サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2009.09.15
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テーマ: 古典の日(312)
カテゴリ: 文学
 ピカレスク小説(Picaresque novel)とは、悪漢小説、悪童物語とも訳され、閉塞化した大人の社会を初心な若者ないし少年が、大人の側から見れば不道徳極まりない方法で、快刀乱麻その矛盾を暴きたてて行く、といった文学的手法の一つで、今でもよく書かれますね。
 その淵源をたどると、例えばスサノヲノミコトのような天地の秩序破壊者(Trickster)に行き着くかとも思われ、スサノヲの場合は明らかにヤマト政権誕生の前提として、古い混沌世界を破壊しつくして、新しい秩序を創生するという「死と再生」の社会的ダイナミズムが、根底に働いているのですが、もちろん1000年前の平安の都も60年ほど前のニューヨークも、すでに神話が生きていた古代社会ではないので、彼らはピカレスク的振るまいにならざるを得ない。言い換えるとスサノヲがいわば社会的要請によって秩序破壊を試みるのに対し、光源氏やコールフィールドは厳密に個人的必要によって、偽悪的振るまいを繰り返すのです。
 もともと体制批判とか、社会風刺の色合いが濃かったピカレスクの手法が、いつしかむしろ鋭敏すぎる主人公の振るまいかたのほうに、関心が移っていったというのは、どうもその時々の社会や文化の成熟度に関係しているようで、社会の成熟の極みは同時に精神の閉塞感を生み出すのです。

 紫式部が、今の世の秩序破壊者であり得るという、光源氏の本質をどこまで意識していたかどうか。あるいはそのかすかな点滅だけでも、彼女は見止めていたのかもしれません。もし彼女が今どきと同じような批評的な目を鮮明に意識していたなら、我々は光源氏という怪物的振るまいの人物が、どのようにして出現したか、という現場に立ち会うことが出来たのかもしれないのです。
 前にも少し触れましたが、「光源氏」という命名は、すこぶる普通名詞に近い語感があって、この人物が一種の典型化された(したがって現実には存在しない)人物像であるのは、当時の読者も知っていたでしょう。ただしそれが古物語に出てくるような夢物語の主人公ではなく、まさしく平安の今の世に現れた怪物であるということに、どれほどの読者が気付いていたか?昔風のカッコイイ王子の意匠を施されて、一見そのままで読み了せてしまいそうな語り口の裏側に、一世限りという源氏姓を許された男の、物狂わしい心の葛藤があったかもしれないことに、どれほどの読者が気付いていたのでしょう?

 十七歳以降、克明に描かれた彼の振るまいには、少年期の悪童ぶりの余韻が、親友の頭の中将などとのさまざまなやりとりで読み取れるので、「若紫」(十七歳)以降、須磨流遇の憂き目にあう「賢木」(二十五歳)までの話は、見ようによっては、あり得るべきだった悪童物語の後日譚のような感じがしないでもないのです。それによってあぶり出されて来る宮廷秩序の本質のようなものは、現実が牢固として動かしようのない身分社会であっただけに、当時の宮廷詰めの女房や下郎にとっては、拍手喝さいものの話ではあったでしょう。
 とはいえ、彼がなぜ最終的に義理の母を犯すことになったのか(丸谷さんは、それを「帚木」の冒頭、物忌みで御所に宿直で籠もっていた前の日だろう!?と喝破されますが)、その淵源をたどっていくと、どうしても父桐壺帝に対する少年時代の、内心の葛藤に行き着かざるを得ず、これはやっぱり彼女にとっても語り難いことではあったのかもしれません。

 以上、空白の五年間をあれこれ推測して、ヨタ話でした。

― つづく ―





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Last updated  2009.09.15 13:51:31
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

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