と思う。
  同好会の先生が、「英語は息の量がすごいんだ」と強調していたのを覚えている。
  当時は恥ずかしくてマネできなかった。

大学
  英語とはまるで縁のない学生生活。バイトとバンドに明け暮れる。

就職
  つまらない。まるでつまらなくて海外脱出貯金に精を出す。
  社内に英語サークルをつくり半年ほど勉強。先生は外国人社員の奥様。可愛らしくて
  元気な英語に憧れ、頑張って勉強した。

1994
  インターンシップ・プログラムスに参加。アメリカのノース・キャロライナ州の
  小学校・中学校で4ヶ月、サウス・キャロライナ州の小学校で5ヶ月、日本文化を紹介する。
  ほんのわずかな勉強で飛び込んでしまい、そりゃー苦労する。でも英語のうまい下手
  じゃないんだ、と思わせてくれる人々に感謝。とっても貴重な体験が詰まった9ヶ月間を過ごした。

1995
  結婚。大手こども英語教室の講師になる。アメリカで日本を紹介したように、今度は
  日本のこどもに英語の楽しさを紹介したいと思う。

  月謝制で通い放題の英会話スクールに通学。テキストもなくとにかくしゃべる。
  一番英語力が伸びた時期。(TOEIC855)

2000
  一般企業に転職。ネイティブ英語講師を企業に派遣している会社で、講師のスケジューリングや
  研修の手配など。電話やメールは慣れたけどやっぱり話すのはちょっと苦手、、。

2001  Myar出産

2002  育休後復職

2004  引越しのため退職、憧れのMyarとの英語漬けな日々、、のはずが・・・
  川越の「英語と子育て勉強会」にMyarと参加するようになり、そこで手遊びのなどの紹介を始める。

  TOEICスコアup 940(10月)もう受験しないかも?  

  やっぱり子どもと英語遊びをするのは楽しくて、自宅でも親子英語サークルをスタート。(11月)

2005  Myar入園
  午前中の未就園児&ママ向けサークルに加え、園児&ママのグループもスタート。(4月)

  「ネイティブの幼児が英語を学ぶように学ぶページ」というサイトのクラスメートに登録。
  頭の中に英語回路ができるようネイティブの0歳レベルから頑張るデス。 


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