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心に壁があってすごく自分を守っていました。最近それを指摘してくれる人と出会い確実に気づきました。それまではうっすら気づいていたけれど無視していました。人が入ってくるのが怖かったんだと思います。そのせいか、まじめな男性が近づいてこなかった気がします。なんでたくさんの女性と付き合いたいような男性がくるんだろう・・と思っていました、私自身は普通のつもりなのに。防御が硬いので、そんなことを気にしない図図しい人がよく近寄ってきていたのでしょうね。そういった図図しさも男らしさと受け止めてつきあってしまい失敗が続きました。防御を解いて楽になりたい・・。しかしそれに気づいたはいいけれど、壁を取り去るのはどうしたらいいんでしょ?取り去るのに成功されたかたはいますか?ーーーーーーーーーーーーーーーーーご自身を守れない感覚がおありなので、守られている感覚をしっかりと学んでいくことが課題にはなります。防御ってよいようだけれど、結局、大丈夫かな、大丈夫かな、というように、係わりを持つので、逆に上手くかかわれないこともあります。例えば、会った最初から、あるいはメールでやり取りをしているだけなのに、「付き合うならば、ちゃんと付き合いたい」みたいに不安から聞かないとならないのであれば、これはもう、不自然です。(会ってすぐにそんな恋愛で、相手を知らないのにそこまで決意できる人がいる方がおかしいので)それで寄ってくる相手はやはり、責任感がないかもしれないし、調子が良すぎるかもしれないし偏ることも、あるでしょう。防御が固すぎて真面目な人が寄ってこないのがなぜかはこの、短い書き込みだけでは、詳しくはわかりませんが、あまりに固ければ、真面目な人は、通常、普通に話をしながら発展をしていきますから、その段階で、あなたが「恋愛や先々を」意識しすぎている、ということはあるかもしれませんね。ごく普通に話をして、その人がどういう人かを見極めたいのに、もっと相手が保証をしてくれないとならないと思い過ぎていたり、(つまり付き合うとか好きであってほしいとか、ではないと防御をしているとか)あるいは、その程度の気持ちならばいけないと思い過ぎたり、対応が明確ではなかったり、普通に恋愛を始めることがしにくくて、おっしゃっているように押してくれてようやく勇気がでる、大丈夫だと確信をしたいと思うみたいに、です。守られて安心な気持ちがあれば、逆にこれは、こうしたいとか、違うときには違うといえるし、安全も造り出せます。この人安心かしら、不安だという視点ではなくて、全体をもう少し見渡せるでしょう。で、外せない理由、なんですが、頭の中で、自分はこうしないと危ない、絶対にこの方法で生きていきたい、というように方法を選択した時期があるからです。防御をしなくちゃ、自分が傷つく、と思っておられるのですがいったいどんなことを傷つくと思っておられますか?拒絶されること?(何かを言っても反応が悪いと自分が拒絶をされていると感じるとか)それとも、自分の嫌な面をみられて、ある反応を示されると自分がダメになる気がするとか、変化そのものがあまりに怖い、という人もいるし、相手があまり自分を好きではないと気が付くのが怖くて変なことをしている人もいるし、それとも、ほかのこと?ここが具体的に出ることが、とても重要ですが、かなり隠れていると思います。まずは、それが怖いんだ、と認めることです。でも実際には、それを避けるために防御をしているけれど役に立っていないことも、学んでいく必要があります。それは怖いけれど、別に怖いことではない、と知ることのほうが、それを避けるために誤った方法を用いるよりも、重要なことなのです。その方が流れが良くなることに、気が付くでしょう。あらゆる面で、です。傷つくと思っている事柄そのものの目標が本当は誤解であったりもします。それらを解くと、生きる姿勢は変わっていきます。それと、一つ、気になるんだけれど、その、指摘をしてくれた人は、自分が付き合おうとした、異性ではないですよね?そうだとしたら、また違う事柄は絡んでいそうです。自分の意思をしっかり持てずに、相手の言葉に右往左往する人はやはり、恋愛で問題が起きがちです。自分の意思を持てないために、防御をしているんだけれど、相手とかかわると意思を上手に表現ができなくなるのであれば、自分の意思を伝えられないから防御をする、という方法が、ちょいと、改善が必要あるかな、と。いう場合もあります。――――――――――――――――――――http://www.acoreading.com ご自身の癖は、ご自身を守るために出来ています。自然な方法でそれらを変えていきます。実際には潜在意識が変わっていくので様々な問題がほどけていくでしょう。
2011.10.31
何だか今までの友達といて違和感がある、なおかつ、今まではどうも、自分が友達になったら、味方にならないと、と無意識に感じていたようだ。そのために、違和感を感じようともせず、友人に合わせて理をしていたことにも、気がついた、とのことですね。そして、嫌いではないけれど、ちょっと距離をとってみた、とのこと、それでー。今は本当の友人について学ぶ時期に来ているのですが、本当の友人を作るためには、自分と友人になることも、含まれているでしょう?あなたは、今まで、潜在意識が、「味方だと思って楽しくなくても、無理をして会っていないと、いけない」というように、感じていたのです。そのために、ご自身が、今日は一人でいてエネルギーを溜めよう、とか今日は人と会おうとか、計画についても同様に、こういう計画だったらいいな、とか、ご自身のためにしっかり計画を練っていなかった可能性もあります。でも無理が積み重なってきていて、そういう方法ではない方法を学ぶ時期です。友人とは、心地よく、ということを学んでみてください。何よりもご自身と友達になってみてください。距離を取る、というと、変ですが、会いたい時間に一緒にしたいことを本当に自分に許してあげてよいのです。そうしたときに友人は、重たいものではなくて、本当にしてくれてよかった、と感謝を出来る人々に変わるでしょう。そして自分に忠実になっていくときに本当は、こんなふうに付き合いたかったんだ、ということに気が付くかもしれません。と同時に、そんなお付き合いができる、新しい出会いも、出てくることでしょう。本当に自分と調和をすれば、様々なことが起きるものです。
2011.10.28
先日、このような相談がありました。一応、内容を簡潔にしておきます。○ ご本人としては、クライアント先からの意図を組み入れた企画を練った。 そのため、あまり内容を大きく変化はさせたくない、という部分もあった。○ 上司には手痛くはねつけられた○ そのために、自分はとても怒っていて、そのまま上に通して決めてくれ、 といったが、本来は、上司と本人が話し合ったうえで、さらに上の 上司に持っていき、決める事柄である。というようなことだったと思います。内容は、先日読んだ記憶に頼っているので、若干違うと思いますが、ご容赦ください。それで、怒りが強くてやる気がでないし、ムカッとして馬鹿呼ばわりされたみたいに感じている、というようなことも書いてあったように思います。さて、本来人は、皆、課題を持っています。メールカウンセリングでは今起きていることと、課題をお伝えするようにしていますし、対面のセッションでは課題になってしまっている、強いこだわりを整理します。上司の方のことを言えば、相手のことを考えずに「これがいい」と思ったことをやってしまいますから、この忍耐のなさから、いずれ、「周りはわかってくれない、これだけ真剣にやっているのに」とイライラしすぎて体を壊してしまったり、自分としては熱心に頑張っているのに、なぜ評価されないのか、というようなことが起きたり(という欲求不満は常におありかもしれません)周りと上手くいかずに自分は正しいと思うのにどうしてなんだろう、と思うようなことは起きてきます。馬鹿にしている、あなたを低く見ている、というよりも必死に良いものを造り出さないと怖い、という彼自身の課題があるわけです。で、あなたご自身のことを言えば、まず、ご自身が怒っていてやる気もなくなり、投げやりになったり、どうしても話し合う気になっていないという事柄を、整理をしていってください。怒っていて何を伝えてよいのかわからない、伝えることや方法が学べたら、ということですが、伝えたらよいのは、あるいは伝えなくても、向かっていく方向は、ご自身が書き込みの中で言っていられた、「クライアントの意図を組んで、なるべく相手に配慮をしてやったほうがいいのでは」という内容を、盛り込む方向です。ここにすれ違いがありますから、あなたは、相手先(クライアント先)の意図を組みたい、上司は、良い内容に変える分には、何も問題がないであろう、ということなので、そのすれ違いは整理をする必要があるでしょう。相手先に確認をとる提案を上司にしても、良いですし、第三者を入れての話し合いの際に提案をしてもよいです。ようは、その上司に、相手の意図をある程度組まないとまずいのではないかなという考えを伝えることでしょう。正しい判断(過去からの怒りに巻き込まれない判断、過去からの怒り、というのは、脳がこういう場合は、この人はどうせこうで、馬鹿にしていて、という判断から来る怒り)が出来ていると、その判断からは、正しいことが起きます。相手にとっては、「自分さえ正しければ、良いと思えば能力を出し切ればいい」と思っていたことが、相手への配慮という部分も必要なのか、と学ぶことですが、これは、潜在意識上は、彼もわかっています。わかっているけれどできないんです。だから痛いところはつかれますが、つまり嫌だ、ということです。でも、こちらが相手への判断を持たないときにのみ、相手はすんなりと受け入れてくれます。だから、正しく伝えれば、正しい方向に動きます。こちらが判断がない、という状態が難しいんですよね。きっと。それは、相手をただの人、として見ている状態です。こうしてああしてわかってくれず、というように「何か」を挙げて接していない状態でもあります。ご自身が、相手がどうせこうだろうと決めつけると相手もそのように、行動をしてくれます。ですが、怖ければ、もちろん、伝えなくてもよいのです。^^信じていないのに、無理をして伝えると、やっぱりもめます。無理はしないことです。ただ、これをわかっていたら、いずれご自身のなかで何らかの変化も起きてくるでしょう。あなたと彼(もしくは彼女)との関係では、いつもこの問題は上がってくるでしょう。あなたは相手の意思を慮って企画をしたい、上司はより良いものに(自分なりの視野ではありますが)したい、そうしていないと不安だ、そこをどう、上手く扱うか、です。自分がその傾向を知っていてここは変えるとよいですよね、確かに、でもここは、クライアントさんが大事にしていることに思いました、というように提案をしていくことが今後も必要になるやもしれませぬ。怒りは確かに、問題をわからなくします。そして、その気持ちは相手対自分の葛藤になってしまい、どうしてもこだわったり体が動かなくなります。相手との問題になってしまって本当にすることが簡単であることが、わからなくなります。でも怒りは何かを教えてくれています。相手に問題がなってしまっていますが自分なりに、相手のことを考えて企画をすることもよいのではないか、ということを、自分に認めることも大切でしょう。私たちが潜在意識を変える、よい状況にする、というのはその囚われをなくす状態を作り出すことなのです。ざっと、こういうことで、考えてみられたらよいのではないでしょうか?ヒント程度で申し訳ないですが。ーーーーーーーーーーーーーーー潜在意識を変える、ということは、今までの判断からわく感情のストレスを下げて、正しい目的に気持ちを持っていきやすくする、ということでもあります。ACRでは、そちらに向き合えるように、セッションをしています。http://www.acoreading.com
