オキナワの中年

オキナワの中年

最終回


2001/12/31 


 ここ二年間「新報文芸」を担当してきたわけだが、この連載から私自身得られたものは大きい。
 実際引き受けたときには、一地方における文芸に関して、毎月掲載することなど可能なのだろうか、と危ぶむ気持ちのほうが強かった。批評というのは、批評する対象が是非とも必要だからだ。しかし現実に始めてみると、沖縄という地域は、ほとんど毎月のように文芸的な素材を提供してくれた。私のようなものにも連載が務まったのは、沖縄の現在が持つエネルギーのためだろう。
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 連載期間中、後に『群蝶の木』におさめられる連作に出合えたことは幸運だった。目取真俊の一作ごとの先鋭な実験、迫真の描写、沖縄に材をとりながら、普遍的な人間の暗部に迫るそのあり方は、ブンガクなどとカタカナ表記されるような現代日本文学の軽薄化の中で、論じるに足る数少ない作家の一人である。
 大城立裕の実年齢からは考えがたい精力的な活動は驚異的であった。意欲的な実験作『水の盛装』や、国際化時代を日常的な視点で問い直す「クルスと風水井」、また新たな組踊りの創作や沖縄方言にかかわる批評など、ここ二年間に限っても枚挙にいとまが無い。半世紀以上に及ぶ大城の文学とは、「沖縄」というあまりにも多様な素材をどの角度から表現するか、という実験の連続であった。このたびその全貌(ぜんぼう)を示す全集が発刊されることになり、その編集委員をつとめることができたのは大変光栄なことである。この欄を担当することがなかったら、この機会に恵まれることは無かっただろう。
 専業作家になってからの又吉栄喜は、現在おそらく方法的な模索の時期にはいっていると思われる。沖縄の深刻な状況を真正面から描くことに出発したこの作家は、土俗をユーモラスに描くという作風に転化したが、今もう一度新たな領域に挑もうとしている。これまでのところ十分な達成を果たしているとはいえないが、必ずや新たな境地を開拓すると確信している。
 これら三人の芥川賞作家にくわえ、崎山多美はほとんど同格といってよい存在である。従来からの沖縄の土俗的な水脈とつながる幻想に、「水上揺籃」では芸能というあらたな要素を加え、新境地を示した。
 その他船越義彰『遊女たちの戦争』や長堂英吉『海鳴り』など忘れられない作品は多い。
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 一方でこの二年間は、小説というジャンル全体にとって急速な退潮期となってしまった。これは従来から進行してきた、メディアの多様化と、新しい世代における伝統との断絶、という傾向の最終段階とみなして良いと思われる。視聴覚に直接訴えるメディアがこれほど多様化する中で、言語表現という迂遠(うえん)な方法を用いるジャンルが困難を強いられるのは当然のことである。すくなくとも市場原理の中においては小説は完全に競争力を失ってしまった。
 が、文学こそ特権的なジャンルである、という立場に固執しないとすれば、この状況をもっと積極的にとらえても良いと思われる。例えばドラマ「ちゅらさん」や『沖縄オバァ烈伝』などが本土でも広く享受されている状況について、深刻な沖縄問題を回避し沖縄文化を商品化することになるといった批判がある。この主張には一理あるとはいえ、沖縄の明るい愉快な一面が広く知られるのは良いことではないだろうか。ここから沖縄全般に関心を持つ人も少なくないだろうし、何よりも急速にヤマト化が進んでいる沖縄の若者たちに、もう一度自らのアイデンティティーに目をむけさせるというきっかけになっている。これは今年の推薦入試の志望動機に、沖縄文化を勉強したいというものが例年になく多かったことにも裏付けられている。現在の沖縄ブームが、一過的な沖縄の商品化現象なのか、新たな沖縄の表現への出発点なのか、それは新しい世代が決めることである。
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 その観点からいえば「戦い、闘う、蠅」で琉球新報短編小説賞を受賞した「てふてふP」は新たな沖縄文学の予兆として十分な存在である。彼ばかりではない。『沖国大文学』の同人たちは文学という形態に自己表現の可能性を追っているし、この欄では取り上げる余裕が無かったが私のもとに原稿を送ってくれる青年もいた。こういった若者たちの背後には長年にわたり俳句教育に尽力してきた野ざらし延男氏の存在は大きい。氏の薫陶をうけた学生たちが、俳句のみならず多様な表現に挑戦し始めているのだ。
 今後再び小説というジャンルが、多様な表現のトップに返り咲くという状況は難しいだろうが、必ずしもジャンルにこだわる必要も無いだろう。沖縄はまだまだ表現し尽くされていない表現の宝庫なのだ。二十一世紀を迎え、今後も沖縄の表現を熱く見守っていきたい。



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