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2010.08.19
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カテゴリ: カテゴリ未分類

心を開くってどんなかんじでしょうか?
スペザーノさんの本に「関係の扉」をあけると決める。
自分が招待すれば誰かが招待に応じる。というようなことが書かれていました...。
閉じている感じがするので質問しました(もしかしたらずーっっと...。)
想像してみるということでしょうか?
それだけでなにか変わるのでしょうか???

こんなご質問があったので書きたく思います。
今回私書箱にご連絡をいただいたのですが、
私書箱にお答えするのは今回限りとさせてください、ではないと
掲示板に書き込んで中々お答えできないこともあるのに
私書箱に質問をして答えられるのであれば、
とても不公平な気がします。

心を開く、というのは、私にとっては、あくまで私にとってはですが
自分自身に正直である、ということでもあります。
そして自分自身に正直でありながら、それを閉じて怖がらないということです。

例えば、相手の男性と話をしていて、
相手の意見が若干変と感じたとして、でも『嫌われるかなあ、嫌われたらどうしよう?」と思いながらもやもやしている、とします。
この感覚が、あくまで感覚がですが閉じている状態です。

それでもうこのもやもやしている、と言うことはそれは自分にとっては大切なことで見逃してはいけないと言うサインですから、それに従がう、と言うのが正直ということです。

必ずしも相手に聞く必要はないし、(と言うのは例えば相手が太っているとして
やせたいと言っているのに、甘いデザートを食べていてそんなの変だと思った場合など
食べたいのかもしれないし、好きなのかもしれないし必ずしも全部を言う必要はないし)
問い詰める必要もないけれども
自分が『あれ?何か変だな、自分の生き方と違うんだな』と言うように
自分が思っている、と言うことは自分に正直に開いておく必要があります。

どっちが良い悪いではなくてどっちも受け入れて開いている状態。
でも自分の変だなと思うことも許しているような状態です、そうすると自分ももやもやしないし(自分も受け入れているから)
相手も変えようとしていないし、かといって相手を尊重をしないこともない

だから正直に相手に開いているので、相手も浮けいられてている気がしますが

自分が閉じて無理をしていると、表面の意識はうまく行くんだけれど(お互い大人だから)
無理をしている感覚がどこかで双方にあったりします。
あるいは自分を閉じて相手を変えようとすると相手も抵抗をするし。

かといって意見をいって悪い、と言うことは全然ありません。

閉じると言うのは色んな感覚や頭での想像、頭での考え方にとらわれるという説明になるでしょうか。

そして『こんなこと思う自分が悪いんだ』『あれ、変だけれど嫌われる、嫌がられる」とか
『この人変だから直さないと、自分が何とかしないと』と言ったように
一つの考えにとらわれてこだわってしまう状態は
これはマインドと自我が起こしていて結構苦しい状態です、常に緊張をしているし
人いても疲れます。

開くと言うのは、そういうのはそういうのとしてそう思う自分がいるんだな
何だか自分にはここに違いがあるようだと思いつつも、
気にしなくて相手も受け入れて防衛判断なく開いている状態

そしてまた、夢について言えば、例えば『この夢は身分不相応かも」とか
『絶対にこれでないと嫌だ、こんな人もあんな人も嫌だ』
『絶対bにかなえるんだから」と言うしがみついた状態ではなくて
『こんなのがいいな、それに正直にいよう』と思いながらも
『それじゃないと自分のプライドが許せない、これじゃないと怒りもわくし嫌だ』と言うのではない状態
『こんなのまだまだ』と言って自分を苦しめることもしない
つまりどんな夢が来てもそれを受け入れ、大丈夫で開いていて
なおかつ自分のほかの夢にも開いていてチャンスを受け入れている状態、

判断で『こんなのか、嫌だな自分ってこんなのなんだ』と言う判断もないしかといって
『自分がもっと大きな夢を見てはいけないんだ分不相応にしておこう」とも思わず
『自分はこんな夢をかなえるまで自分じゃない』とも思わないし
かといって『努力をして続ける状態が全然いや」でもないし
さくさく動き、さくさく受け入れ、さくさく小さなものがきてもこばない、
そうすると、大きなものが段々とやってくる状態です。

和書にあるかどうか分からないのですが、チャックスペザーノは
『今あるものを拒絶しなければ自分の欲しいものはあるはずだ』と言っていて
その感覚はよくわかります。

ちょっと言葉で説明をするのは難しいんですが防衛をしていなくてあらゆる愛情と楽さと、開いている『感覚が』あります。

人それぞれ開いている感覚はあるのでしょうけれどこれは体験によるのでそれぞれ違うから、チャックスペザーノが自分で言葉で説明をするともっと違うことになるのでしょう。

私の感覚で言えば、常に体が広く開いている輝いている気持ちがしていて
その時に選んでいることは間違いがなくでも防衛本能に入ると
きゅっと閉じる感じがあります。

だけれど『感覚』ですから感覚を学ぶ必要があるし経験で
その感覚から判断をしたことが結果良いことも積み重ねてそれが体験となる必要があります。もういつもこれで判断をしていることが正しいと分かっている人には
それが常に起きるかどうかは別として体験としてこれが真実だと言うことだけはわかります。

セッションでほらほら今の、よい体の感覚分かっている?と訓練をしているのはそういうことですね。

例えば異性のことであれば、ハンサムな友達が欲しいなと思えばそれに開いている
でもそうではない人々がよってきてもそれにも開いている、別に『こんなのしか引き寄せられないんだ」と
がっかりしたりもしない、かといって『この人で我慢をしよう』とも思わない開いているから
何となく色々よってくる状態です。かといって本当はもっと大きな目標にも開いている
本当はハンサムな人が必要なのではなくて自分がもっと
社会で認められる感覚が必要なのかもしれず
それであれば本当は自分が納得をしている大丈夫だ安心だと言う感覚が持ちたいのにいつの間にか
ハンサムな人に愛されたらそれを一時的に認められると言うような誤った感覚があるかもしれず
だから来るものを拒まない、つまり別に自分がしっかりしてきても大丈夫だし
かといって開いていると何となくあれ、きているなと思えることがたくさん起きてきます。
そして本当はその人でよいのかもしれず。

いろんなことに頭ではなくて開いていきます。

つまり抵抗をたくさん人生ではしているんです。
こんなの嫌だこれじゃないと嫌だきっとしがみつかないと手に入らない、
それが閉じている感覚、体がもう緊張をしていますから。

つまり判断があると自分が閉じます、判断と言うのは脳の中での
自分ってこんなものでこんな程度でこうしないとならなくてでもそんなの認めるか~みたいな、防衛本能で閉じているような
ところがありますから

だから判断には親の考えが入っていて
認められないと怖いと言う恐怖心から誤って脳に入ってしまったものがあり
それらではなくて自分を正直に開く訓練も必要に思います。

開くと言うのはよく言ったもので、心が開いているときには、体の感覚が違います、凄くオープンな感覚が実際にあります。

天野






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最終更新日  2010.08.19 06:40:32


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