風に恋して ~自由人への応援歌~

風に恋して ~自由人への応援歌~

そよ風にのって 7章




5月1日、池尻大橋で「生酒を楽しむ会」をやるけれど来ないかと友人、森本康彦氏に誘われ、美味い日本酒を堪能したのだが、その時、京都亀岡の自然農園から届けられたという手の平大の生椎茸をご馳走になった。大きさに驚いたが、シャキシャキとした歯ざわり、焼いてレモン汁をかけただけのシンプルさは、自然を丸ごと口に入れた感じで、椎茸の悦びがそのまんま私の悦びに変化した。その他の料理も自然が生きていて、感謝感謝の嬉しい時間を味わい尽くした。帰り道、菱田農園から届けられた椎茸の箱を大事そうに小脇に抱えている森本氏の姿が目に入り、「まだ残っているの?もしよければ1~2枚私にくれない?」図々しく2枚もらって帰宅。嬉しくてその姿、形を娘に見せる。日々の買い物ではお目にかかることのない特大椎茸に目をみはり、翌日の味噌汁に刻んで入れる。美味いっ!!今日まで食べ慣れていた椎茸の頼りなさを改めて感じる。「アワビを食べているみたい。」と娘。「凄いよママ。美味しいよ。お替わりしてもいい?」しばし、娘と食材の持つ力について話が弾む。

食材自体が生命エネルギーを持っていれば、ほとんど料理などという技は必要ないし、むしろシンプルである方が手掴みの美味しさを感じさせる。こんなエネルギー溢れる食材は都会では手に入らない。手に入れようとすれば、それも可能ではあるが、コストがかかる。近くのスーパーにも地場野菜コーナーはあるが、値段が高い。味噌、醤油、塩だけは食の基本だから、拘りを持って高くとも購入するが、野菜までは手がまわりかねる。エネルギー溢れる暖かそうな泥付きの大根(300円)を横目で見ながら低体温で淋しそうな大根(100円)を籠に入れてしまう。「生きる」という大切な基本の選択が、経済という足枷で否応なく決定されていく。誰でもがいつでも、生きている食材を手にできる社会を夢見てしまう。食の工業化が生んだ文明の衰退、脳の歪みを悲しく思う。菱田農園に限らないが、自然農園が全国に広がり、一人でも多くの人が素材の違いを体感し、手ごろな価格で大地、地球のエネルギーをそのままに体内に取入れられる環境が整うことを改めて夢見てしまった。

そんなある日、電車の中吊りの雑誌広告が目に入った。「進む企業崩壊!親が外泊を許可してくれないので社員旅行にはいけませんと言う新入社員」なんと愚かしい。やはり食の工業化はここまで人間を駄目にしてしまったかとの思いに交差して、別の思いが脳内に生まれてきた。
経済的な危機によって企業は今、必死の戦いをやっているが、この記事は内部からの崩壊が起きていることを報告している。駅の周辺にたむろしている20歳前後のジベタリアンたち(立っていることができず、地べたに座り込んで何事か話し合っている若者たち)の姿、やりたいことが見つからないまま定職に就かず、アルバイトでその日暮らしを楽しんでいる若者たちの群れ。彼らだって本当は何かがしたい筈。心が悦びで沸き立つことがあれば、迷わずそれに飛び込んでいく筈。

4月に晶美嬢と二人で淡路、香川、岡山とまわり、京都で琵琶湖まで一緒した青年は、電気もガスもない京都の山奥で樵をしていると言った。実家は裕福な家庭らしいのだが、自ら望んで原始生活の体験をしている。身体の中心にしっかりとした芯が通っており、綺麗な瞳をしている。全身から生命エネルギーが放出しており、とても魅力的だった。

心を悦びで満たすことのできない現代の生活に、彼らは「No!」と言っているのだ。今のままの経済社会では、人間は悦びと共に生きられない。だから、彼らは私たちが長年にわたって教え込まれ、捕らわれ続けてきた「人間はこうあるべきだ!」という価値観を本能的に否定し、現代社会を崩壊させようとしている戦士(天使)なんではないかとの想い。行き詰まって窒息状態の現代社会を源に戻そうとする心優しき天使たち。顕在意識では何を考えているのかはわからないが、彼らは潜在意識でその意味を知っているのかもしれない。彼らは21世紀の新生地球を創造するために選ばれた戦士だったんだとの想いに自分で驚く。こんな思考回路が私に生れるなんて!陰と陽、男と女、善と悪、全てはひとつ。悪いことなど何もない。起きてくることは必然、意味がある。苦笑混じりに読んだ中吊り広告の文章を再度見つめる。「進む企業崩壊!親が外泊を許可してくれないので社員旅行にはいけませんと言う新入社員」彼らは何千年にもわたって築かれてきた人間の価値観と経済システムを内部から崩壊させるために送られてきた心優しき天使たち。この意識は私のもの?企業戦士の見本のようだった私が思いつくこととは思えないが、なぜかこの意識がやってきた。驚きと感動。シルクのブラウスからTシャツへ、ブランドバッグからリュックサックへ、パンプスからスニーカーへと自分を規定していた不自由な外見を取り外して、素の自分に近づいてきたが、この意識の変化に我ながら唖然とする。でも、満更でもないな、この世。面白いことが起きそうな予感で、苦笑は満面の笑みに変わり、私はウキウキ弾む心で電車を降りた。今日もいいことがありそうだなぁ。

1999.6. 23


© Rakuten Group, Inc.
X

Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: