全8件 (8件中 1-8件目)
1
「HbA1C5,0でもう糖尿病の心配ありません」 待ちに待った言葉をお医者さんからいただきました。 5年前の11月11日出先で倒れ救急車ではこばれ緊急入院、脳梗塞とおまけの糖尿病の手帳までいただきました。 献立、計量された一杯の茶碗の食事、酒の趣向も関係なくなり、唯青い糖尿病手帳からの縁切りのみを願い続けてきました。 私は食うだけでしたが、裏で献立する妻は大変だったでしょう。まず感謝。 転ばぬ先の杖ならぬ、転んだ怪我を小難の糧としてこれからの健康生活をしようとおもいます。 超ミネラル水を推薦していただいた野島博士、事務局の深谷さんありがとうございました。 ミネラルバランスをこれからも気をつけようと思っています。
2008年12月16日
コメント(0)
篤姫の大河ドラマが終了しました。 大名がそれぞれ治めていた体制を国に統一変革して、世界の動きに伍していけるようになりました。 歴史は繰り返すといいますが、今も似たような国内状況のようです。 世界の経済状況がおかしい中、国会は俺が俺がの政党の論戦ばかり。 与党の中でも不穏な渦が起きて、又報道関係がさわぎたてるありさま。 企業では、採算悪化を採用取消、リストラで小さく切り抜けようとするありさま。 放り出された弱者は年の暮れになってあわれなものです。 政党の枠をこえて賢者が国の体制を司る維新体制をとって、挙国体制で不況に対処してほしいものです。 50歩100歩の党首会談はあきました。 廃藩置県の如き廃党置賢体制とならないものでしょうか。 腹をすえてかからぬと、世は歴史にない新しいページに向かってる趣も考えられることです。 青虫がサナギとなり、脱皮して蝶になり、地上から飛翔の世界に変わるような突飛な変革の世界経済がやってくるかもわかりません。
2008年12月15日
コメント(0)
12月14日は47士の赤穂浪士が吉良邸に討ち入りし、その忠臣の快挙に想いを馳せます。 艱難辛苦の物語が日本人の心に響きテレビも年末にはどこかで放映され視聴率も悪いことはないようです。 しかし、家思う家臣の苦労ももとはといえばトップである浅野匠守が、ご法度の殿中での刃傷事件を犯したからです。 殿がそつなく勤めをはたし、騒動を起こさなかったら一家安泰、大石内蔵助も昼行灯の好々爺家老で終えたかもしれません。 トップの判断、行動でもって一家郎党が彷徨うことになるのは、現代もかわりのないことのようです。 業績が悪くなると人員削減で対処するのは、整理される部下には耐え難いことです。 その前にトップの資質を己に問うべきです。
2008年12月14日
コメント(0)
我が家は毎夜ライトアップで明るい。 前のスタンドが24時間のセルフスタンドになったからだ。 5,6人いた店員さんもこなくなって、留守居の人が時々見回りしてるのがみうけられる。 値段も5000円、2万円、現金と購入したカードで値段が2円から5円ほど違うようだ。 最初は中々人がよりつかなかったが、最近は夜中にもひっきりなく客がある。よそよりだいぶ安い。 静かな真夜中に注油指示をする機械の女性の声が響く。 2時、3時、4時ごろに来る人はなにをしてる人だろう。これが又多い。 給油トラックも前より頻繁に来てるようだ。 薄利だが人件費がいらなくなったのと量がおおくなったんで採算がとれるようになったんだろう。 経営者は他所の人でめったにこないし地域の人とは話もしない。 解雇になった店員達も年末で大変だろう。 トカゲのシッポ切がここにもあった。 物騒な世になったが、ガソリンを出しっぱなしにして事故が起きるかもしれぬ。 やはり夜は明るくなくってもいいようだ。
2008年12月13日
コメント(0)
師走の風は年の終焉が近くなると思えば物悲しくかんずるが、新年の来迎を思うと冷たさも快く感ずるものと思っていました。 しかし最近はそんな悠長なことをいったら白眼視されるような社会状況です。 世情の趨勢とはいえ、人員整理が名ある企業の延命策に次ぎ次ぎに行われています。 寒空に職をなくす者のあわれは計りしれません。 欧米では、週給で割り切った労使契約のもとで仕事をしていまたが、終身雇用型の家族臭が残ったわが国では何か割り切れないものをかんじます。 一億総玉砕が叫ばれた去る幾十年前の師走では、欲しがりません勝つまではと食うものも分け合い、ボロをまとって助けあいました。 その目的の是非は別として、同舟の絆は強かったような気がします。 赤穂浪士の命を懸けた主家再興にかけた事件も師走の風が思い出させます。 安易なシッポきりでなく、耐えがたきを分け合い玉砕覚悟の労使強調策なるものが日本人的発想として出てくることを期待したいものです。
