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思い出のレース


「思い出のレース」


(1)・・・中学3年時の全県総体3000m(9分17秒、5位)~中学時代3年間のトラック種目で初の県大会入賞したレース。春の県ロードレースで2位に入ってたので、自信を持っていたが、前日の予選で9分50秒もかかり精彩を欠いていた。ライバル達は、予選から全国大会の参加標準記録突破を狙った走りで好タイム連発。予選を終えた夜に、先生から自宅に電話があり、激励を受けた(内容はヒミツ)。決勝レースは2周目まで最下位でしたが、速いペースでしたので、無理せず落ち着いてました。周ごとに順位を上げ、残り2周で6番手、東北大会出場も届きそうでしたが、最後に競り負け、5位でした。。。 タイムは前年度の優勝タイムを上回ってたので、高レベルで自信になったレースでした。


(2)・・・中学3年時の全県駅伝(チーム総合8位、3区区間3位・13分26秒)~うちのチームは前年度県内負けなしの最強チームでしたが、自分の代は6位入賞ラインでした。1,2区の選手がいい位置で繋いでいたこともあり、自分がタスキを受けた時点で7位、そこから、現在までの競技人生の中でも3本の指に入るくらいの爆走でした。同時にタスキをもらったK選手と肩を並べてトップを追いました。気持ちと体調が最高の状態だったな~。 結果は、先頭を捕らえトップに出た。最後は、競り勝ち1秒差を付けてトップでつないだ。前年度優勝チームの意地を見せたレースでした。 その後は後退して、8位でゴール。東北大会には出場出来ませんでしたが、力は出しきったレースでした。


(3)・・・中学2年時の地区大会駅伝(チーム総合1位、1区区間3位・8分32秒)~この時のメンバーは最強でした。1つ上の先輩に、県で1番と2番の選手がいたんですよ。練習でも一度も勝った事がなかった2人の先輩です。結果は、大会新記録でダントツの優勝(3連覇!)。しかも、うちの中学が東北大会で優勝した2年前の記録を破ったんで。 当時は全国中学駅伝が無い時代でしたが、あったら絶対に上位で走れたチームでした。 で、自分はそのレース、1区で3位、1位と3秒差で責任は果たしたレースです。 マジで強いチームでしたよ!  


(4)・・・高校1年時・県北総体(5000m、6位・16分10秒)~ 高校入学後最初のトラックレース、衝撃的でした。当時、東北ナンバー1の高橋健一さんが爆走しちゃいました。14分40秒!! 自分、周回遅れくらいましたもん。3000mの通過が自己新でも、全然歯がたちませんでした。これが高校のレースかーと思った走りです。レース前レース後に声をかけていただいた記憶があります。当時、目標にしましたね!!


(5)・・・高校1年時・全県新人(5000m、1位・15分44秒)~ 県北新人の5000mで優勝してましたので、このレースも3位以内を目標にしてました。予選と決勝が同日でした。予選は余裕で通過、決勝は中盤まで6番手くらい。監督さんからのゲキで(前を追わない走りに怒ったようです)トップを捕らえ、残り100mで振り切り全県タイトルを初めてつかみました。ラスト100m、メチャ速かったですよ~!! 


(6)・・・平成12年1月の都道府県駅伝(チーム総合45位、7区区間47位)~競技人生で最悪の状態で走ったレースです・・・。レース当日の深夜、熱が出てきて、隣で寝てた同期でコーチのK君を無理やり起こして事情を説明。あまりの高熱に急遽病院へ行きました。インフルエンザの時期でもあり、病院は混んでて、点滴と筋肉注射が終ったのが午前4時くらい。一睡もしないまま、朝になりました。朝、熱を測ったら39度近く、フラフラの状態。エントリー変更できない事情もあり、「走らせてください」と頼み込みました(苦笑) で、ギリギリの時間までホテルで点滴。2日間で10本打ちましたよ! タクシーで中継所に行き、アップも出来ず、ユニフォームを着せてもらい、いざタスキの受け渡し。 が、フラフラだった自分がタスキを受けたとたん、ウソだろって感じのスピードで走りだしました。最初の1キロ2分48秒。まっ、その後失速・・・。越されても無抵抗で、青い顔のままゴールしました。で、すぐに医務室でまたもや点滴(笑)
 結局、そん日は宿泊先の全日空ホテル近くの病院へ入院しました。
みなさんには大変ご迷惑をおかけしました・・・。 一生忘れないレースでしょう!!

都道府県駅伝選手紹介 ←兄貴4942が載ってます。


(7)・・・平成11年10月の日本選手権(10000m、5200mで途中棄権)~8月の東北選手権1万mで優勝して、日本選手権の出場権を得ました。社会人になってからの目標でした。7年目で目標が叶いましたよ。結果は途中棄権でしたけど、走ってて楽しいと思ったレースでした。何せ、テレビや雑誌で見る人と同じスタートラインに立てた事が嬉しかった。 同じ日に、100mハードルに秋田出身の茂木選手が出場してましたが、アップ前にもかかわらず、応援しに行ったくらいですから(笑) 最初で最後の日本選手権、忘れることもないレースです。

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