2011.10.25
彼がいなくて、友人がアドバイスをしてくれるが、とても傷つくないようだ、とのことです。その友人は、メイク、よくない、ちょっとひどいよ、というように言ってみたり、そんなの間違った人との関係、しゃべり方やめな、とか、言いたい放題のご様子。そのため、相談者さんは、自分が、そんなにも、悪いのかな、とも、思ったり、お友達をやめようかなとも、思ったり。彼女の言葉は、こう続きます「彼女は私を親友だといって、結婚式のスピーチまでしてもらうから、と言ってくれているのに、彼女に傷ついているという真実さえ話せずにいます。最近は何か言われたときに、顔に出さないで、さらっと流すことだけに気を配り、そんなことも疲れてしまいました。イヤだから止めてと言えない弱さと、意見を言えないずるさ、傷つけることが嫌だと言いながら、文句を言われないように機嫌をとったり、顔色をうかがったりする自分が、本当は好きになれなかったり、彼女を疎ましく思う理由なのかもしれません。そして、心のどこかで自分の不快な感情をぶつける彼女を、どうしてと心の中で責め立ててしまって、人を動かそうとする自分がいやになります。 ―――――――――――――――さて、相談者さん、まず、ご自身を責めないようにしてみてくださいというのは、化粧が下手でも、お付き合いをする人もいるし、人は、だれでも空気読めないところがあるけれど、それでも、お付き合いをしていく人は、たくさんいるし、空気が読めないよね、そんなしゃべり方、やめな、というのは、どうも、「彼女が嫌いなこと」を、だから、駄目なんだ、という言い方で伝えているようです。人は、他の人から見ればそれが欠点で嫌なことあってもお付き合いをできるか、できないかは、それと関わりなくしていくこともあります。それに、ひょっとしたら、空気を読めないよね、というようなことが、彼女が中心で、話したいのに、話せない、というような場面であるとしたら、癖を探してみてください。何が起こっているのか、わかりませんが、たとえば上の例でいえば、この人、話したいんだ、ああ話しをさせて、というのが、空気読めない、と伝えるんだ、というように、他の何かに気がついてあげる必要があるかもしれません。その方が、「このしゃべり方、好きじゃないな」と思ったり、「今はこんな気持ちをわかってほしかったな」と思うときに、人を責めてしまうことも(親しいと)あるのでしょうし、そういうご家族でぽんぽん言いあうのに、なれているのかもしれません。もちろん、お付き合いを、あなたが、長いあいだ、されていないのは、あなたが怖かったり、色々おありかもしれません。でもどうも、彼女が伝えているのは、何かが気に食わないと「自分がこう変わってほしい」という点を累々と伝えていて、あるいは、ふと、気になるとそれを極端に伝えるところはおありです。でもその点をあなたが変えても、お付き合いが出来る、という補償はないようです。ご自身が異性にもう少し積極的になったり、ということのほうが、はるかに、大事になるでしょう。だから、自分が悪い、というよりも、この人が個人的に自分の、これが、嫌だと思ったらすぐ言います。でも、私だってこんな物の言われ方は嫌だし、いろんな欠点が(まあ、個性の違いだけなのですが)あって、当たり前なんだ、お互い様、ともいえます。この方と、の学びは、彼を作るのに、とても今大切なことは、ご自身がゴミ箱にならない訓練かもしれませんね。ゴミ箱にならないためには、ごめん、アドバイスはありがとう、でも、そんなに何もかも、変えられない、ということは、彼女に勇気をもって、伝えてもいいでしょうし、それが異性に対してちゃんと人と人として、勇気を持って伝えられる、ということに繋がることにも、なるでしょう。伝えて、彼女が、反省をするようであれば、本当の親友ですし、(いったんは彼女はごねるとは思いますが、反省をして、気をつけてくれるのであれば、あなたを大事にしている部分はあります)伝えて、「親切でやってあげているのに、だから駄目なんだ」と、離れていくようであれば、あなたは、利用をされていますから、それはわかったうえで、どうするかになります。彼女が、ご自身の思い通りに伝えたい、というところも、強すぎるので今後、その方ご自身が、自分を整理していくことも、出てくるでしょう。あるいは、そんな関係、いらないよね、という意見も掲示板でありそれだって、自分を守る正しい意見です。そっと離れることもできます。もしくは、この人が言っている事柄は、すべて、「自分の好みを」伝えていて、ちょっと癖があるなあ、何でも全部駄目、というように言うんだな、と聞き流すことで、異性との関係で、聞き流して主導権を握る、という訓練もできます。聞いていても、だって、その人の意見だし、うんうん、といいながら不必要なことは、せずに楽にいられるとボケとつっこみ、みたいな付き合いが出来る人もいるでしょう。つまり、何でも上手に学んでみてください。大事なメッセージかもしれませんね。ご自身が、我慢をして、だんだんと自分が嫌になる、相手も嫌になる、だんだんと駄目になる、力をもてなくなる、そのことがテーマですから、それにどう自分が接するか、です。 本当に上級者になれば、問題を正しくみて、伝え返すことが、よいでしょう。ごめん、今のしゃべり方が気になった?というように「あはは、これは、殴られたみたいに思った?」みたいに。本当は、「彼女が感じている」ことであって、「彼がだからできないのよ」というのは、別の問題だ、と正しく整理をする必要はあります。そのために、「あれ、このしゃべり方が気になっているのかな?」というように自分が悪いとか、相手が悪いとか、それらにまぎれることがなくなったら、自分がふと感じた正しい直感を、正しく、「自分の感想として」伝える訓練は、とても役に立ちます。彼女が、強く言って自分のことをわからせようとしているところもあるので、全部彼ができないのは、そのせい、と弱いところをつくような、会話になってしまうのですが、この問題はこれね、というように、べつべつにわけて、強く言わなくて大丈夫なんだよ、という訓練を相手にもする必要はあります。というこたー、本当は、異性にも、家族にも、有効です。ちょっと大変だけれどね。^^それは、おいおい、いずれできるようにしていきましょう。――――――――――――自分を訓練していくときに、正しく問題がわかるようになります。そこには、自分が悪いから、相手が嫌だから、と言う感情にまぎれてわからなくなっている事柄を整理していくとよいでしょう。http://www.acoreading.com
2011.10.17
動けない、という相談内容がありました。以下のとおりです。「考えすぎて、あれもこれも考えすぎて、こっちがよければこっちがダメ、全部良くするには?とか、これをやるにはこれが足りない、などなど考えすぎてなかなか決まらず、結局は中途半端に頭で考えただけで行動が伴いません。やってみなきゃわからないことも多いのに、難しく考えすぎて行動に移せないんですよね。私は逆に動くことが怖いということなんでしょうか。完璧でないと動けないのかもしれません。でも、完璧なんてことは・・・、きっとないですよね。あれこれ悩んで決められないのは、どうしたらいいでしょうか。ちょっと話がそれてしまってすみません。」――――――――――――――――――――――あはは、こんなこと、ありますよね?まず、逆に考えてみ?完全にできないのが、怖いのではなくて、怖い、動くのが怖い、だから、完全にしようとしている。今はその問題を特定しようとせずに、味わってみようとしてみてください。そうするとだんだんと自分がわかるから。してみたくないな、してみるのが嫌だ、怖い、だから、完全に何でも整えようと考えていると、ほっとする。まず、そこが第一歩になります。本当は、この裏側に、何故、行動が怖くなったのか、という理由は確かにあります。確かにありますが、それは、全部が整っていないと怖い、ということではありません。そこから入っても、頭で考えて答えが出ても分析をしても、ぜんぜん直るような、感動をするような、自分に繋がる感覚には入らないでしょう。だから、ちょっと違う方面からいきますね。まず、理解。行動をするのが、怖いから、不安だから、その不安で考え込んでいる状態なんです。たとえばさ、朝、起きて、顔洗うの、不安?不安じゃないでしょ?そうすると、顔洗うのに、右手は、左手は、どういう順番で、どう使えばいいのか、お湯の温度は正しいのか、本で調べないと、人に聞かないと皆に良いといってもらわないと、とはならないでしょう?でも、顔を洗う体験がまだなくて、怖ければ、これはどうしたらいいんだろう、右手と左手は、交互に使わないとならないのか、とか、手を丸めてお湯をすくう、丸める度合いはどのくらい?とか、AさんとBさんとCさんに聞いて、全員、同じ意見かな、とか、本当に、この人はたくさん聞きます。この人の、不安の度合いがひどければひどいほど、完全に知ってからやろうとします。その場合はさ、問題は、完全に方法を教えることではないの。寄り添って、顔洗うのって、大丈夫だよ、と教えてあげるだけでいい。うんうん、まあ、こうでいいんじゃないの?やってみて、と安心をさせてあげるだけで、問題解決するよね?という経験が必要になるんです。それと、その顔の例でいえば、かなり、目的からずれていないでしょうか?顔を洗えればいいんだから、丸める具合は、どの程度でも「お湯がすくえて、顔につけば」いいんだけれど、不安と完ぺき主義がくっつくと、ひとつの良い方法があって、という幻想に陥っているから、完全にそれではないと、洗えない、みたいな、おーい、ちみは、どこに行くんだーい、みたいなことになります。不安だと、ひとつの方法だけがあるんだ、それを探したい、という強迫観念に駆られるようになるのです。そして皆が満足をして同じ答えでみたいな、みたいな、みたいなー。まあ、確かに、「一人でも反対をされると、自分の自信がなくなる癖があって、ぐだぐだになるから、一人でも嫌という人を、避けたい」なのか、「新しいことをしてみて、少し『あれ、これ、ちゃうやん?』違うと思ったときにがっかり、あるいは、自分が能力がないと感じたり、癖でしすぎて、がっかりするのを、避けようとしすぎている」のか、何らかのほかの問題は隠れてはいるのですが、そこには、確かに確かに確かに、自分がこうしていいんだね、ということを取り戻さないとならないテーマはあるのでしょうけれど、取り急ぎ、全部整えようとしないで、やってみようとしてごらん?すると気もちがどたばたに、なるはず。この気持ちを避けるために、考え込んでいるわけですが、このどたばたに触れてみてください。その気持ちを認めて、「あ、こんなに、しようとすると、怖いんだ~」ああ、こんなにも、怖がっているだけなんだ、この気持ちがあるから、これを避けるために、考えているんだなーんだ、考えても、別に、それって、正しいことをしようとしているんじゃないんだなこの、不安がもともとあって、それを避けよう、避けようとしているんだ、それで、考え込んでいるんだな」と知ってみてください。そこから何かが動きます。なんだ、ただ、怖いんだ、と思えたら笑えることはしばしばあります。凄く頭って強いので、気持ちを感じようとしても、理屈に囚われます。こうしないとこの人が、あの人が、こうでああで、でもそこに囚われず、つまり考え込まずに、これが怖いという感覚なのかあ、ほー、感動だな、と程度思ってみてください。ああ、この考えて考えて考えてしまうことが、怖い、という感情だったんだ、逃げたい、という感情だったんだ不安だ、だから、何かを考えていたい、という感情だったんだ。すると自分の問題が表れてくるでしょう。ここが感じ取れたら、ちょっと違っていくと思いますから。そこから、違うことを感じるかもしれません。まずは第一歩。――――――――――――――――――――――ACRでは、新たなテクニックを使い、ご自身の癖となっている、感じ取り方を根底からかえていきます。この方の例ですと、まず、表面は完全ではないと動きたくない、という恐怖心でもそのおくには、動きたくないという何かの理由があり、その奥には、もっと違う理由があります。ここがとても、大事なところになりますがそこに触れたときには、ご自身が変わるという経験もされるでしょう。すると、自分がすること、しなくてよいこと、クリアーになってずばぴた、というように方向を整えやすくなります。より奥深い、脳の奥にしまわれている、もともとの感情を本人が確かに感じるレベルに入ります。すると、あれ、なーんだ、自分が感じているんだ、これ、とわかると感情と思想が離れます。さらに、その奥にある「本当はしたかった、本当はこんなふうに安心を感じられるんだ」というような隠れていた本質の望みに繋がることがあり、セッションで、泣きながら、笑ってしまう方もいて、これがこの感覚です。ああ、こんなにも、私は感じていたんだ、なーんだ、そうだったんだ、でもたいしたことないじゃん、という感情の理解です。http://www.acoreading.com