2008年12月11日
コメント(2)
ありがとう。 ごめんなさい。 あなたが大切です。 なんと単純な言葉であり、含蓄最大の言葉です。 個には体内に治癒力を増し、難病をも治癒し、社会では親密な共同体を醸成するといいます。 太平洋戦争の勃発日が昭和18年12月8日。 空襲警報のサイレンがテレビ番組で鳴ってるようですが、いまだに心騒ぎ席を若者とはなれています。 世界の指導者にこの3つの言葉があったならこの思い出もなかったろうし、いまだに戦争をしてる場所も消えるでしょうに。 又物騒な社会犯罪もなくなるでしょうに。
2008年12月08日
コメント(2)
「自分はこう思う」ということはいってもよいが、 「自分のいってることはまちがいない」というようなことをいってはならない。 世界は広く、自分は小さいのだから。 自己を知るためには、自己以外のものを知らなければならない。 自己と他人とをくらべてみて、はじめて自己が明瞭になってくるのである。 他人のしていることは良くわかるが、いざ自分のことになると、直接、利害関係がおよんでくるので、たちまちまよってしまうのである。 たいていのことなら、他人のしていることを、とやかくいうものではない。 自分は自分だけのことをしていたらよいのだ。 小さい自己に執着するから悩みが多くなるのだ。 よく人の言動を観察してみると、その十中の九分九厘は自己から発している。 これは無理もないことであり、また一面からいえば、それでよいのであるが、世界は自分だけのものでないから、どうしても、ときには、自己をまったくはなれた犠牲心を発揮しなければならないのは、明らかなことである。 今の世にもっとも欠けていることで、もっとも必要なものは、この犠牲心であろう。 若いあいだはは、ともすると、物事を簡単に考える癖があり、手っとりばやくかたずけてしまいたがる傾きがある。 これは自分の心が簡単であるから、いっさいをそうみるのである。 世渡りというものをしてみて、はじめて、すべては複雑きわまるものであるということに気がつく。 そして、心に落ち着きができ、質実にコツコツとやっていくようになる。 われわれの、この世における経験が積まれていき、万事に対して心がしずかになり、落ち着きができてくればくるほど、物事を本質的に塾視しようとするようになり、進歩に対する無謀な焦慮がなくなり、世上いっさいのありのままを、それぞれの完成にいたるやむをえない過程として寛容することができるようになってくる。 それと同時に、自分というものの一念一動が、非常な影響を、絶えず、外に対して与えているということが如実にわかってくる。 ここではじめて、他人にたいしてはあくまで寛大に、自己に対してはあくまで厳酷にという根本的良心の態度がきまってくるのである。 「生き甲斐の創造 出口日出麿」より
2008年12月06日
コメント(0)
ものの成るか成らぬかは、その人の一心になるかならぬかによってきまる ものである。 人はだれでも死ぬ。 まちがいなく死ぬ。 死ぬまでになにかしておきたい。 とにかく、自分というものが、この世に生まれてきたしるしだけのことは、そうとうにしておきたいーーー とだれでもが考える。結構なことだ。 この世の中はちっとも思うようにならない。 つまらない、あほらしい、しゃくにさわるーーー とだれでもが思う。まったくそうだ。 阿呆にならないと真の仕事はできない。 人間というものは案外気のちいさいもので、ちょっとしたことにでも、自分のえらいところを人に見てもらいたいという気があって、いらぬことにいろいろと気をつかっているのだ。 「人はどうでもいわばいえ、おれはおれだけのことをやってみせる」 という広い胸をもっていなければならない。 人を汚く思うものは、自分が汚いからだ。 利己なければ畏れなし 畏れなければ自由自在なり 「生き甲斐の創造 出口日出麿」より
2008年12月05日
コメント(0)
全8件 (8件中 1-8件目)
1