サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2009.07.14
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テーマ: 古典の日(312)
カテゴリ: 文学
 さて「松風」につづく「薄雲」の帖は、引き続き明石の方の姫君をめぐる話と、左大臣、藤壺の女院の死があって、話が大きく展開するとともに、光源氏の振るまいを中心として語られて来た前半部が、このあとの「槿(あさがお)」の帖とセットで、何となく締めくくられている感じで、「乙女」の帖以降、夕霧や玉蔓その他さまざまな人物が登場する中間部は、あきらかに物語の趣きが変わっているのです。
 この帖で、源氏物語冒頭から登場して、光源氏の振るまいの原点ともなった藤壺の女院が世を去り、左大臣も死ぬということは、須磨流遇という試練はあったとはいえ、光り輝く貴公子がいよいよ世の中心に躍り出るというa系の物語の筋として、源氏が成熟していく経過の時の流れを表わすのに、あらかじめ組み込まれたストーリーだったでしょう。この「薄雲」と「槿」の帖は、二度と戻らない時の流れを表わす物語として、なかなか感慨深い印象を与えてくれる帖です。

 ところで、これまで触れてこなかった話題として、この物語の各帖に付されたタイトルのことなのですが、これは誰がいったい何時付けたのでしょう。紫式部に決まっているじゃないか、と言われそうですが、一概にそう決め付けるわけにもいかないのではないか?
 彼女自身が付けたとして、それを付けたのは何時なのか、と言えば、もちろんいちばん自然なのは、各帖の物語を書き終えた時、ということになるのですが、おおむねそれで大過ないとはいえ、たとえばこの「薄雲」にかんしては、ちょっと待てよ、という感じがしないでもないのです。

 基本的に、各帖のタイトルは、その中で詠われた和歌から取られていることが多く、またそれぞれに、はなはだ雅趣の深い命名が多いのですが、ときに物語の内容を暗示する場合もあって、代表的なのが「雲隠」ですが、これは最初から彼女が意図して、命名だけで中味を省いたかどうか、いろいろ議論が出てくるところですね(中味を最初から書かなかったのは、ほぼ間違いないでしょう)。
 さてこの「薄雲」という帖の名にかんして、今話をするというのは、この命名がたんに、この帖の中味を暗示しているだけでなく、その後ずうっと先の話の展開を前提に、付けられているように思えるからで、この帖の話の中味だけから判断すると「薄雲」どころか「暗雲」であってもおかしくない要素があるからです。
 その中味の話はこのあとしていくのですが、相当な不安要素が発生しても、結局それが大きな話には展開せず、あくまで「薄雲」のままで「暗雲」には至らなかったというのは、a系の昔物語の帰結が光源氏の夢御殿の実現と、准太上天皇という帝に準じる栄転という、予定調和の筋立てで組まれているので、あまり事件化するわけにはいかなかったからでしょう。
 とすれば、この帖の名は、すでにa系物語の帰結を知っている人が後から付けたか、あるいは紫式部本人が最初から事件化する気がなくて書いたのか、どっちかだということになります。

 実をいうと、源氏物語には事件化しそうで、結局何も起らない、今どきの小説読みなら、当然次に来るべき衝突とか展開を「こう来たら、こうなるだろう」と予期して読み進むところ、結局何も起らずに(まるで何もなかったかのように、肩透かしのまま)、別の話がすまして進行していくということが、けっこうあるのです。何だか泡粒のような小宇宙が生まれかけては、はじけ飛んで消えてしまう今どきの最新宇宙論のイメージのようで、どうかするとその中の一つの泡が、途方もなく膨らんで大きな宇宙に実体化する、何かそんな感じがしますね。


 というわけで各帖の命名の話から、ずいぶん思わせぶりな前置きをしてしまいましたが、そのわけは中味の話でゆっくりすることにしましょう。

― つづく ―





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Last updated  2009.07.14 11:31:42
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
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