2011.10.17
でも本当は本当は、とてもとても嫌だった、自分のために立ち上がりたいそれができない、自分のこの怖さや、嫌さを解消できずに苦しんで傷つき嫌でしょうがない、相手がにくくてたまらない自分がいるけれどその自分がいることを、外がわから眺めて、つまり何か自分が感じることがあれば、そのままその感情に巻き込まれない、感情を流す、(中につかりこみ考え込まない)ことをしていってください。皆さんにはどうしても、こうあらわすと社会に入れてもらえない、という、信じ込みがあります。そのために、自分の大事な感情が十分にあってよいことを受け止められずに、その感情が強く強くわだかまりになります。脳が自然と、禁じていることは、いくら自分で感じていると思っても頭が真っ白になって、禁じてしまい、感じ取れません。感じないことで、相手と調和をしようとするくせになっているからです。そして、後からそれを処理しようとすると後から後から、わき続ける、憎しみになったりもします。自然と嫌だ、というときに、自分で押し殺そうとしながら必死で感じている、まっしろになって後から憎しみがわく、みたいなことになってしまっているんです。これは別に、嫌だったら何でもかんでも、相手に言ってしまえ、怒りまくれ、ということではなくて、逆なんです。もっともっと楽に感じる方法があうのです。でも、自分のなかにできている、社会(お父さんお母さん)と調和をするために何かがふとわいたときに、自然と、押し込めないと、という「自分の気持ちが」どの程度、癖になってしまっているか、強いか、なんです。自然と自分が自分をとどめながら感じるようになっていたら、「自分は本当に嫌だなって思ってもいいんだな」という気持ちが滞って残ります。その瞬間に何かを気遣うことなく、ダイレクトに嫌です、と言えたり思えたりしなかった自分自身の気持ちが許されなかったことがだんだんと怖さとなり、相手をやっつけたい気持ちに変化をし許せない気持ちになります。後から後から憎しみになります。そして許さないことで、許してやるもんか、と思うことで、自分が怖いことにたいして何もできない、その惨めさを、嫌さを、怖さを、自分が自分のためにできなかった、人として尊重をされなかった感覚、惨めさを、処理しようと、心は無意識に動いてくれます。たとえば、この事件の起きる前にも、いろんな場面で、通常の仕事でも、「すみません、(それはうーん、私の仕事ではないので、とまでは言わなくても)こちらは、担当ではないので、○○さんのほうがわかると思いますから、こちらをしますね」というように、ふとした小さな違和感を、感じたときに、自分を守りたかったことを、「大丈夫 大丈夫、これくらいの事、気にしないで、いい、だって怖いから、私ができるし。」と見過ごしてきた、ご自身もいるのかもしれません。異性として見られていることに気がつきそうでも、そんなことない、と押し込めてきたかもしれません。ふとしたふとした、小さな自分の感覚より常識や、いろんなことを優先させているかもしれません。相手の言いなりになる(上司だから、いい子でいないと、頑張ってこうしないと、断れない、みたいな)信じ込みがあれば、小さく違和感をちゃんと相手に伝えておらず、相手がその力を出してきたときにとても怖い思いをします。いえ、それよりも、自分の怖さを、自分が嫌だったことを、嫌だった嫌でいい、本当に本当に、いやあ~気持ち悪い、誰がなんと言おうと、自分が感じてよいそういう、自分には力がない、怖い、嫌だったのに、嫌だったのに嫌だ、相手をつぶしたい、許せない、許せない、許せないと思っていると虚しい、苦しい、苦しくて仕方がない、けれども同時に、守られているのかもしれません。そのお気持ちみたいななにかは隠れています。「だれも受け止めてくれていない、だれもわかってくれない、でも私も何もできない、何だろう、この怖さは、何だろう、ぜんぜん何も出来ない感覚はこの、自分がぜんぜん、自分であることを認められていない感じは。私が、私の気持ちを否定してしまって、私が人間として扱われていないような、苦しさはなんだろう。私の大事なことが大事なものが、大事にされていない感覚はなんだろう。それは感情だけれど、なんだろう、何かがわだかまり、この、許さないで、ガーッとならずにいたら、現れる、本当の問題は?本当は本当は、自分が自分のために、怖いと感じても違和感を感じても、どうしていいのか、わからない押し込めた惨めさ、悲しさ自分をかばってあげられなかった悲しさ。とてもとても、何かがあって、本当に許せない気持ちがわいているのは。」というような思いを閉じ込めて解消ができていないか、ということによります。で、今は、適当に書いています。本当はあなたと接してちゃんとお話をきいてあなたの感覚から沸き起こる物を探す必要はありますが、何かがヒットしたら潜在意識も動くでしょうから、長めに書いてはいます。苦しいと思います。でもあなたの味方はたくさんいるのだから。あなたは、あなたを守れます。相手を許さないように必死で頑張らなくてももう大丈夫です。あなたはあなたを守れます。そしてそれ以上に、あなたは、あなたを許していいのです。あなたの、嫌だ、という気持ちを押し込めたところがある、相手の言うことを(会社で仕事でも他の場面でも)聞いてきたあなたを。他の人の問題であれば、罪悪感をどんなに強く感じようとも、それは罪悪感を感じているんだね、と認めてありする必要もあります。それは罪悪感としては、感じないでしょう、でも強い痛みとして感じます。あなたは、もう大丈夫です。ご自身を今後は大事にすると本気で自分に言ってあげてください。もう、嫌なことは、ちゃんと言える範囲で諦めずに考えてあげると。バランスをとってあげると。出来ることを、自分のために、してあげると。だから、大丈夫だと。でも、約束はちゃんと、できることを考えて、自分に守ってあげることをしてあげてください。乗り越えてほしいと切に願います。――――――――――――――感情は乗り越えることができます。http://www.acoreading.com
2011.10.12
セクハラをされた、その内容は、キスをされた、というような、事柄に思います。それで、その問題は(たぶん)今はおさまっている、のでしょうか。でも相手がにくくて仕方がない、という書き込みがありました。かなりかなり、相手の不幸を願っている、という書き込みがありました。苦しいけれど。許せない、ということでしたね。で、日記のほかの部分を読んで、これは違う状況に対しての文面なのですが彼女の状況にも当てはまるかと思い読まれたところ、混乱をされた、とのことですから。――――――――――――――――――――これはまた別のことなので、そこから考え込まなくて大丈夫です。苦しいのに、許せない、許したくない、そうですか、そういうのは、とても辛いですよね。掲示板のほうに少しどういったことがあったかを書いておられましたから、それに沿って答えていくと、もしセッションでしていくとすれば、どういう過程をたどるか、というと、まず、あなたは、ご自身が、常に、びっくりされたときに、力を出せるというような、ことができなくなっているんです。だから、それらと、他のいくつかを、解消すると、いったんは、許せない気持ちが下がってすっきりしたり、許せていないことが、瞬間は忘れていたり、そんなふうに、楽になるでしょう。それが、早期に起きるかたもいるし2、3回、あるいはもう少し、かかるかたもいます、でもいずれにしろ、下がっては上がり、ということを経験しながら徐々にいろんなことに巻き込まれなくなります。気持ちは癒されるでしょう。それで、何をしていくか、書いてみます。ちょっと掲示板ではわかりにくいかもしれませんが参考になる部分があれば、と思います。セッションだと、お話していると、その方から色々、想像もしなかった点は、ぼろぼろでるので、つまり書き込んでいただいたことから、全部適切に出るわけではありません。だから、ここに書くには、おおもとのガイドラインです。でも、あなたが本当に自分が楽になれるように、それらをご自身で探せると良いな、と願います。これらは、回答ではなくて、あなたが答えを探していく過程をたどりやすくするための、参考書、にすぎません。何かで驚く、そのときに、びっくりしたな、止めてください、というように、それがしにくくて、びっくりしたまま、それをでも、そのことをどう処理していいのかわからないでもできないんだそんなことをすれば、自分の居場所がなくなる、と、「感情を」押し込めてしまう、相手が怖いから、という癖があって、ここに、自分が自分を大切にされなかった(本当は固まってしまう癖があるので、自分が自分で嫌だなーと十分に思えない)悲しみが強くあり、自分がびっくりした、とても嫌だった、意外だった、自分のしたいことではなかった、なのになのになのに、自分は自分のために、何もできない、どうしてなんだろう、どうして、どうして、どうして、自分は自分のために自分を守るために、自分を守るために、だれもこのびっくりした感覚驚いた感覚残っている感覚を取り去ってくれないのだろうそんな事柄と関連があります。あるいは時として、あった出来事に対して、あまりに強く罪悪感(自分がいけなかったという無意識の、お母さんに言われているような感覚)があれば、そうなる方もおられます。でも後から感情が強くなってきているようなので、前期の、流れがひどく妨げられているようです。そしてそこには、自分が我慢をしないと居場所がなくなるという思いにより、自分の大事な感情を押さえ込んで居場所がないわかってもらえない、閉じ込めた憤りみたいな物があるので、そこに触れていくことになるでしょう。ちょっとここで頭が働き、抵抗が生まれるかもしれません。だから、「何ができるのか、これもあれも出来ない」と考え込まずにただ流して読んでください、何ができるか、考え込むのではなくて最初はここに書いてあることを、水が体を流れるように、何も感じずに、ただただ、読んでください。2度目は考えてもよいですが、一度目は、ただただ言葉だけを意味がない事柄のように、読み流してください。潜在意識にとどいて、あなたが、自分がだんだんと分かる過程をたどるためです。無理に許そうとするのではなくて、でも人を憎んでもよい物は得られませんから、「ああ、憎んでいる自分がいるなあ、本当に嫌だったんだな」というように「相手」に集中をするのではなくて、「そんな自分が今いる」ということを受け入れ、そしてその感情を、外側から観察をして見てください。時として夢の中でいろんなことが整理をされることもあります。それで、「本当に本当に、本当に嫌だった自分がいる、いていい」「それを遠慮して感じ切れずにいる自分の癖がある、自分が自分のために戦えないことで、とてもとても怖いと思っている」あらゆるここで沸き起こる考えを、今は捨てて、まず流して気持ちだけで読んでみてください。「なぜなぜなぜ、私は嫌なのに、自分のために何もできないんだろう、だって、これがこうなるから、ととてもおびえているから、遠慮もしていたから、もっと早く感じ取ってこんなことがないようにしたかった自分もいるかもしれない」「その瞬間、嫌だな、と感じ切れなかったかもしれない遠慮をしてしまって、嫌だなともっと表現をできなかったかもしれない、自分の本当に大切な嫌だという気持ちを押し込めてしまったところがあるかもしれない」ということをしっかり受け止めてあげてください。そういう、嫌だった、という「気持ち」があってよい、気持ちがあってよいんだ、当然である、そうなんだ、という理解がこの解消と関連があります。これは表層ではなくて、無意識に固まってしまった部分です。こういう感情がある、言ったら会社にいられなくなると思っている(本当はお母様、お父様にたいしてですが)どこかで変だと思っても思ってはいけないと、自分に自分のもともとあるわきおこる、何かの感情を今は、禁じている、
