サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2009.05.21
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カテゴリ: 文学
 「澪標(みおつくし)」の冒頭、都に戻った光源氏と朱雀帝の位置づけが、完全に逆転しているさまが描かれます。

― みかどは、院の御遺言を、思ひ聞え給ふ。ものの報いありぬべく思しけるを、なほしたて給ひて、御心地すゞしく思しける。時々、おこり悩ませ給ひし御目も、さはやぎ給ひぬれど、「おほかた、世に、え長くあるまじう。心細きこと」とのみ、ひさしからぬことを思しつゝ、つねに召しありて、源氏の君は、まゐり給ふ。世の中の事なども、へだてなくのたまはせつゝ、御本意のやうなれば、大方の世の人も、あいなく嬉しき事に、よろこびきこえける。 ― (山岸徳平校注、岩波文庫) 

 朱雀帝は、故桐壺院の御遺言を、常に気になさっていた。(遺言を違えた)報いが必ずあると思っておられたのが、こうして源氏の君を元の位に戻したことで、御気分もすっきりしたように思われる。時々、発して悩んでおられた眼病も、回復されたが、「なんとなく、この世には、長く生きられそうにないような気がする。心細いことだ」とばかり考えられ、自身の帝の世も長くはあるまいと思われて、しょっちゅうお召しがあるので、源氏の君は、参内なさる。世事のことなども、何くれとなく源氏の君と相談なさるのが、御本意にかなうことなのか、おおかたの世の人々も、ひたすら結構なことと、喜び申し上げていた。

 ここで大事なのは、故右大臣や大后の後ろ立てがなくなってみれば、もともと「なよびたる」風情の朱雀帝が頼るべしは、腹違いの弟の光源氏だけなので、彼は何となく左大臣派からの圧力で、身の危険を感じているようにも見える。「おほかた、世に、え長くあるまじう」とは、たんに眼病にかかったことで気が弱くなっているのではなく、さるまじき罪でも着せられて流寓の身ともされかねない身を案じているのです。それはまさしく右大臣派のやった事柄の巻き返しなので、彼としては何としても我が身の保全と、愛する女たちの行く末を気にするという仕儀になります。
 そこで彼が光源氏をしゅっちゅう参内させて、世事万端を相談するというのは、左大臣派をかわす狙いもあるのですが、それは同時に政治の主導権が完全に光源氏に移ることをも意味しているので、翌年すぐに退位という筋書きも、あるいは源氏のほうからの教唆があったのかもしれません。

 このあたり、光源氏と朱雀帝の関係というのは、微妙な縁で結ばれているので、源氏とすれば左大臣派が世事を完全に牛耳る世というのは、貴種の血筋として決して好ましくないのです。考えてみれば彼もけっこう危ない政治劇の橋を渡っているわけで、それは後々、例の竹馬の友とも盟友とも思われた「頭の中将(左大臣の息子)」との確執となって現れてきます。今ふうに書けば、ずいぶんと生臭い政治劇が立ち現われてきそうな場面なのですが、もちろん紫式部はそんなことはおくびにも出しません。
 描かれるのは公事ではなくまさしく帝の私事であって、朱雀帝愛顧の尚侍、朧月夜とのくだりは、彼の源氏に対する微妙な気持ちが現れていて面白い。

― おりゐなむの御心づかひ、近くなりぬるにも、内侍のかみ、こころぼそげに、世を思ひなげき給へる、いと、あはれに思されけり。
 「 …昔より、人には、思ひおとし給へれど、みづからの心ざしの、又なきならひに、たゞ御事のみなん、あはれにおぼえける。たちまさる人、又、御本意ありて、見給ふとも、「おろかならぬ心ざしは、えしもなずらはざらむ」と思ふさへこそ、心苦しけれ」


― つづく ―





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Last updated  2009.05.21 12:00:20
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

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