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月日は百代の過客にて・・・
これは松尾芭蕉の有名な俳句集「奥の細道」の冒頭部分です。人は旅を人生にたとえ、古人も旅の中から人生を悟っているのです。
仏教の開祖、釈迦も、旅の途中で悟りを開いたのは有名な話です。そして、この松尾芭蕉も旅の中から人生を含めた多くを語り、浪漫に満ちた彼の世界を、現代の私たちは知ることが出来るのです。
「旅」と「旅行」、同じ「何処かに行く」事には変わりはありませんが、実質は大きな違いがあります。
旅行は各地の観光名所を尋ね、遊び、その土地の名産などを食したり土産にすることが大きな目的です。
旅はいつも生活する土地を離れ、そこで違う空気に触れ、感じること、また特別な目的を持ち(仕事や帰省は当然除きます)その土地に出かけることが「旅」であると考えます。つまり、旅行と同じように、同じ交通機関を使って移動をする事には変わりありませんが、その目的などにより趣旨が異なるという事です。また、旅は一人もしくは二人程度の少人数で行なうということも、旅の定義に加えて良いかも知れません。
これに対して、「違う!旅も旅行も同じ」と声を大にして反対する人もいるかも知れませんが、歴史的に考えても私はこの二つには決定的な違いがあると考えています。
その他、旅を語る人にはそれぞれのこだわりがありますが、ここでは私が考えている「旅」という事をテーマに語っていきたいと考えています。
旅の手段は徒歩、自転車など自力で動かす手段から、公共交通機関である列車・船・航空機・バスなどがあります。もちろん自家用車もこの手段に入れていいと思います。
「旅の醍醐味は、公共交通機関で、知らない人と一緒に同じ空間の中を移動する」と定義する人もいるでしょう。それはその人が「知らない他人と共に移動する」という目的を選んだ場合に成立する定義であり、私は移動の手段はその個人の目的により自由な発想で選んでいいと思っています。
確かに旅の面白みのひとつに、「同じ旅をする他人と知り合う」ことや「ゆっくり景色を見ながら移動を楽しむ」ことがあります。ですからかつて私が「旅」を楽しんだ頃は、鈍行列車の旅が多かったようです。しかし、私の旅の目的は、訪れる土地の空気に触れたいということ、そこに住む人たちの生活を見たいということが主な目的でしたので、移動手段に関してはあまり拘りませんでした。むしろ、少ない時間の中でその場の移動を考えますと、新幹線や特急列車、航空機などもよく利用していました。
<< 初めての旅 >>
これは厳密には旅と呼べるかどうか分かりませんが、友人と3人で北海道を歩いた事があります。まだ青函トンネルが出来る前でしたので、青森からフェリーに乗り函館に渡ったのです。貧乏学生の頃でしたので、飛行機など使えませんでした。今は飛行機の方が安い場合が多いですが、当時はまだまだ飛行機の旅は学生には贅沢な旅でした。もっとも「スカイメイト」の会員になっていれば、正規運賃の1/2の料金で乗ることが出来るのですが、それには長時間、空港のロビーで待たなければならない、というリスクありました。そんな待っている時間があるなら、急行列車に乗ってしまえばよい、そんな考えから、僕らは急行に飛び乗ったのです。
今まで伊豆や千葉といった近場しか行ったことがなかった私が、急に北海道が行くことになったのには訳がありました。それは友人の一人が北海道出身で、しかも元炭鉱の町「美唄市」出身だったからです。
イギリスで産業革命が起こってから、石炭の需要は世界中で高まり、蒸気機関車や船、工場までがその動力源に石炭を利用している時代があったのです。寒冷地の冬の暖房は薪から石炭へと需要が広がり、まさに石炭の黄金期と呼ばれる時期がありました。
当然日本でも、明治以降石炭を燃料として使用し、その石炭を掘るための炭鉱が、この美唄を含めた北海道にも多く存在していました。しかし、石炭には大きな欠点がありました。不完全燃焼を起こしやすく、煙や煤が多く排出され、大気汚染の大きな原因としてあげられ、また石油の発掘が順調に続くようになると、エネルギー効率の高い石油へと、その需要が移行していたのです。
また炭鉱にはガス爆発や落盤というリスクも高く、昭和30年代の後半になると、多くの炭鉱が閉山へと追い込まれていくのでした。美唄市にも三菱美唄炭鉱があり、多量の石炭が採掘されていたのですが、昭和47年にはその炭鉱も閉山の憂き目にあってしまったのです。
私が興味を持ったのが、この閉山してしまった炭鉱の町を訪ねてみたかったからです。本当は一人でじっくり訪ね歩きたいと思っていたのですが、なかなかチャンスに恵まれずにいました。しかし、たまたま知り合った友人がこの町出身であることを知ると、しかも、まだおばあちゃんがそこに住んでいる、これは宿泊費も浮かせることが出来ると考え、友人を煽り北海道行きが決まったのでした。