2011.10.12
ある病気のお姑様がおられて、確かに大変な病気ではあるのだけれど、看護婦さんにほっとかれないように、病気を大げさに周りの人に言ったり、昼寝をしていても、絶対に認めない、いつも自分は完璧みたいに言うような癖がありそうで、ちょっと自分をかばうために、自分がかわいそうだ、と周りに伝えることがあるようだ、お姑さんは、他の人の世話をしてきた自分の事はしてこなかった、とは言うものの、無理に自分から入っていっていたように思うし、なんだか自分ばかり犠牲になっているようで、その生き方もくるしいし、そういったことや、今まで姑には馬鹿にされ続けてきたことから、どうして私が面倒みなくてはいけないのか?病気をつかって気をひこうとするなんてずるい!という気持ちが抜けない、面倒を見るのが、とても抵抗がある、という書き込みがありました。それで、介護で、ショートステーをしてもらっているけれど、「ケアマネージャーがいろいろと口出ししてきます。「(姑にとっての息子である)ご主人はショートステイの利用を望んでいないのでは?」とか、「おかあさまは、施設に入りたくない・・と泣いておられますよ・・・」などです。最近は、デイサービスの送迎スタッフも私には冷たいような気がして、ケアマネが裏で私の悪口を吹き込んでいるのでは?とまで考えてしまいます。「○○さんは大変な状態なのに嫁に気を使って家にいさせてもらえない」などの悪口です。』『●「姑の介護をしたくない」という私の気持ちを尊重するとまわりから白い目でみられる●かといって世間体を気にした行動をすれば、私が犠牲感いっぱいで苦しくなるとどっちを選んでも苦しくて、追い詰められたような気分になります。なにかアドバイスがいただければ、と思い相談させていただきました。どうぞよろしくお願いいたします。』ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーまず最初に、自分が信じ込んでいることがあって、それは、行動を、制限をします。これが、潜在意識です。それで、あなたの場合、したいことをしたら、回りに白い目で見られる、かといって、我慢をしたら自分がつぶれる、という思い込みです。解消をしたらよいのは、周りから白い目で見られる、という、無力感というか、悲しさ、というか、怖さ、というか、ここに囚われないようにしてみてください。それが、課題です。あなたは、今、嫌なお気持ちはあっても、介護もしておられて、ただ、このまま、無理をすると、お姑さんにも、色々なお気持ちがあって距離が近すぎると大嫌いになるし、ご自身がつぶれてしまいますから、そのために、ショートステーを使っておられるご様子。面倒を見るのも嫌だし、だから、ショートステーを使っているんだけれどそこに、あなたは、罪悪感ももっておられるでしょう?確かに、面倒は見たくないんだよねーそこをつかれるんじゃないかなあ、という怖さもあるでしょう。つまり、自分が少しでも怠けたりするとそれが責められると、信じている面もあって(つまり、お姑さんの抱えている問題と、同じ物の、軽い物です、自分を良く見せていないとという不安です。)まずは、ご自身のなかに、きちんと、バランスをとるために、これとこれをする、これはしたら、自分がつぶれる、つぶれるものについては、自分は本当に自分に心から許すその時間をきちんと、リラックスして力を蓄える、と決めてください。そこには、よし、面倒を見るぞ、という覚悟、でも嫌いなところもあってよくて、この人は、嫌だなと思う面もある、それを自分に許す、そして、疲れるところもあるから、少し距離が必要なことも、自分にしっかり許すこと、ここをしっかり自分に許すこと、ここが相手から責められるかどうかのポイントになります。周りのかたがたについては、味方をきちんとつけることです。ご自身が自分に許せば、相手にもきちんと伝えられます。ご自身の状況、自分としては、これは介護をし、ここは、自分がつぶれてしまうから力を借りたいこと、そのケアーマネージャーにも話していいのですよ。(思ったこと、ないでしょう)彼らは、味方になってくれる人なのです。(ぜんぜん信じられない部分でしょう?)お姑さんの癖について、心配なこと、相手にもう少し頼ることもしてみてください。自分の価値感の中で、自分が無理をしないなら、味方がいないと思いすぎていて我慢をしたら自分がつぶれると思いすぎています。だから周りにいる味方も(今敵に見えていても)わからなくなります。でも、力を抜きながら、味方を作っていいのですし、相手がたとえどんなに怖く見えても、本当はタダの人です。誤解もあれば、事情がわかってくれば変わるところもあります。相手が何を吹き込もうと、それでたとえあちらがどう思おうと、もう少し気軽でもいいのかもしれません。ようは、自分が、ここで力を抜かないと倒れるな、ということについて相手を怖がらずに抜けていく力が必要です。お姑さんとの問題は、社会で出てくる今後の問題にも繋がるでしょうけれど、1、自分なりにバランスをとることを許すこと 面倒をこの部分ならばできる、しよう、と覚悟をすることと同時に2、嫌い、面倒をみたくない、これ以上するとつぶれる、ということについては、 助けを借りることを恥じないこと。ここまではしよう。と決めて、嫌なことは、気持ちを、押しつぶそう、とするのではなくて、嫌だ嫌だ、と逃げ回るのでもなくて、ここは助けを借りる、できない、力を抜く、やり方を変える、効率よくする、ということを、自分に許すこと。3、そのときに、相手は自分をわかってくれない、 そういうのは、駄目だといわれる、と自分の信じ込みから 回りの人々を判断し、怖がることがでてくるので、相手もそうなるので、わかってもらう努力をすること。自分の大変さを、建設的に、出して、助けを借りて(建設的に)いい部分もあること。4、あるいは、あらら、誤解をされてるなあ、そう思う人もいてよくて、それほど、たいしたことではないということも受け止めること。自分が思い込んでいるほど、相手は暇ではないので、他の家族も気になっていたりもするでしょう。その人たちは疲れていて、皆の家族に、「もっとお年寄りをみろ!」といっていることも、最初は元気を出していても、なれてくると、疲れを見せてしまうスタッフもいるはずです。4、それに、○○だと○○、といわれても、何が悪いの?という部分もあなたにあってもよいし、こうは言っても、ここは、確かにしてあげたい部分というのも伝えたり、もっていてもよいのです。が課題になります。そして、もちろん、その生き方はお姑さんの、問題ともかかわりがありますから、双方が学ぶべき事柄です。片側が何かを学べば、片側も何かを学びます。それと、ずるい人には、勝てない、という信じ込みも、変えてください。それがあると、ずるい人に負けるでしょう?(笑)ずるい人は、いつも周りを味方つけちゃう、という信じ込みです。その上を行っていいのですから。それが、3にも、関係があります。お姑さんに何かあったときには、あなたが一番の頼り、きっと愛情がわく瞬間も出てくるでしょう。今は色々な葛藤があっても、きっとあなたの心は豊かになるでしょう。辛いと思いますが、乗り越えていってください。――――――――――――――――信じ込みを変えると、ストレスがある人間関係のなかでも、上手にコミュニケーションをはかることができます。周りにも不思議と、味方が増えてきます。上記も変わることもあります。http://www.acoreading.com
2011.10.10
先日、かなり先日、掲示板に頭で考えてしまって、感情を置き去りにしがちだ、許してほしい、といわれて、本当は許していないんだけれど、許すべきだ、と思って許した、すっきりいかない、みたいな書き込みがありました。ごめんなさい、記憶が確かではないのですが、だから間違っていること、確実なんだけれど、でも、ひとつ例を挙げて日記にあげれば、誰かの役に立つこともあるかもしれないし、上記のことは、とても大切なことなので、書いてみます。で、いつも頭で考えてしまって、べき、ということに違和感がわくことがあるでしょう。人にはもともと、二人の自分がいる、と思ってください。とても良い状態のときには、人は、「自分の気持ち」があり、そして「それを実現するために、理性が、それをサポートして、助けている、調和をしている状態」です。つまり二人がけんかをしていないんです。あるいは、別の事で言えば、「休みたいとか、無理したくない、これは合わないと感じる、体の状態」があり、そして、「きちんとそれと、理性とが調和をして、いやいや我慢をしているのではなくて、双方(体も考えも)が納得をして物事をしている状態」が良い状態です。通常、人は、二つの部分が先に言ったように、別れてしまいます。たとえば、仕事をす「べき」なのに、朝、起きるのが大嫌いで、「やる気が起きない」などのように、ですね。好きではない気持ちは押し込められて、「べき」ということで、「頭」に、従います。これをすると、だんだんと自分が二つに調和できなくなり、、いらいらしてしまい、さらに、この、押さえ込んだ、もうひとつの自分を見せる部分を見るといらいらします。たとえば、朝起きない人を見ると、ぶん殴りたくなる、とか(笑)自分が必死だから、相手にもそうあってほしいわけです。本来、感情は、正しいことを教えてくれている情報です。たとえば、朝起きるのが辛ければ、無理をしていますからそれをやめてよ、という情報です。考えすぎていたり、夜遅くまで脳を休めていなかったり、そこまで心配せんでよいやろ、ということにかかりきりになりすぎている、やり方を変えて、会社で、自分の方法を探さないとならない、などなど。それで、それを、感じ取れて、「ああ、こんなことは、小さなことだけれど、やってあげるとよいんだな」と気がついて、体にも調和をします。つまり休み(あるいは自分に自然な方法)もとって、朝も起きる、二つの実現です。ところがどっこい、人間は「このナマケモノ!」「やる気がないんだ」「朝起きれないのは脱落者」とかなんとか、書き込んでしまったさまざまな情報があるために(しかも両親の考え方を強く受け止めている)「ナマケモノになってたまるか!」と夜、どう休めたらいいのかあるいは自分のあり方をどするか、という情報を受け止めないで頑張るか(これがあなたがしているべき、感情を無視する、ということです)あるいは、あまりに、世の中から(本当は自分の中にいる想像上に出来上がった両親から)、そう言われて疲れているので、「朝なんて起きるものか!」「やる気なんか、二度と出してやらないよ、あっかんべー」と、体や心が、抵抗をしていて、会社を辞めて続かなかったりの二つの戦いになります。つまり、二つを調和させたいんだが。でも邪魔になる物がいくつかある。一つ目、皆さんが感情と読んでいるものは、過去からの解消をされないことも入っています。これは、こだわり、と私が読んでいる、強い感情です。たとえば、「相手がこんな意見なんて聞いてあげないよ~、駄目なんだよ~」といったとして、「これがこう私の意見と違う」ということが感じ取れないのです。何が起きるか、というと、自分にとって、常にわく感情に支配をされます。これが、過去からの感情のパターンのよる、強いしがみ付き、です。もう気になってこだわって解消をしたくて、仕方がない気分です。たとえば、「私の意見をいつも聞かないんだ、この人は」という反抗心がわいてもう相手をやっつけないといられなかったり、「人を上司という物はバカにするんだ」という強い憤りがわいたり、「あーあ、意見を言ってしまった、私は嫌われる」とがっくり落ち込んだり、「私の意見なんて聞かれないんだ、言わないほうがよい」と落ち込んだり、人それぞれの、問題が出てきますね?それがしがみ付いた感情で過去の感情です。今感じているのは、「何かが違うな」という程度が読み取れなくなっていつも同じような感情が強く強くわきます。強くなくても忘れられない感じがあります。そして、理性は、それを事実だと考えた上で(つまりもともとが間違っている)それを抑えこんで、うまくいかせよう、相手にわからせようとするように働くでしょう。これが、葛藤だね。だから、強いこだわりは、整理をしなければならない事柄、でも本来は、感情は、そういうこだわりをなくしてあげると、そののちにクリアーになる、「こういうことではなくて、こういうことが、私がしたいこと」と感じる能力、その上で、「私は、こういうことをしたいために、こうしたらいいんじゃないかな」と実践のために、その正しい納得をした感情と一致して、目的達成のために、使うのが理性です。おお、きれいにまとまったな。ということで。理性は、今、人々の間で間違って使われていて、自分が解消できない感情を押さえ込むことに使われているのです。「この人、こんな意見をいって、許せない、でもそんなことを言ったって駄目だから抑えないと」ということで、胃がいたくなりーの、(体に来てしまう)頭にきーの、(感情が整理できなくなる)ゆくゆくは、やる気がなくなりーの、(無理が利かなくなる)といったことが出てきます。つまり、「自分が解消を出来ない気分、こだわり」があって、「それを抑えるために理性」がつかわれみたいなですね。理性で体を押さえ込むときには、緊張をして物事をしないとできなくなります。だから疲れます。さて、これらの統合(つまり、体や、心と、理性の二つがちゃんと満たされる状態)が人々の統合でもあります。とてもとても面白いのは、ある強い感情があると、ぜんぜん本当にしたいことは思いつかない、ということです。感情が強く強く、それに縛られるからです。まったくわからずに押さえ込むことに必死になったり、それを相手にわからせたい、わからせる、というような、表現するために理性を使ったり。上の例でいえば、「あのやろー、やりやがったな!」と思う人であれば、言い返してやっつけることに必死になり、本当は「あれーこの意見、私は違うことをしたいなあ」というのが感じ取れない、ということですね?あるいは、「違う意見を言ってしまった、もう駄目だ!上司なのに」と感じる人であれば、それが癖なので、「ああ、この人はこうで、私はこうで、そうだ、こうしたら両者ともよいことになるぞ」というのが思いつかないということです。上記の例であれば、許したくない、ということを感じたとして、それは悪いことだから、という今までの教え(過去の記憶と思い込み)に従った、とします。すると、本当は嫌だったので、したがった自分がバカな気がしたり(自分が自分を裏切ると、自分が駄目な気がする)か、あわせた相手がだんだんと嫌になる時期がきます。で、今は、「許したくないなー」というこだわりと、「許さないと困るなー」という教えられたこと、あるいは、判断、過去からの何かがあるわけです。それらは、解消をすることであって、それらに囚われないときに初めて第三の回答が、この方のなかでわきます。「自分は、本当は、相手が言った、この言葉が嫌だったんだ、そうか!自分は、本当は、こんな風なことをしたかったのにしていなくて、頭にきてたんだ!」というように、はっとするような別の回答が、納得がいく形で、今までの情報に惑わされずに出てくるときが解決をするときです。でも長くかかると思ってください。そしてそれが氷解するときにはいろんな問題が整理をしていけます。でも急がないでいいです。ある人生の時期に現れるでしょう。取り急ぎ、だから、正しい感情をつかって、正しいことを実行するために、理性を使うのが本来の姿であるが、今、解消できない感情があって、それしか、感じ取れないああ、そうなんだ、という感動を生むような、回答に繋がらない、そして、今ある、感情を押さえ込むことに、理性を使っていることが問題を生む、その、押さえ込むときに、人は「べきべき」という言葉を使う、と思ってください。皆さんが納得がいかないのは、未解決の感情に縛られすぎる、理性が自分をコントロールしたために、二つの部分が分かれてどちらにいっても納得ができない(仕事をしたくないのに我慢をするか、お金がないの選ぶか、みたいに)ということになっているからでもあります。そしてそのときには、自分を投影して、二つに分かれた関係になります。片方が理性で、片方が押さえ込むみたいな。関係性でもそこで戦うであろう?がそれは、自分の内部の戦いでもあるぞよ。でもまあ、そんなこと、いちいち考えなくても、できなくてもよいし、人には色々あります。だから、できる範囲で、頑張ってみましょうよ。○ 感情的になったときに、それを抑えるために理性があるのではなく、○ 感情が進む本当の目的、何を得たいのかをしっかりと見届け、サポートをするために理性はある。○ その実現のために一致をしたときに、それの実現ができるそのために、強い感情があったときに、「頭にきている、体はこんなふう」とか感じて、その気持ちは、大事にしても、それはただ、そういう自分がいることを、外側から、監察をすること。そこから物事を判断しない、特に「相手がこうしてああしてああだから」という判断は「自分が常に見ている世界観なんだ」と知っておくことこの感情に繋がりたいのではないのです。その奥深くにある、ああ、これがしたいんだな、という正しい感情、違う情報にいずれつながりたいのです。それら(囚われている強い感情)を流していると、違う回答が得られたら、それを大事にすることからしてみてもいいんじゃないかなー、ということです。上記の事の例でいえば、こういうことです。あなたは、許したくありません。それには、理由があります。一体自分の何を、裏切りましたか? 言われたことで、本来の自分の何の力を、使わなくなったり、自分の何を、自分が評価をしていませんか? 言われたことに関して自分が本当はしたいのに、制限をしていて、前からそうしていて、自分を裏切っていることはありませんか?頭で考えるなし。質問を読んだら、忘れていてくださいいずれだんだんと出てきますから、そしたら、それを満たしてあげてください。最初は、「相手が、、、相手が、、、」というように、相手がしてくれないと出来ないことばかり思い浮かぶかもしれません。でもそれらは本当の気持ちではありません。もう少し大事な何かはあるでしょう。だから、無理して許すのが回答でも、許さずにいるのが回答でもありません。ちゃんと自分につながり、理由がわかり、すっきりして気にならなくなる(許す)のが、この場合で言えば、回答です。ーーーーーーーーーーーーーーーーー二つを統合し、本当に目指すもうひとつに繋がることを、目指し始める分野も多くなりました。ACRがほんの一部ですが、使っている、キネシオロジーという分野も、人の、二つの部分を統合しようという試みです。ACRのセッションでも、今ある葛藤から、自分の目指す方向を定めていくことをしています。http://acoreading.com
2011.10.07
潜在意識に良いストーリーについて、面白く読ませていただきました。読んでいて、もう少し教えていただきたいのですが、自分がイメージした、理想の人(条件を満たしている人)が現実に出てきた、としますよね。私はその場合、自分から近づいていくのですが、友達止まりか、軽く(セックスできる)と思われて終わりです。友達はそんな私を「意図的すぎるんだよ」と言います。どうやら、流れに任せてみたら?という意味らしいのですが、目の前にあるものを掴もうとすることは潜在意識からすると、何か違うのでしょうか。掴もうとしないと離れていくのだと思うんですが。ただ、目の前を流れていた欲しいものが向こうからこっちに来るほど人生甘くないのでは。勉強だって、仕事だって、自分の能力を上げるためには努力も必要ですよね。私はそれと潜在意識の関係がよく分からないんです。潜在意識って、ほしいものを手にしようとすると願いを叶えようとしないもの、なのですか?―――――――――――――――――――――――――掴もうとしないと、離れていく、というのが、あなたの潜在意識の、ひとつの、書き込みです。だから、これに従って、それにそって、あらゆる行動と、考え方、感じ取り方が、あなたの場合は起きるでしょう。でもそれは、今後効率はよくはないです。今までは「力」でできたものが、ややそれを、変えていく必要はあるでしょう。私が書き換えている潜在意識は、本当に深いところにかかわりますから、掴もうとしないと離れていく、ということ自体を、(これは恐怖心です、感情は事実ではありませんが強ければ強いほど、それが真実だとその部分で必死になります)変えていきます。すると、真実が見えたり方法が変わります。より効率よく、です。つまり、恐怖心が邪魔をするのです。それで、ひとつヒントをお伝えしますね。相手の人は、掴もうとしなくて、相手(あなた)が寄ってきたわけですよね?それは、何故ですか?あなたの理論によると、相手の人は、掴もうとしないと、だれも寄ってこないだれとも結婚を出来ないわけですね?(ごめんなさい、ちょっと極端には言っていますが)あなたの理論によると、その人が、もし、あなたを好きになった、とします。するとそれは、偶然などではありえず、彼は必死になって「あなたのような人と付き合いたい」と努力をしていたからあなたと出会えたのです。ではないと、あなたが逃げていくからです。あなたという大好きになる人を求めて、あなたに出会いあなたを見て、頑張ったからだからあなたと付き合えたのです。そうでなければ、どんなチャンスもあなたと話すことさえ、できないでしょう。ということになります。おやまあ、彼はなんて魅力がない人、なんでしょう!ということになりませんか?でもあなたは、掴もうとしないと離れていくお人なのですね?ということは、あなたという人は、一体、なんだとあなたは信じていますか?つまり、努力をして掴まないと何もやってこない、だれも来ない、それを信じているのです。ということは、どれほど、魅力的だと、あなたは、自分を信じているのでしょうか?これが、恐怖心です。あなたは、何かをしていないことが、怖いんです。何かをしていないと、失われるような不安から行動をします。で、友人で、そこまで、限界まで、頑張ったから、という理由で皆結婚をしていますか?そういうことです。もちろん、今、私はかなり極端な話をしています。あなたがそれほど、極端に頑張りすぎでも、必死でも、魅力がないと思っていないことも、重々承知をしていますがわかりやすくなるために、やや、極端な話しをしますね。ご自身のなかで、ややそういう傾向があるのであれば、上手に、バランスをとってみてください。それで、余談ですが、世の中、それほど、甘くない、というのが信じ込みで、そのために真実が見えにくくなる部分があるのですが(つまり甘くない、とコントロールをしていないと怖い、という感情があるため)それをはずすと見えてくる真実は、たとえばあることを達成したいとします。あなたであれば、甘くないので、これも、あれもやらないと、と思います。効率ではなくて、甘くないために厳しくします。そこには、必ず不必要なことがたーくさん、入ります。というのはしていないことが、恐怖だからです。その書き込みがない人は、それを達成するために、必要なことを必要な時間だけ、します。東大大学院まででた友人が、彼は、受験期から知っているのですが、甘くない、とは思っていないので、受かりたい、とは思っているけれど、親が甘くない、甘くない、と必死に言っていないし、自分もそこに縛られていないし、試験勉強中、お休み時間、と遊ぶ時間をつくっていて、その間フランス語の映画を見ていたりしました。そうなんだが。(うーん、知的!)甘くはない、という人は、必死で勉強をしてとにかく空き時間を少しでも作ったら落ちると強迫観念があります。遊んではならない、となりますから、そのように優雅に遊ぶことも、遊び自体が、自分の知性に繋がることも、わかりません。つまり、「世の中甘くはないよね」という恐怖心がなければ、遊びでも、繋がればいいんでしょ、勉強に、と感じ取れる、ということです。この感覚が、失われているんです。考え方が、何かがあるときに「頑張らなきゃ」という恐怖心があるから、感じ取り方が固定をされます。やる気がある頑張らなきゃ、というのはよいのよ。これに関しては状況が厳しい、ということはあります。でも、私が言っているのは、「常に常に常にそうではないといけないと思うのは、状況ごとの判断ではなくて、「その人の癖で常に縛られている感受性(つまりそれ以外に感じ取れない感じ取り方)」ということです。甘くない、と強く思う人々は、その感じ取り方に縛られます。頑張ればいいとき、これは確かにこうだな、ということと自分が常に甘くない、やらなきゃ、と恐怖から行動をしていることとは、区別をしてみてくださいそういう感じ取り方をしていると、へろへろに、いつか、疲弊をします。そして、余裕があるほうが、どうして人生を勝っていることもあるんだ、と、訳がわからない事態にもあうでしょう。簡単です。その人は不必要なことを、していないのです。で、そういうのが好きな人がいます。もう自分を追い詰めて必死でやる、というのが、です。この人たちは、そうしているから成功をしているのではなくて、空き時間に何かをしても成功をしますが(セッションで、今までがちがちに仕事をしていたのが、空き時間をちゃんと作れるようになって、海外に行ったり、趣味ができるようになったのに、収入が増えたかたがたが何名か、います)それがわからないだけなのと、自分が体力の限界までするのが、ただ単純に、好きだったりするのだから好きでやっている、趣味でやっている、と思わないと自分もその方法を押し付けないと怖い、と誤解をします。タダ好きだからやっていることを、甘くない、と必死になっているからまあ、体力あまる男性に多いのですが、そうしているから、成功をしている、と思っていたり、周りに押し付けて、家族が付かれきったり、です。ただ、自分が必死になっているのが好きならば、好きでいておくれ、でも、全部が全部本当にそうじゃないとならんのかということですね。だからね、一回、自分の行動の基準って、何が基準になっているか、考えてみてくださいね。たとえば、ある本がほしい、とします。そして、「その本がほしい」ということで必死であると、「その人の書いた、こういう情報がほしい」ということにしがみ付いていて、この本以外見えていないわけですから、それが探せて手に入る、これが、あなたが言っている努力をしないとつかめない状態です。つかんでも、その本だけなんです。でもその人が、「自分はこの本が役に立つと思うけれど、もう少し広く考えていこう、何でも、必要なものがほしいな」と思えば、これはもう、ぜんぜん違うことから知識が入っていきます。上であれば、必死で探さないと怖い緊張がありますから楽に他のところへ目が行く、ということがないんです。で、下の人は、あるときに、手芸の本から、必要な心理学の知識を学ぶかもしれないのです。その人は、あるときに、道で観察をしている、小さな子供が風船を手放してしまって、上にのぼった、それをみて、必要な情報を得ることもあります。たとえば、ミシンの針を考えた人ね。これについては、検索して、探してみてください。つまり考えて手放している時間にふと浮かぶことを禁じないで下さい、ということです。それらを広く認めることができずに、本屋、本屋、あの本、というように、その本がある、本屋に向かって一直線に歩かないと怖い、というように、歩いているのが、甘くない(と常に怖がっている縛られている)人々にはおきます。でもその本は、あなたを必要としていない、ということなんですが、本当は他の、本のほうが、正しいことを、教えてくれるかもなーとも思うし。本屋は一直線ではなくて他にもたくさんあるのかもしれないし。それは、時々はあってよい今日は目的のために一直線、というように。問題はそれしかできにくいことなのです。手放さないと他の方法がわからないのです。だってやっていないと怖いんだから。さて、何を変えますか?それで、潜在意識は願いを叶えようとすると、願いを叶えない物、ではなくて正直に何でも叶えるものです。しかも、感情が強い部分を実現します。あなたが、世の中甘くないから、自分が頑張らないと何も手に入らない、と強く思えば、それに沿ってあらゆる行動考え方見方が出来上がります。それに、それが実現をします。そのひとつが、なぜ、あなただけが頑張って相手が好きになってくれないのか、ということに繋がるでしょう。あなたは、頑張らないと、ならない人だからです。そうして、相手にも好みがあることや、頑張らないでも好きになられることもあることや、さまざまな経験をしにくくなるからです。ということです。だったら、どういう自分でありたいですか?どういう自分がどういうふうに恋をして、本当の願いはなんでしょうか?それでね、ひとつヒントを言うと、甘くない頑張らないと、と思ったときに、体がぎゅっと緊張をしてしないと失われる感覚が出てきているから、これからは、行動をせずに、判断をせずに、「ああ、出てきたぞ、私の癖である、甘くない掴もう、逃げる、という感覚」と観察をしておいてください。どれだけ、怖いに縛られているか、観察してみてください。そして、これをするといいだろうな、というからだがもう少し緩まる感覚のときに行動をしてみてくださいませ。あるいは、そういう感覚をちゃんと掴んでみることです。ーーーーーーーーーーーーーー本当の自分とつながり、自分を知り、現状の改善をしていきますhttp://www.acoreading.com
2011.10.07
結婚して3年目の主婦で夫と子供の3人暮らしです。毎晩の献立は主婦の悩みの一つだと思うのですが、最近本当に嫌でたまらず、体調不良を理由に休み休みし、主人には外で食べてきてもらって子供には簡単なものを作って食べさせて、週の半分もご飯を作っていません。。それでもたまに台所に立っても作るのが億劫で、しかもなぜか食費が月に5万円はかかってしまいます。自分の服を買うのを我慢してまで食費にあてて、またまたご飯を作るのがいやになるという悪循環にはまっています。私の夫はご飯は炊きたてでなくてはならず、おかずはスーパーの惣菜は厳禁で、前日の残り物には絶対手をつけず、漬物は手作り、食後のフルーツかデザートも必須、と要求が高いので苦しくなるのかもしれません。内容がいまいちだったときに「しょぼい飯作りやがって」と言われたことがトラウマになっているのかもしれません。また、私の母は自炊をはじめ家事はきちんとこなす人で、幼い頃から、食材はセールになっているような安いものは買ってはいけないよと言われたことも関係しているかもしれません。最近ではご飯のことを考えただけで思考停止して身動きが取れなくなる感じで、体調不良のために料理を休むというよりも、料理をしたくないから体調不良になるのではと思ってしまうくらいです。どんな風に発想や行動を変えたら、もう少し楽にご飯が作れるのでしょうか?――――――――――――――――――――――――えっと、何かとても不自由なんだけれど、ご主人は、品数が多い のがいいんじゃないでしょうか?安い物は、気にされていないのかもしれません。味がよければ、買ったものでも、わからないのかもしれませんし。果物は自分で剥けるものでいいのかもしれませんし、惣菜に何かを足しても案外よくなるし、カットフルーツを自分風にというのでも、節約も出来るかもしれません。これもあれもしないとならない、と食事で思いすぎているのが原因と思いますから、「削れるところ」を削ってみてください。掲示板に書いてくださった方がおられたように、自分で作れば、というように言い返すというのも手なのですが、大事なのは、ご自身のなかに、自分ができないのが、いけない、と思っている気持ちがあることです。だから、判断が、「ここはこうしてここはこう削りーの、こうごまかしーの、こう手をぬきーの電子レンジで楽(らく)しーの、おいしいし ハート、」ではなくて、「やらないとやらないと、怖い怖い、」と自分を追い詰めている点です。「完全ではない自分を見つめている目」がどこかにあるように思われていて、そのために怖すぎるのです。でも相手はただ、おいしい物を食べたかったり、尊重をされていると食事で感じたいのかもしれませんね。食費は削れるし、買ってきたものを盛るだけでも違いますし、残り物形を変えて変身メニューに、してもよいし、やりようを工夫してください。でも今は疲れて休息期間なのね。今一度、ご自身に立ち返って判断をしてみてください。しょっぼい、食事を作りやがって、といわれたのがトラウマでも、心の中で、しょっぼい給料、稼ぎやがって、でも、心の中で、言っておいてください。楽しく暮らせるとよいですね。―――――――――――――――――自分のなかに、こういうところは、完全ではないと許されないんだという信じ込みがあると、立ち行かなくなります。http://acoreading.com
2011.10.06
このー、人の時間をとりやがって~、というのは、私がつけた題です。ちょっと大げさで、ごめんなさい。仕事上の勉強会でよく起こることです。私よりも年上の方なのですが、その人は人の社交を大事にされる方のようで、「今から時間ある?」と聞いてきます。私は終わったらすぐに帰りたいタイプの人間なのですが、まあ、時々なら付き合いも仕方ないかと思い、「今から●時までは時間があります」と言いますが、それから、彼女は自分の用件を済ませるまで、私を30分くらい待たせるのです。私はすぐに移動するなら付き合ってもいいのですが、待たされるのは嫌だという気持ちがあります。待たされると分かった時、すっごくイライラします。なんで自分中心やねん、と思います。あー、こんなことなら帰ればよかった。会が終わって出かけたいのなら、待たせんなよ、って本音では思っています。じーっと椅子に座って待っている時に、自由がなくなった感覚があります。なんで相手は待たせることに罪悪感もなく、待ってくれるのが当然のようにふるまうのか、全然分かりません。「●時まで時間ある?」というのも、すごく反則技だと感じます。日記に、「上司に断れない」という質問がありましたが、私のケースもこれと似たようなものなのでしょうか。――――――――――――――――――人には、皆、自分が学んでしまった方法があります。それは人との葛藤を通して、もう一度バランスをとるように求められます。特に、バランスを学ぶのが夫婦や、家族です。その、バランスをとる部分は、自分では正しいと思いますが、他の人にはその感じ取り方は、ないことですから、お互いにぶつかり、修正をしていくのが、人生です。ご自身が、整理をするとよいのは、このイライラが、時間を大事にしないことに対してのストレスというか、そこらへんからきていますから、そのストレスを、下げることです。時間を大切にしないことが、怖い、というか、無駄、というか、残念、というか、待たされたりすることが、いや、というか、なんだかすることは、意味がないといけない、というか、やるんだったら、あわせてやるから、さっさかやらんかい、なのか、何かわからないのですが、そんな、強い感情がわいていますからそれがくせです。今書いたことはお話を伺っていないので、ずばぴたではないでしょう。でもまあ、ずばぴたの物を探してみてください。そのように、感じ取るのは、それはそうしないと、いけないと幼少期に学んだからでもあります。ご自身ももう少し寄り添ってほしいときに、早く、というようなことがあったのかもしれませんし効率、ということを重んじられて、幼い時の意味がなくても一緒にいるようなことが、軽んじられて、学べなかったのかもしれません。そういうふうに感じられる何らかのことがおありでしょう。少しそれを、意識して、やわらげてください。というのは、ストレスがあるということは、必ず自分がしてしまうからです。つまり、時間の無駄を作らされるいらいらがあれば、時間は無駄になるということです。時間が無駄、とイライラをして相手が叶えてくれない、というストレスがあれば、つまり自動反応でいらいらするので、待たされるとわかっていたら、そのときに本を持ち込むとか、仕事の何かをするとか、30分込みで、最初から考えておくとか、そのときに他の人と話しをするとか、無駄な時間をすごしたくないから、手伝っちゃうとか、一人でいたいから、一人で幸せに座っておくとか、思い切って、音楽を聴くとか、家にいて、したいことをそこでしたり、時間を節約することが、かえって出来なくなります。それは、相手への苛立ちで見えなくなることが出てくるからです。こんな無駄な~ということに、気持ちが100パーセント行くからです。だから、ご自身への宿題は、いいんだ、こういうことがあっても何も無駄にならない、というように、今の怖さがどこから来ているのか知り、それに立ち向かってみてくださいね。「あ、自分は、相手が時間を大切にしないときに、凄くいらだつ癖があるんだな」という自覚と、でもその自分に巻き込まれすぎないことが大切になります。そうして、一緒にいるときに起きることを、楽しんでみてください。相手が、一人で何かを始めても、それでも、あなたと何時まで一緒にいると感じていることも、あるのです。変だけれどね、準備の時間を含めて、ゆっくりとその人たちと空気のなかで一緒にいたりね。彼女の場合は、待っている時間も、一緒に何かをしている時間と同じだと思ってください。あなたにとっては、「何かをしている時間のみが」一緒にいる意味がある時間です。あるいは、さっさか、しないとならない、でしょうか。でも、今チャレンジがきているのは、「総てを含めて、一緒にいる時間。さっさかやってもならなくてもタダの何時までだから、大丈夫」という感じ取り方です。あなたと、あなたの、何らかのパートナー(仕事だったり人生だったり)でも、このことは起きるでしょう。相手と一緒にいる時間は、決して意味のあることばかりではありません。また、相手が違うので、自分の大切な時間を、なんだか引き伸ばされて大切にされていない気がするかもしれません。それを一緒にいられるということができたときに、あるいは「自分がそのなかで、意味をちゃんと見出していく」というときに、ああ、幸せだな、と思うことも出てくることでしょう。それとね、もうひとつは、帰っちゃってもいいんですよーもちろん。^^バランスをとってみてくださいね、大事なのは、自分が納得をしてしてみることです。
2011.10.06
おはようございます。ちゃっくすぺざーのHPにたどりつきまして恋愛でストーリーを捨てるということをかいていましたが、わたしはストーリーは必要だと思います。よくシナリオの主人公は自分だという記事をみかけて、なるほど・・・・・・・・・・とは思います。あたまのなかでストーリーを思い描くのはだめなのでしょうか。引き寄せにならないのではないでしょうか。――――――――――――――――――――こんにちは、では、こういうのは、どうでしょう?ある人がいて、恋愛でイメージングで、彼と、親しくなりたい、と思っていて、それを具体的に思い描いた、とします。でも、彼のほうは、親しくなりたくはなくて、あるいは、彼女がいて、その女性とは、付き合う相手としては、親しくなりたくない、としましょうね。これは、嫌です。彼にしたら。ストーリーでまずいことが起きるのは、あまりに具体的になりすぎていて、がちがちで余裕がない場合があることです。この場合、もし、「彼のような」とかついていたりしたら、また違うことになりますよね?別の例をあげましょうか?「優しい人ではないと困る」というように、優しい人をイメージしすぎていた、とします。それだと楽しそうだから。でも自分は、優しさよりも、向上心のほうが、大切だったと、知らなかった、とします。それがわかるのは、付き合い始めてから、なんです。実際に優しい人と付き合い始めてみたら、けんかをするのは相手よりも自分のほうが負担ではなくて、ぶつかりたいのに、相手はぶつかるのを避けていて、優しいんだけれど、自分が一番大事なのは,ぶつかっても話すほうが、満たされるな、と、その人が自分に気づく、とします。この人は、違うぞ、と別れる、という学びをする人も大勢います。つまり、相手にも、自分にも、気づかぬ都合があるのに、具体的に、というと、時々、それではないといけない、と、思いすぎて、絶対これ、条件はこれ、と描きすぎていることがあります。そうすると、他のものが入る隙間がない、やってくる隙間がないと困ります。まあ、学びだからいいんだけれど、余裕を持たせてもいいかな、というのが、ストーリーを作りこみすぎない理由です。アバウトに、こんな感じかなあ、幸せだといいなあ、全体的に安心感があって、一緒にいると楽しくて、みたいなほうが、変更があっても自分も慌てず変更についていけるし、こちらに行きたい、と何かが教えてくれている場合、思いつく、アイデアを拾える、自分が気がつくのです。どこどこ会社の、社長になれないと嫌だ、というのと、豊かな生活をしている場面を思い描くのとでは、上記のほうが、叶いにくくなります。思いがつよければいいかもしれないけれど、時間がかかることもあるかもしれませんし、自分の不安を投影していたら叶いにくいです。そもそも、それよりももっと良い道があるのに、自分がこだわりを捨てられず探せないのかもしれないのです。それは、言葉が、限定になっているからです。また、じつは、一回思い描いてそして任せて、幸せになるとか、こういうことがあったら、楽しいだろうなと思いながらも他の事柄をさくさくできている、ということは、重要なんです。にまにまできずに、追い詰まったイメージングはその人が本当は、その夢が叶うとは信じておらず、必死にならないとというような気持ちも潜んでいることでしょう。ストーリーをもちすぎず、「こういう方向」ということで後は他のことをしていると、それがほかの方法で意外なもっとよいもので、手に入ることがあります。それも大事な部分でもあります。先日ほしい物があり、絶対に手に入らないような物でした。それで、私は自転車で転びました。転んだ場所の右側のお店に、その物を置いてあったのですが。これなんかは、具体的にこういうところで出会う、ではなくて方法はお任せしている余裕があるから、きたのだろうでしょうし。あ、だから、今お尻、ちょっといたいの、は別として余裕があると、そういうこともある、ということでした。でも自分なりに自分の方法で良いと思います。思い切り、あたまに描いてもよし。でもその場合には、その内容が大事なのではなくて、「そのなかでああ、こんな気持ちを感じている私がいる」という五感の感覚が大事です。内容ではなくて、こんな気持ちがするんだな、だからこう感じていくんだな、というそちらのほうです。でも、もし、なんだか作りこみすぎていて、うまく回らず、余裕がなくなっていたら少し休ませたり寝かせてもよし。です。経験して自分のバランスのとり方を、学んでみてください。
2011.10.04
上司の誘いを断れない、という書き込みがありました。自分が言い訳を作って、断っても、金がないなら、おごる、ということだし、○○なら、○○、みたいな。押しが強いな、どうしようかなーということでしたが。簡単に言うね、セッションで、そういう人が、自分は変わった自覚もないのに、相手がそういうことを、言わなくなったり扱いやすくなる場合、何を変えているか、というとその人が、「自分がいやだなんて目上に言ってはいけない、干される」みたいな、誤まった感じ取り方を変えています。言い方は、それほど自覚なしにだから変わっている感じもしないんだけれどね、別に、「あたしは行きたくないです!」なんて怖くいう必要もないし、言い訳もたくさん用意もしてよいのです。ただね、心の中に、「私は、理由が無く、目上の人々に、○○したくない、なんて思ってはいけないんだ、それをあらわしたら怖い見えないようにしよう、そんなことしたら、目上の人々に嫌われる(か、干される)のが怖い」、という恐怖心がある人ほど、きちんとした言い訳を考えたり、必死なのに、本当は、自分が行きたくないんです。ということを一言も伝えてない。そういう気持ちがあっても相手にばれても、いいんです。それはごくごく普通のことだから、という自分への許可がないと、相手は許可をくれなくなります。自分が怖がっている人「今日は○○行くぞ」「今日は、お金が無いんです」「だったら、出す出す、行こう」「えっと、こうでああで」「じゃあ、こう解決しよう!」と断れずに結局嫌でもいくことになりますが、つまり何が起きているか、というと、自分が行きたくないから今日は行かない、という気持ちを、伝えなくてよいけれど、あってよいことを自分で認められていないんです。でも、自分が自分に許可を出している人だと、「今日は○○に行くぞ」「ごめんなさい、私は、今日は、早く帰ります(という意思を伝えている)」ために、もう引っかかりようが(取り付く島が)ありません。やさしーく、穏やかに、だから嫌われない、でも意思を伝えている。私が行かないんです、というように。あるいは、相手がしつこくても、こっちもしつこいんだもんねー。「何でだ」と聞かれても、何でだ、と言い訳をするのではなくて、「本当にごめんなさいね、にこっ」ということで、言い訳をしているのではなくて行かない、を伝えていたりします。まあ人それぞれ、「どうしても、今日はこうでいけなくて、すみません」と言う人もいるだろうし、言い方はそれぞれだけれど。行かない、を伝えているんです。行きたくない気持ちがあってよいと、自分に許可をしているのです。この段階が出来ない人は、断れません。無理です。(笑)自分が自分で、断ってはいけない、理由なしに、そんなのいけないことだと思って怖がっていると、「今日は○○行くぞ」といわれて、「ごめんなさい、今日は帰りたいです。(しかも、もぞもぞと、いえたとしても、だな)上司はもぞもぞしているし、こいつなんだか行きそうだな、大丈夫だ、とどこかで感じるわけだから、、「何でだ、理由を言え」「○○、こうで、ああで、こうだから、、、」でも弱弱しいので、しかも、何故説明をしなきゃならないんでしょう?行かないんだもん、のほうが、重要案件なんだと思うんだけれど。そのために、結局は、じゃあ、これ解決してあれ解決してこうしたらいいでしょ、といわれて、はいな、おしまい。です。