サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2009.11.14
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テーマ: 古典の日(312)
カテゴリ: 文学
 さて何をさておき、京に舞い戻ってきた乳母一家ですが、十数年を鄙で過ごした彼らにとって、都というのは寄る辺のない所ではありました。

― 九条に、昔知れりける人の、残りたりけるを、訪らひいでて、その宿りをしめおきたり。、都のうちといへど、はかばかしき人、住みたるわたりにもあらず、あやしき市女商人のなかにて、いぶせく世の中を思ひつゝ、秋にもなり行くまゝに、来し方・行く先くれて、悲しき事多かり。頼もしき人の豊後介、たゞ、水鳥の、陸にまどへる心地して、つれづれに、ならはぬ有様のたづきなきを思ふ。かへらむにも、はしたなきを、心をさなく出で立ちにけるを思ふに、したがひたりし者どもも、類にふれて逃げ去り、もとの国に帰り散りぬ。 ― (山岸徳平校注、岩波文庫)

 九条にいた、昔の知人で、まだ残っている人を、探し出して、その(さしあたっての)宿とした。都内とはいえ、しかるべき身分の人たちが、住んでいるあたりでもなく、下賤の市女(いちめ、物売り女)や商人(あきんど)の中にまじって、うっとうしく世の中を思いながら、秋が訪れてくるにつれ、来し方行く末が案じられて、悲しいことばかりがつのって来る。頼りにすべき長兄である豊後介といえど、(ここでは)ひたすら、水鳥が、陸に上がって戸惑っているような感じで、所在なく、馴れない様子も(いかにも)頼りなく思える。(今さら、国へ)帰るのも、みっともなくて、浅はかな気分で出てきたものよと思っているうちに、付き従ってきた者たちも、伝手を頼って逃げ去り、もとの国に帰り去ってしまった。

 九条といえば、今の東寺の南に面する通りで、平安京では庶民の界隈でした。こういう所には貴族は足も踏み入れないというのが、当時の常識でしたから、乳母一家が途方に暮れるのも、致し方のないことではあります。それにしても付き従って来た随身たちは、ずいぶんあっさりと主を見限ったものですね。まあ全員ではないとしても、このあたりの主従関係というのは、のちのち戦国時代ごろから現われる強い紐帯というよりは、よほど乾いた間柄だったのかもしれないので、それは鎌倉以降のドライな武士同士の結びつきに近いのかもしれません。

― すみつくべきやうもなきを、母おとゞ、あけくれ、嘆きいとほしがれば、
 「何か。この身は、いと安く侍り。人ひとりの御身に、かへたてまつりて、いづちもいづちもまかり失せなむに、咎あるまじ。わが身は、いみじき勢ひになりても、わがきみを、さるいみじきものの中に、はふらしたてまつりてば、何心地かせまし」
と、かたらひ慰めて、 … ― (山岸徳平校注、岩波文庫)

 暮らして行く術も無いのを、母乳母が、日がな一日、嘆いて気の毒がるので、
(豊後介は)「何の。この身は、いたって気安いものです。姫君一人の御ために、(私が)身代りとなって、いずこへ行方知れずになろうとも、(何の)咎を受けましょうぞ。私の身が、(仮に、あのまま備前で)すごい勢いになったとしても、わが姫君を、あの卑しい(監のような)者たちの中に、放り捨て申したのでは、どんな気持が致しましょう」


 というわけで、今度は長谷寺の「霊験譚」の話が始まります。苦しい時の神頼み、ということでしょうか?

― つづく ―





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Last updated  2009.11.14 11:21:59
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

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