ティエンの趣味に全力疾走

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異界への墜落 Act.2


「さて、と」
 ズンイチの首筋に一撃を食らわせあっさりと気絶させた生き物は、ゆっくりと辺りを見回す。
生き物の耳が捉えた羽音は徐々に大きくなる。確実に、此方に向かっているらしい。
此処でグズグズしていれば、確実に追いつかれてしまう。
「見つかったのか、それともこいつのせいか」
 呟きながら、足元に倒れこんだズンイチの体を忌々しげに見やる。
しばし後、空の片隅に黒い点のような物が見え始めたのを見て取り、諦めたような表情で大きくため息をついた。
その仕草もまた、妙に人間臭い。
「しかた、ないかぁ」
 生き物の背中の辺りが、いきなりぐぐっと持ち上がり、きしむ様な音を立てながら変形していく。
鋭い破砕音を立てながら細い支柱が伸び出し、耳障りな高音と共にそれが薄い皮膜をまとう。
「まったく、どいつもこいつも!」
 腹立たしげに吐き捨てるように呟くと、生き物は背中に生じた蝙蝠の様な翼を大きく広げた。
向こうが透けて見えるほど薄い皮膜で構築された翼を、数回力強く羽ばたかせる。
しかし、その繊細な造りの翼は、生き物自身の体重ですら支えられそうに無い。
その様な翼を広げて、一体どうしようと言うのか。

 生き物が出し抜けに、細く高い声で歌い始めた。
吹き抜ける風の音にも似た、歌詞を持たないその歌は、次第に激しく叫ぶような響きを帯び始める。
 歌が始まった辺りからだろうか。生き物の背後・・・・、ちょうど翼の周囲にもやもやした薄蒼い影が揺らめき始める。
生き物の歌が進むにつれ、次第にその影は濃さを増していく。
 生き物は、周囲に立ち込める蒼い霧のような物を見回すと、満足げに口を閉じた。
霧に隠れたままやり過ごそうとでも言うのだろうか?
 数人の人間がお互い手を伸ばしても、まだ余裕が有りそうな範囲を蒼い霧が押し包んでいる。
濃く、深く立ち込める霧の中では、伸ばした手の先ですら見通せそうに無い。
 生き物は、足元に転がっているズンイチの体を手探りで探し当てた。
ベルトを掴んで、ひょいっと持ち上げる。そのまま、霧の塊の中心の方へ無造作に放り込んだ。
生き物は、ズンイチの傍らに木刀が転がっているのに気付き、それも拾い上げて霧の中に放り込む。
 今までの一連の動作を、全て肩にフルプレートアーマーを纏った青年を担いだまま行ったのである。
人間業ではない。・・・・そもそも、その姿形を見ただけでも、人間ではないと知れるが。
 ズンイチを放り込んだ後に続いて、黒髪の青年を担いだまま、
生き物は階段を登るように霧を踏んで、霧の中央に分け入っていく。
 生き物が完全に姿を消した刹那、草原にわだかまっていた霧が出し抜けに浮かび上がった。
次第にその高度と速度を上げながら遠ざかっていく。

 霧が飛び去った後には、不思議な事にズンイチの姿も、生き物の姿もなかった。


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