ぶれいくたいむ
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最近のYU月はオシッコをギリギリまで我慢します。
「オシッコ行く?」と尋ねても
「出ない!行かなくていい!」の一点張り
でも,ちょっと時間が経つと,モゾモゾし始めます。
誰がどう見ても我慢してるのが解ります。
そして,「オシッコ!!」と言い,パンツを脱いで
トイレにギリギリセーフ(*´д`;)・・
そして,いつもの説教が始まります。
どうして,早く言わないの ?
何で我慢するの ?
毎度毎度のことで,こっちも我慢の限界です。
そして,YU月は「エエ~ンごめんなさい。」と泣きます。
次の日も,また次の日も同じように我慢します。
そうすると,堪忍袋の緒が切れて
怒鳴ります。
かなり怒鳴ります。
手も出します。
叩きます。
けっこう強く叩いてるかも知れません。
YU月はもちろん泣きますが,
泣いて許されるもんではないと
延々と説教を続けます。
そんなに怒っても叱っても仕方ないと思いますし,
躾として,どうなのかと疑問を持つことはあります。
褒めて育てようという理念 は素晴らしいと思うし
子どもなりに一生懸命頑張ってるということは理解できます。
しかし,そんなに親も完璧ではないので
仕事が忙しかったり,様々なストレス要因となるものが
身の回りに溢れていると,
同じ事を注意したにもかかわらず
何度も何度も繰り返して失敗されると
怒りのスイッチ が入ります。
「お前,何回言ったらわかるんだ!!」 ってね。
子どもは幾たびの失敗をしながら
成長するってことは理解できます。
自分たちもそうやって,大人になってきたことも事実です。
その過程において,寛大な心で,時に手助けをしながら
子どもの成長を,成功を見守るっていう形は
理想としてあるのですが,
頭で理解できたとしても
実生活において,実行できるかどうかは
別問題だと思います。
巷では幼児虐待のニュースが流れます。
親は決まって 「躾」 としてやったと弁明します。
自分の可愛い子どもに何故?と疑問が沸く一方で
少なからず理解できる感情もあります。
子どもを持つ親なら,
消化できない怒りの矛先が子どもに向かう
感情を誰しも一度は経験するのではないのでしょうか?
子どもは本当に可愛いです。
屈託のない笑顔で癒してくれます。
疲れて帰ってきても 「おかえりなさい!」 と
元気に迎えてくれます。
出来なかったことが出来るようになると感動を憶えます。
これだけ怒ったり,叱ったりしても
自分を頼ってくれます。
何より,血が繋がっている家族ですからね。
これって,親が学ばなきゃならないことなんでしょうか。
それとも,親の性格にもよるものなんでしょうか・・。
よく育ってもらいたい!という
出来るようになってもらいたい!という
希望,願望,理想
と
現実の成長度合いのギャップが問題なのでしょうか。
ふ~む,日々勉強ですね(* ̄∀ ̄)
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