つまり、人は、どんなにいい言い訳をしようとも、どこかで、「自分は行きたくないんです」という意思表示をしている人は断れて意思表示ができないので、言い訳を言っている人は断れない、ということでもあります。実際にはね、そこまでこびなくても何も起きないんだけれど自分が、断ることでこうむる被害を拡大解釈してしまっていて断らない、ということでもあります。まあ、上手に、しかも、穏やかに、断れている人々から学んでみてください。あなたよりも、もう少し「自分は行かないんです」という意思表示をしています。理由ではないんです。理由は無くても、自分は断りたいから断るんだ~仕事でもないし。そのことで、嫌だなー付き合い悪いな、と思ってくれていいよ。また今度、一緒に行くからねーみたいな。自分への許しがあります。この部分は、まあ、お付き合いはするにしても(ここ、重要、全部断る必要もないしね、いや、断ってもいいんだけれど自分がいやすいことも考えてみてもいいし)毎回ではなくても大丈夫だし、その判断は自分がしますから。という意思がないと、毎回行くことになります。自分はとてもとても怖がっている、とてもとても避けようとしている自分のなかに、上司(目上の人)の誘いを断るのには、理由が必要だと思っている自分が今日はこうしない、という意志を出すことをおびえている、断ることで、全部が駄目になると、私はどこかで信じているのかもしれないし、全部言うことを聞かないと自分を守れない、可愛がられないと信じているかもしれない。でも私、その生き方続けますか?ということですね。嫌がっている、そうしてしまうと、その場に、いられない気がする、うわー怖い、どうしよう、断ったらいられない、どうしよう、理由を述べないと、という気持ちが、妨げとなってどうしても、この上司とでは、こうなるのですが。そんなことしていると、いずれ相手が大嫌いになって会社辞めちゃうかもよ。(笑)そこまで自分を追い詰める必要もないし。私は、理由なしに、断る権利がない、断って相手を傷つけたら自分の責任(って、本当かいな?という話ですが)これが、あなたの潜在意識です。どれほど怖がっているかちゃんと確認をして整理をしてみてください。とりあえず、とりあえず、行動変えなくていいから、自分がとても怖がっているなあ、ということに気がついてごらん?これは怖さで事実ではないんだけれど、全部真実で怖いことはしてはならない、と思っている自分とお友達になってみてね。――――――――――――――――自分が自分に許可を出すのが、本当は一番難しいのです。そして自分に許可を出したときに、周りの人々が変わることも経験をするでしょう。たとえ、言い方は同じでも、冗談めかしていても、相手が受けいれてくれることも、出てきます。http://www.acoreading.com
2011.10.04
お誕生日、という書き込みがあったので、9月10月生まれのかたがた、お誕生日、おめでとうございます。^^私も、9月生まれなんですよー。寒さも厳しくなってきました。皆さん、ご自身の心も、体も、暖かくしてください。
2011.10.03
母より幸せになってはならないと思う時々、こういう方がおられます。掲示板でも、下記のような書き込みがありました。悩みがあります。私は長年、母親より幸せになってはいけないと思い、服装はなるべく地味にし、あまり外出しないようにし、部屋に閉じこもったり、人との関わりを絶っていました。遊びに行くのも罪悪感がありますし、出不精です。いつも家にいます。母に趣味で習い事を始めたといったときも「え~やめなさい」と言われました。お金を使わず家に入れて欲しいとの事でした。中略 最近は私がやりたいことがあると、集中していると実家に連れ戻し、どこの誰なのかわからない人と結婚させたがります。嫌なことがあると僻みっぽくなり、ひとりでブツブツしゃべっています。それは、私が小さい頃から続いています。お父さんがこうだから、私は幸せじゃないから、あなたたちがお金を送って私を幸せにして欲しいというようにしか聞こえません。弟の結婚式にも、母親は何も渡しませんでした。―――――――――――――――――――こういった場合、何かをしようとすると、もう怖いので、震えが来てしまったり、体の力が抜けてしまったり、その人それぞれ、反応はまちまちですが、もう本当にやる気持ちそのものが起きないことでしょう。それで、大事なことは、まず、この怖さが感情であって、あなたは、もう何でもできることを受け入れることです。お母様が何かの反応をしたときにもう自分でいられないほど暗い気持ちを感じてしまうけれどそのために、怖いから、制限をしてしまうけれどこれは事実ではなくて、感情です。私が感じていることなんだ、というように、受け止めてください。感情で体がたとえどんなに動かなくとも、怖くとも、母親が、どういう反応をするからそれを避けないといられない気分になろうとも、世の中や目の前が真っ暗になっても(母親が落ち着くまで、あなたはこういう気分になるでしょう?)あなたが自分でいていいことをまず受け止めてください。凄く怖いでしょう?何もできなくなるんですよね?何かをしようとすると、もう気分が悪くなるでしょうし。でもこれらは、感情です。怖くて怖くて、仕方が無い母親が嫌なときに、こう責めたり言ったりして、それが怖くて仕方が無いあなたの感情です。でももちろん、もうあなたは、幼児ではないので、怖がらなくても、本当は大丈夫なのです。これは、あなたの感情であって、事実、お母様が怒ったら地震が起きるわけでも、天地がひっくり返るわけでもありません。お母様が不機嫌だったりいやみを言う、声を荒げる、ということに過ぎないんです。(と思えないでしょう?けれども)たとえどんなに、私が怖がっていても、目の前が真っ暗になっても私は私のしたいことを選べるんだ、そのことに、感動をしてみて下さい。驚いてみてください。怖い、という感情以上に、新しい驚きや、喜びを、感じていく必要はあるのですから。どんなに、お母様の反応により、がっかりしてしまっても、大丈夫です。これもまた、感情です。ああ、がっかりしてしまった私はこの気持ちを感じたくないから、自分を諦めたんだな、そのことにも、気がついていってください。もう二度とがっかりしたくないんですよね?傷つきたくないし。母親が、機嫌が悪いときに、そうであってよいんだ、とそれを、切り離して自分であることも大切になります。これをまず、受け入れていきましょう。怖いんだ怖いんだ怖いんだ、ただただ、怖いんだな、そうです、ただただ、怖いんです。理由は後から付いてきますがそちらの理由に、惑わされないようにね。ご自身が力を取り戻すときに、家族が変わることも、しばしば目にします。――――――――――――家族への怖さが、行動の基準になってしまうことは、よくあります。その力を取り戻していくことは、とても大切です。あらゆる、誤まった恐怖心による、縛りを解くことで、人生が変化をしていきます。セッションでは、その怖さを、大丈夫なんだ、という深い理解に変えていきます。http://www.acoreading.com
2011.10.03
掲示板に以下の事が書き込まれていました。相談させてください。職場でちょこちょこあることです。ある女子がいて、例えば私が電話取次を別の人にしてその目的の人が別の電話中だった場合普通に伝言扱いなどにするのですが私がそうしていると、「急ぎ?大丈夫?私が出ましょうか?」とか言ってくる。けどその女子は担当者でもないし、やることといえば伝言を取るだけなので同じなのに、どうしてそこで割り込んでくるのかいらっとします。「は?あなた担当じゃないでしょ」といってやりたくなる。その前に、物事の筋として、そこで割り込もうとする思考回路自体が、私には混乱のもとです。その人の親切アピールに使われてるだけのきがするし、なんだか縄張りを犯されてる気がします。これは私の感じ方の癖で、「できない扱いをされている」と感じるのも私の癖なのだと思うのですがつい、態度や口調がこわばって「いいです」とかぶっきらぼうにいってしまい、こちらが失礼な人のように周りに思われて、私には損な事ばかりに思います。私は人の領域を犯さないように気をつけてるし、ヘルプがない限り余計な手出しはしないようにしてるのに、おせっかいをされると頭に来ます。しかもうまく受け流せず周りにはきっと嫌な人に見られてそんな自分を責めて責めてぐったりします。その、偽善ぽいくちだしや、人のやることに口出す神経自体が信じられないし私にはない行動です。でもすぐいらっとして態度に出てしまう自分も情けなくてたまらない。私はどうしたらこの自己嫌悪から抜けられるんでしょうか。――――――――――――――――――――――――ご自身のことを、良く見つめておられますね、とてもよいことです。ご自身のなかで、評価をされない、(というか、任せてもらえない)悲しみ、みたいなものがあります。両親が、あなたが決める前に決めてしまったりあるいは、ご両親もあなたと同じ任されていない、何かを言われると強く反応をいていた場合もあるでしょう。いずれにしろ、今お伝えすることは、彼女はあなたと違う課題があり、「もっと、私を助けてほしいな」という思いがあることは、知っておいてください。あなたの課題とは違うので、信じられないかもしれませんが、彼女は、ご自身がされたら嬉しいことをしています。介入とは思わずに、心遣いと思うでしょう。人はみな、相手に足りていないことを相手に求め、自分がよいと思っていることをしているのです。彼女であれば、他の人が、○○しましょうか?というと同じ言語を話してもらえている安心感はあるでしょう。対応の方法ですが、ありがとうございます。でも、伝言扱いにしておいてください。私が、扱いたいのです。と、お礼と、そして自分の意欲を伝えてください。ご自身の意欲を伝えることは、特に、特に大切です。^^ここが、反感になってしまって、上向きにいけない部分なんだろうなとは、思います。それと、自分を責めないことです。あなたは、そのように言われると、自分にまかされていない気がする、そのことを十分に受け入れてあげてください。できれば、「あ、まかされていない気がする、できていないといわれている気がする」という自分がいるのを十分に受け止めてあげながら、その出来事をただの出来事としてみていく訓練をしてみてください。「あー、口を開いて~、彼女は、○○と言っているんだな」という事実だけをです。そして、自分の反応は、反応としてあったまにきて、はらのそこが煮えくり返りそうな私がいるというように、体の反応を、観察します。嫌だなと思っている自分がいる、と切り離します。おそらくなんですが、通常は、お母様も、何かを言われると反応を起こしていたとしたら、やはり同じスタイルは出てきやすいですが、それがあって当たり前。だれでも課題があります。そういう自分が学ぶことを探すことは、人生で、とても大事なことなのです。――――――――――――――――― 掲示板で、こうしたらいいぞということがあるので、他のかたがたの相談にもなるべく乗りたいのですが、日記に挙げるのに時間がかかっています。すみません。―――――――――――――― 心の、未解消の物事の見方がだれでもあるために、それに伴って、反応を起こします。反応があると、(この方の場合であれば、さまざまなときに、相手が自分を信頼してくれていない悲しみから来るいただちがでること)相手がいやだ、ということばかりを感じ取り、1) 相手の本心を読み取った上で、2) 自分の意欲が何であるかが、わからなくなります。この二点をすぐに感じ取れる能力を取り戻すことで、つまり、反応(反感)をもたずにするっと抜けられる癖がつけば、人生のさまざまな問題が改善をしていきます。http://www.acoreading.com
2011.10.02
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