サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2006.12.28
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カテゴリ: 文学
古典の姿形


 さて、これは音楽だけでなく、絵画や文学にとっても同様で、かつては見向きもしなかった古典の原文の響きが、なぜか突然心地よく立ち昇ってくる、ということは時々あるようです。かつては古文法や注釈や脚注がジャマで、まともに作品の中に入っていけなかったのが、意味は相変わらず解読不能なのに、原文を通読していると、自づから立ち昇ってくる言葉の響きやリズムが、最近、不思議なほど私の耳朶(じだ)に、心地よく入ってくるのですが。
 ご存知、倭建命(ヤマトタケルノミコト)の英雄物語、
 ―― 父の景行天皇に西方征伐に続き、東国平定を命ぜられた倭建命(ヤマトタケルノミコト)は、出発に際し伊勢神宮の斎宮(イツキノミヤ)である叔母の倭比売命(ヤマトヒメノミコト)に会いに行って、云うには

「天皇(スメラミコト)既(スデ)に吾(アレ)を死ねと思ほす所似(ユヱ)にか、何(ナ)ぞ、西の方(カタ)の悪しき人等(ヒトドモ)撃(ト)りに遣(ツカ)はして、返り参上(マイノボ)り来し間(ホド)、幾時(イクダ)も経(ア)らねば、軍衆(イクサビトドモ)をも賜(タマ)わずて、今更に東(ヒムカシ)の方の十二道(トヲマリフタミチ)の悪しき人等を平(コトム)けに遣(ツカ)はす。此(コレ)に因りて思惟(オモ)へば猶(ナホ)吾を死ねと思(オモ)ほし看(メ)すなり。」とまおして、患(ウレ)へ泣きて罷(マカ)りたまう時に、
…倭比売命(倭建命の泣訴には直接には答えずに)、草那芸剣(クサナギノツルギ)を賜ひ、亦(マタ)御嚢(ミフクロ)を賜ひて、「若(モ)し急(トミ)の事有らば、茲(コ)の嚢(フクロ)の口を解きたまへ」と詔(ノ)りたまひき。
―― 「古事記注釈」西郷信綱(ちくま学芸文庫)より

 「古事記」全段の中でも、もっとも私たちの心を打つ瞬間ですが、すでに先の死を予感した主人公と、それを慰めるのではなく、英雄としての倭建命(ヤマトタケルノミコト)を送り出すべく、気遣う叔母の倭比売命(ヤマトヒメノミコト)の関係がストレートに伝わって、何だかギリシャ神話の英雄アキレウスと、その母である海の精霊テティスとの関係を思い出してしまいました。英雄は古今東西を問わず、死ぬことによって、英雄に祀り上げられるのです。
 このくだりがあることで、それまで実の兄を縊り殺して投げ捨てたり、熊襲建(クマソタケル)をだまして刺し殺したり、若く猛々しいだけの倭建命の姿が、後半の東征物語からは急速に悲劇の相貌を帯びてきます。

―― 無敵の裏付けである草那芸剣を、美夜受比売(ミヤズヒメ)のもとに置きっぱなしにして、素手で伊吹山の神の化身、白猪(シロイノシシ)と闘う。しかし神の剣を持たない倭建命はすでに無敵ではありえず、神々の論理は貫徹されるのです。2500年前のギリシャなら野外劇場の舞台の周囲を取り囲むオルケストラ(合唱隊)が、「ここにゼウスの託宣は成就せり」と詠うところ、かな? ――
 そう云えば、「古事記」の特に神代の部分は、 記述が行為中心 で、詠嘆とか感想とか、心理的な記述がありません、これは「古事記」の母体である「帝紀」「旧辞」が、行為=舞踊ないし演劇の台本のような性格を持っていたであろうことと無関係ではないので、古代祭祀における詠と舞という演劇的要素が、ここに強くこだましているのです。
 前にも触れましたが、これは「古事記」が猿楽の元祖、天宇受賣命(アメノウズメ)と猿田毘古神(サルダヒコ)の直系といわれる稗田阿礼(ヒエダノアレ)が誦習したものを、「忌人(イワイビト)=神事のひとつ、天皇を守護する役職」を祖とする高級文官、太安萬侶(オオノヤスマロ)が書き記したとされることからも、神楽や雅楽の原型ともなった古代祭祀の、万葉仮名への固定の目的が奈辺にあったのか、明らかでしょう(このあたり西郷信綱氏説)。

 それはさておき、伊吹山の神に氷雨で散々にやられて、山を降りてきた倭建命ですが、あまりの疲労で杖を突きながら歩いていたところが、置き忘れた太刀に気付く、と同時に神に見放された我が身に気付いて、倭建命の東征物語は急速に終局に向かいます。死期を悟った倭建命の云わば辞世の有名な歌――

 倭(ヤマト)は 国のまほろば たたなづく 青垣(アヲカキ) 山隠(ヤマゴモ)れる 倭し 美(ウルハ)し
 愛(ハ)しけやし 吾家(ワギへ)の方(カタ)よ 雲居(クモヰ)立ち来(ク)も
 嬢子(ヲトメ)の 床(トコ)の辺(ベ)に 我(ワ)が置きし つるぎの太刀(タチ) その太刀はや

 その後のいわば定式化した、口調の良い五七調の短歌と違って、古代歌謡は言葉つきとリズムにゴツゴツした力があるように思えるのですが。また和歌一般に頻出する枕詞も「古事記」では、一種の言祝ぎ(コトホギ)の呪力が込められていて、枕詞の出自を探るうえでも、関心を惹きますね。

 というわけで、三重県の能煩野(ノボノ)で死んだ倭建命は、
―― 是(ココ)に八尋白智鳥(ヤヒロシロチトリ)に化(ナ)りて、天(アメ)に翔(カ)けりて、浜に向きて飛び行(イ)でましき。爾(ココ)に其の后(キサキ)と御子等(ミコタチ)、其の小竹(シノ)の刈杙(カリクヒ)に、足斬り破(ヤブ)るれども、其の痛みをも忘れて、哭(ナ)きつつ追ひいでましき。…

…然(シカ)れども亦(マタ)其地(ソコ)より更に天に翔けりて飛び行でましき。… ――

と、白鳥(しらとり)に変じて、どこまでも空高く天翔けて行くわけですが、元祖英雄伝説の最後にふさわしく、その後の行方は誰にも分らないのでした。

                                      ― つづく ―





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Last updated  2006.12.28 13:34:26
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

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