私たちが上野で乗った列車が、約10時間近く掛けて本州の北の端、青森に到着したのは深夜に近い時間だったと思います。すぐに青函連絡船に乗り換え、北海道の玄関口函館に着いたのは、午前4時を少し回っていたと思います。季節は夏でしたので、薄っすらと東の空が白んでいて、初めて訪ねた北の街の爽やかな空気が、ちょっと疲れ気味の私たちを優しく癒してくれました。
朝もやの中私たちは特急列車に乗り込み、最初の目的地である「白老町」に向かったのです。白老町は有名な登別温泉の近くにある町で、アイヌの民族博物館などがあり、いかにも北海道の歴史を感じさせられる町のひとつです。最初にここを尋ねたのは、ここにも友人の親戚が住んでいて、温泉やアイヌ民族の歴史を辿るには適した場所だと考えたからです。
アイヌ民族はモンゴル系の血筋を引く民族のひとつで、有史以前より関東地方より北の地に多く住んでいて、その居移範囲は千島や樺太にまで及ぶと言われています。日本人は全て「モンゴリアン」と呼ばれる人種に分類されていますが、その祖先は南方から来たモンゴリアンと、このアイヌ民族ではないかと言われています。「アイヌ」という言葉ですが、これはアイヌ語で人間を意味し、彼らが自然(「カムイ」)の中に共存し生活をしてきたのではないかという証明になり、その伝統文化には「アニミズム」的な思想が多く存在しています。ただし、彼らの文化にはまだ不明の点が多くありますが、関東地方や東北地方にはアイヌ語が原語になっている地名が数多く見られることから、彼らの居住範囲や自然との共存文化というものが想像できます。
アイヌの歴史は15世紀の頃から、和人(南方系または朝鮮半島から渡ってきた民族)との交流が文書で記載されるようになって来ましたが、彼らが独自の文字を持たない文化を形成していたため、語り(ユーカラ)による伝承文化からその歴史を想像するしか方法が無いのも現状です。
アイヌ民族は日本の歴史が明らかになるに従い、和人による征伐や圧制に屈する道筋を辿ってきてしまっています。それは、「征夷大将軍」という言葉がありますが、まさにアイヌ民族の侵攻を止めるための司令官という意味を持つことから想像できるのです。(アイヌ民族というのは、平和的な民族で他民族を侵攻したという記録は無いです)
現在ではアイヌ民族の人たちも、一般の日本人と同じ生活と文化を共有していますが、北海道に住むアイヌ民族以外は、自分がその民族であることを隠している人も少なくないと言われています。
これは、江戸時代や明治時代の彼らに対する様々圧政の結果と考えられ、そのために、素晴らしい文化を持つアイヌ民族の生き方が現代の日本では埋もれてしまっているのです。
そんなアイヌの人たちの生き方を感じる旅をした後に、私たちは一路美唄へと向かったのです。
この文章を書いているのは、この美唄を訪ねてから既に数十年以上の歳月が流れ、私の記憶の中にその美唄の光景も薄れてしまっています。それは、まさに美唄という町が炭鉱で栄えたという過去の栄華が、私たちが訪れた時には薄れかけている、そんな遠い記憶の彼方のように思われている町になっていたのです。
この町で印象に残っているのは、廃坑となった炭鉱に続く舗装がされていない道。遠くに見える山が夏の日差しに照らされているにも関わらず、モノトーンのような情景を映し出していること。道の脇のトウモロコシ畑に、収穫を迎えたトウモロコシが重そうにぶら下がっていたこと。そういえば、その近所に「人がいる」という気配を感じなかったこと。
私の記憶の糸を辿っていくと、どうもそんな印象しか残っていません。
そうそう、友だちのお婆ちゃんが茹でてくれたトウモロコシの美味しさと、廃坑を利用して栽培されているというメロンの美味しさが、今思い出すと一番の記憶のような気がします。
それはきっと、時の流れが過去の栄華という事実を流してしまい、私たちに現実というものを見せ、未来へ向かって動き出すための一場面ではないかと思っています。
雲は一瞬たりとも同じ形を繰り返すことはありません。ある時点で最高の場面に遭遇しても、次の瞬間には最低に落ちることもある、人類の歴史を見てみると、まさにこのことの繰り返しなのです。歴史だけではありません。人の人生もまた同じです。
初めての旅でこの町を訪れた時、若いながらも感じたのがこんな人生訓だったのです。そしてその後私が旅をするたびに、訪れた町、知り合った人から、様々なことを学び教えを受けたのです。旅の素晴らしさは、これに凝縮されているといっても過言ではないと思います。
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