サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2009.07.29
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テーマ: 古典の日(312)
カテゴリ: 文学
 ところで、紫式部は彼女の死を桜の季節に充てました(御息所は三十六歳の秋でしたね)。藤壺の女院は享年三十七歳と、二人とも当時としても若いと思うのですが、桜の季節にしたというのには、やはりここに日本的な若死の美学のようなものを感じざるを得ません。

 桜の花にいつごろから、なぜ日本人がことのほか美的要素を見い出すに到ったのか、については古来さまざまに言われ尽くして、今さらという感がないでもないのですが、私なりに別のところ(インテルメッツォ 42.)で触れたことがあります。梅でもなく桃の花でもない、桜にしか見ることのできない美とか真実というのは、「生きとし生ける物は、すべて逃れがたい時間の相のもとに存在していて、桜の花というのは、それを文字通り『華と散ってみせる』ことで、気鮮やかに我々に示してくれている」ということなのでしょうか。
 我々日本人は、このいちばん美しい盛りの瞬間に、惜しげもなく散っていく桜に、古代以来の禊ぎに似た「命の蘇生」を感じるので、ここで肝心なことは、生命力の横溢した瞬間に「華と散る」、という一点です。こればかりは、盛りを過ぎてなお、しつこく咲いている梅の花にも桃の花にもない、桜の花だけに見られる振るまいなので、これは忙しくも気鮮やかに移ろって行く、日本の四季の変化を抜きにしては見い出せない美的感覚でしょう。
 「移り変わり=時間」に美とか真実を見い出すというのは、「永遠=不死」を美や真実の極致と捉えたエジプトや大陸の文明感覚とはおおいに異なるのです。

 さて前置きはこれくらいにして、紫式部はそうした日本古来の「生の盛りに華と散る」美意識を多分に意識して、藤壺の宮の死に対して(丸谷さん推奨の)、以下のような美文を書き記しています。

― をさめたてまつるにも、世の中ひゞきて、「悲し」と思はぬ人なし。殿上人など、なべて、ひとつ色に黒みわたりて、物の映なき、春の暮なり。二条院の御前の桜を御覧じても、花の宴のをりなど、思し出づ。「今年ばかりは」と、ひとりごち給ひて、人の、見咎めつべければ、御念誦堂(ねんずだう)にこもりゐ給ひて、日一日、泣き暮らし給ふ。夕日、花やかにさして、山ぎはの木すゑ、あらはなるに、雲の薄く渡れるが、鈍(にび)色なるを、なにとも御目とまらぬ頃なれど、いと物あはれに思さる。
 入り日さす峰にたなびく薄雲は もの思ふ袖に色やまがへる
人聞かぬ所なれば、かひなし。 ― (山岸徳平校注、岩波文庫)

 ご遺骸を葬送するにあたっても、世の中こぞって、「悲しい」と思わない人はいない。殿上人などのほか、皆、(喪の)一色に黒ずんでしまって、何事も映えることのない、春の暮れである。(源氏の君は)二条院の御前の桜をご覧になって、(かつて桐壺帝や藤壺の宮と過ごした)「花の宴」の折りのことなどを、(なつかしく)お思い出でになる。(古今集の)「今年ばかりは(墨染めに咲け)」という和歌を、一人口ずさまれて、人が、見咎めるのも憚れるので、念誦堂に籠りなさって、日がな一日、泣き暮れていらっしゃる。夕陽が、あかあかと射してきて、山際の木々の梢が、くっきりと姿を現すなかに、薄雲がたなびいて、鈍色(薄墨色)に染まっているのを、(普段は見慣れて)何ともお目に止まらぬ頃合いだけれど、(今日ばかりは)ひどく物あわれにお思いになる。

 (夕陽の射す峰にたなびく薄雲は 物思いに耽る私の袖の色に見紛えるようだ)
誰も人が聴かない所で詠まれたので、甲斐のないことではある。

 ちなみに、文中の「今年ばかりは … 」の元歌は、古今和歌集に出てくる上野岑雄(かむつけのみねお)が友人の死を悼んだ、

―  深草の野べの桜し心あらば 今年ばかりは墨染に咲け ―

という和歌で、「深草の野辺に咲く桜よ もしお前に心があるならば 今年ばかりは墨染め色に咲いておくれ」といった意味でしょうか。そういえば京阪電車の「深草」駅の次は「墨染」でしたな。

― つづく ―





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Last updated  2009.07.29 10:50:19
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

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