サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2010.07.22
XML
テーマ: 古典の日(312)
カテゴリ: 文学
 最初の「桐壺」の帖で、高麗の相人が予言した、

― 「国の親となりて、帝王の、上なき位にのぼるべき相おはします人の、そなたにて見れば、乱れ憂ふることやあらん。朝廷のかためとなりて、天の下助くる方にて見れば、又、その相たがふべし」 ― (山岸徳平校注、岩波文庫)

 「国の親となって、帝という、最高の地位につくべき相でいらっしゃる人ではあるが、その場合、国が乱れ民の憂えることが起こるかもしれぬ。(かといって)朝廷の重鎮となって、政治を補佐する人として見ると、これまた、そういう相でもないようだ」

という言葉が、光源氏の「太上天皇に准じる位」を授かる、というかたちで実現し、このはじめの謎かけの答えが明かされています。
 さらには「桐壺」の帖では、その中味が語られず、「澪標」の帖で明らかにされた宿曜(すくよう、星占い)の中容、

― 「御子三人。帝・后、かならず、並びて生まれ給ふべし。中の劣りは、太政大臣にて、位をきはむべし」と、考へ申したりし、「中の劣り腹に、女は、出で来給ふべし」 ― (山岸徳平校注、岩波文庫)

 「(源氏の君には)御子が三人(生まれましょう)。(その中から)帝と后となるべき人は、必ず、並び立って生まれるでしょう。その中で劣った方は、太政大臣になって、位を極められるでしょう」と、思案して申上げ、「中で身分の劣った人の腹からは、女君が、生れ出でましょう」

という予言も、ここでほぼ実現しているのです(密か事とはいえ、息子の一人は帝に、娘は東宮妃に、しかし厳密には、夕霧は太政大臣になってない)。

 こうした「致富譚」(しかるべきお告げがあって、そのお告げどおりにしていったところが、すべて夢が叶うというストーリー)も、「貴種流離譚」や「霊験譚」とともに昔物語の古典的枠組みの一つで、それが冒頭の「桐壺」の帖と中間の「澪標」の帖で触れられ、この「藤裏葉」の帖でこうした謎かけが、ほぼすべて解けて「めでたし」となるということは、ここまでの筋書きが当初からの構想として、紫式部の頭にあっただろうことを伺わせます。

 そうした読者から見れば、わざわざ古物語的枠組みを今になって気にしなくても、ここまでの話の展開は充分それだけで自足している。

 要は、紫式部本人がそうした当初の漠然とした古物語の枠組みを、いつごろから飛び越えて当代の人の心を、仔細に写す物語に転化して行ったのか、ということが肝心なのですが、これがどうもかなり初め、ひょっとすると最初からそういう場合も想定して書き進めていたのではないか、と思えるところがあるのです。
 自身の内にもともと溢れるような表現の欲求があり、なおかつその中味にかなり自信もあったであろう彼女としても、それがストレートに世間に受け入れられるという自信はなかったわけで、いわばもっとも世間に受け入れられやすい枠組みで、菰(こも)をかぶせて様子を見ながら世に問うた。しかしそれが案外近くの読者の中には、彼女の本来の欲求にすぐ気付き、そうした気分を共有するような人々がいたのではないか?
 平安の紫式部のいた当代というのは、そうした気息を受け入れられる気分が、少なくとも彼女を取り巻くサロン周辺には存在していたであろう、まことに二度と起こり得ないような稀有な時代だったと思うのです。

― つづく ―





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2010.07.22 15:15:02
コメントを書く


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

Calendar

Archives

2026.05
2026.04
2026.03
2026.02
2026.01

Profile

TNサリエリ

TNサリエリ

Comments

TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

Favorite Blog

まだ登録されていません

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: