サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2009.02.07
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カテゴリ: 文学
 意識的に「朧写」された文章を、細密画像のようにPan Focusして見てみようなどということは、量子力学の世界と同じく、分け入って行けば行くほど、むしろボヤけてしまうのかもしれず、私たちにできることはといえば、せめて平安時代の読者と同じ程度には読めるかな、ということでしょう。紫式部は一人時代を突き抜けて、孤高の世界を歩んでいたのではなく、それに共鳴する読者、いわば タフな読者と批評者 (その中にはもちろん彼女自身も含まれています)に囲まれて書き綴っていたと思うのです。

 で、廃院の中で起ったことは何かといえば、一組の男女の睦み合いの最中(もしくは直後)に女が死んだ、という一点に尽きます。この突然死に対する光源氏の反応が、人智を超えた病とか事故死という場面に遭遇した際に、当時の人々の共通認識にそって、それは外部から来た「物の怪」のしわざである、と考えるのは不思議でもなんでもなかったのでした(今でも自分が何かとんでもないことを仕出かしたとき、思わず原因を他に求めるということはよくあることで、心理的にはこれを「転化」とかいうんですか)。
 繰り返しになりますが、問題はその「物の怪」が、六条御安所であるようなないような、「朧写」によって描いていくうちに、むしろこれによって「物の怪」が外部から来たのではなく、光源氏自身の 内心の恐怖 から出てきているものではないか、と紫式部は気づいたのではないか。彼女の文章が、古代的な夢物語や当時の風俗であった「物の怪」を素材とするとき、ときに驚くほど現代的な相貌を呈するのは、それぞれの素材に、彼女なりの当時の知見を総動員して、そのつど 自分なりの新たな発見 を見い出していったからでしょう。
 「夕顔」の帖で六条御息所が登場するのは前段のほうで、源氏の想念としても彼女が現われるのは、先にも触れたように、美しい女が源氏の夢枕に現われる直前まで、夕顔が突然死してからは、六条御息所は源氏の想念としても、この帖では現われてこないのです(美しい女は、その後、うつつに幻視として一回、夢にもう一回現われます)。もし彼がこの美しい女を、ハッキリと六条御息所の生霊(いきすだま)と確信しているのなら、その後彼女に対する想いが(ショックで二十日ほども寝込んでいる間に)、多少でも出てこないとおかしいでしょう。
 ここでの意図的な「朧写」によって、紫式部は主人公の内心の恐怖を、六条御息所に象徴されるような生霊(現実の六条御息所ではありません)として、彼の心内に棲まわせるように仕組んだかと思われます。

 ではその光源氏の「内心の恐怖」とは何だったか、ということになるのですが、それはたぶん「源氏物語」全体のテーマでもあると思うので、ここでは保留しておきます、なんちゃって(もうすでに最初に言っちゃってます!)。

 この帖は、これまた何の説明もなく、夫に連れられて任国に下っていく空蝉と、源氏との別れの歌の交換で締めくくられているのですが、三者三様の女の括りとしては、まことにふさわしく、しかも六条御息所だけは、大いなる予感だけを残して、語られることなく終わっています。

 いささか「夕顔」の帖に足をとられた感があります。かつて文学史などで、「源氏物語」の研究書をチョイ見するとき、ややもすると夕顔や六条御安所が熱心に語られすぎて、かえって本体の全体像を誤解する危険が大きかったなというのは、今回通読してみて痛く感じさせられたことでした。あたりまえの話ですが、文学研究書というのは本文を最低でも一回は通読している人でないと、読んではいけないのですね。

― つづく ―





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Last updated  2009.02.07 11:22:05コメント(0) | コメントを書く


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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
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