風に恋して ~自由人への応援歌~

風に恋して ~自由人への応援歌~

そよ風にのって 6章




3月13日、予定にはなかったのに、京都メキキの朝食会に出席する流れが作られ、その流れのままに朝4時、家を出て京都へ向かいました。遅れて参加した朝食会で、「倒産のススメ」を私は皆様の前で話すことを要請されました。急な出来事に戸惑いながらお話させて頂いたことは「私にとって、倒産することは、それまでの価値観と決別すること」で、それまで確かだと思っていた諸々の概念から自由になり、ゼロ地点に立つことであり、例えれば、この世にオギャーと裸で生れてきたその瞬間に立ち帰ることにつながりました。この肉体ひとつで、天地に「生きる」こと、ひいては「生かされている」ことの意味探しへの旅がその時から始まりました。具体的には摩訶不思議な人たちが次々と現われ、それまで正しいと思いこんできたことのひとつづつが目の前で仮面をはがされていき、不思議体験への道に入っていきました。
自然からの声に注意深くなると共に、生きるために必要な最低限のもので満足する心が生れ、自然に「感謝」の心も生れてきました。一椀の玄米ご飯、味噌汁、香の物の美味しさは格別で、それまで傲慢にも食べ散らしてきた中身なき豪勢な食卓では味わえなかった本物の悦びに涙し、心震えたこともありました。「生きる」質の転換を神から与えられた「倒産」という出来事がただただ嬉しく、感動の毎日を生きていることをお話させて頂きました。
「ホツマツタヱ」13綾に書かれている「すずあか(鈴明)の道」を迷いながらも模索していこうと思っています。「すずあか」の「すず」とは、「すずき(鈴木)」を意味しており、この「すずき」とは古代日本において、暦の役割をしてきた一年に一穂だけ伸びる非常に成長の遅い、その代わり6万年の寿命があると言われる木で、「すずあか」は日本独自の価値観、思想観から生れた人間の生き方を示す言葉だそうで、日本に「鈴木」という名字の人が多いのも、この心を我が物にしたいという人たちが多かったことを表わしているのだそうです。私たち人間も、この「すずき」のように不必要なものを所有せずに、必要以上に多くのものを浪費せず、生きるため最小限のものだけを使用し、慎ましやかに細く長く暮らすことが人間として正しい生き方であることが説かれているようです。

「ホツマツタヱ」13綾
      こずゑおもふに
いましめの なければみだる
はたれまや たからあつめて
すえきゆる これすずくらぞ
いきのうち ほしをはなるる
      これはすずかぞ
(訳)
末永く子孫のことを思うに、戒めがなければ乱れます。頭の回転だけが速く、利己主義で心のねじれた人たちが宝を集めます。その人たちの未来や子孫は消えていきます。これを「すずくら」と言います。生きているうちに欲望から離れること、これは「すずあか」と言います。

[新説]ホツマツタエ 理学博士 宮地正典著 より―
朝食会終了後、広隆寺を訪れ、名古屋へ向かいます。明けて14日、誘われるまま、その内容も知らず訪れた名古屋能楽堂で開催された『音魂霊(おとたましび)の集い』。大和心への旅を始めたばかりだというのに、この導きの尊さに唖然としつつ、この場へ誘われたことの悦びに、ただもう感動と感謝あるのみです。何が行われるのか極楽とんぼの私は、その場で手渡されたプリント3枚を頼りに、この集いの意味を確認します。「今回の音魂霊は、音楽家 横澤和也氏と大和古流御当主 友常貴仁氏との劇的で運命的な出会いによって実現された一期一会の演奏会です。」「本日正午、当能舞台におきまして矢渡しの儀を、無事執り行なうことができましたことを御報告申し上げます。本来ならば、御参集戴きました全ての皆様お立ち会いの上、催行致したかったのですが、堂内での矢渡しは大変危険なため、お立ち会い頂けなかったことを御了解頂きたく存じます。」神のお導きとしか言いようがありませんが、私たちはそれと知らず、その数少ない立会人として堂内に誘われ、まさに神儀鏑矢の実射を拝見させて頂きました。身に余る光栄です。

大和古流弓術奥義『降魔射の儀』

友常家が代々一命をかけ極秘裡に護持してきた大和古流は、日本古来の文武の道です。古事来歴をはじめ礼法、兵法、弓法、大和歌道(やまとうたのみち)、入木道(じゅぼくどう)、香道、茶道、華道、和笛など、文武の多くの家伝を当主一個人の内に修める掟となっています。全ての道において心法(こころののり)を一番重要なこととし、正師より伝えられる正道を宗としています。友常家はもともと『橘』氏で、敏達天皇の後胤、橘諸兄(たちばなのもろえ)が遠孫…と名乗りを上げる家柄で、古来橘流弓法の家として名をなしたところです。神武天皇東征に始まり、聖徳太子が日本国平定のため物部守屋を射抜いた神秘の弓矢を、『上司(じょうす)の法』として代々継承しています。南北朝時代、遠祖が吉野朝に伺候して以来、奥義は極秘裡に継承されていました。平成時代の幕開け『日本国平成国開(くにびらき)の儀』が日本三大稲荷の一つ、笠間稲荷神社において施行された際、当主廿一世貴仁氏の決断により奥義を初めて公にすることとし、昭和天皇即位の御大典の儀に使用された矢が日本国守護の矢として甲乙放たれ、虚空に鳴り響きました。本日披露されるのはその弓法奥義です。大和古流は心法による日本の古式の神武の原形を、厳正な理法の練磨と体足の運用の内に伝承し、日本尚武の真髄を守ることを使命としている。

堂内に張られた五色の幕が最初に目に入ります。この五色の幕は矢止めとして用いられ、紫、白、赤、黄、緑(黒の代わり)の一つ一つの色に意味があり、それは天にめぐる五つの惑星を表わしており、木、火、土、金、水、宇宙の全ての事象の根元を表わしているのだそうです。この五色の幕は、矢を止めるのではなく、久遠の虚空に放たれる無限の空間となり、そこへ大和古流廿一世当主の神魂と重なった大鏑矢、小鏑矢が「大和魂霊開」の言霊にのって美事に放たれました。無限空間へ大和心が鏑矢と共に突き進んでいったその瞬間、その矢は私の心奥にも届いた気持ちがいたしました。大和人として生を受け、今日まで生かされてきた自分の過去は過去として、それにとらわれることなく大和魂霊を持つものとして「今」を学んでいこうとの想いを自分の内に見つけた瞬間だったのかもしれません。
能楽堂からの帰途、UFO氏の「今日の儀式は三次元地球の終焉を意味しているんだよ。」との言葉にアインシュタインの預言と共に、これからこの世に広く認識されていくであろう大和心の働きに想いをはせていきました。会場で販売されていた友常貴仁氏の5冊の本、早速読み始め、大和魂霊とはいかなるものか、手探りながらその心を求める旅が嬉しく始まっています。


友常貴仁氏の著作リスト

大和的
未知の力をそなえる約束

千年の四季
はる なつ あき ふゆ、あめつちの聲

千年夢一夜
春立つ日、円覚寺烟足軒より

大和古流の「躾」と「為来」
ニッポンでは自然に学ぶのが礼儀

もう朝だぞ!
聖徳太子の末裔が解く「朝の不思議」

全て三五館より発行されています。忘れていた大和心への旅、一緒に遊んでみませんか?

1999.3. 27記

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