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とうとうエルが旅たった・・・近々このようなことになると思っていたものの、今早朝に命が尽きて果ててしまった・・・。![]()
朝5時ごろ夢の中でエルの弱々しい鳴き声がかすかに聞こえていたような気がした、けれど昨日は仕事の日で疲れ果て、隣の部屋で寝ている家人に声掛けもできずに、夢と現実の中をさまよっていた私。
寝たような寝てないような私は6時半に目が覚め階下を降り、「エルちゃん!」呼びかけながら近づくとすぐに理解ができた・・・「エルが死んでいる」
エルの気道を確保するためのタオルが外れ、その姿はあまりにも可哀想すぎ、抱き上げると温かいぬくもりだけが伝わった。「エルちゃん、ごめんね・・・」
最後に看取ることのできなかった私たちは、今は悲しむよりも悔やむ時間を過ごしている。
振り返るとこの数日から吠える声が小さくなり、「いつも傍にいて・・・」と訴えているような鳴き方だった、「ここにいるから大丈夫よ」足を握ったり、顔をなでなですると安心したかのように眠りについてくれた。
床にうつぶせになりエル目線で顔を除くと、目の力がだんだん弱くなり、「お母さんが見えるの?」と聞くと、悲しそうに目を伏せた・・・。
呼吸困難になりながらも、夕べまでご飯を食べようと精一杯の姿を見せてくれ、食べ終わると
「ハアハア」して、横になり目を閉じた、夜11時には排泄知らせの吠えで抱っこされながら、
幼児のような格好でシーッシーッとしてくれ、私たちはエルをいつも通りに1Fに寝かせ、寝室に上がり寝付いた
毎晩 エルは安心したかのように眠りについては、夜が明けるまで何度も何度も繰り返し吠え家人は3度は起きて介助してくれた。
番犬として16年間は、女の子なのに車庫の前で堂々としてくれ、たまにカラスや雀のお友達ができ、エルのエサを譲ってあげていた、飼い主に忠実だったけれど、犬友のいないさびしかったエル・・・。
夕べあんなに食べようと必死に頑張ってくれていたのは「心配しないでね」の最後の私たちへの気遣いだったのかもしれない、寂しそうな鳴き声は、もうすぐお別れだって その時が来るから見守って欲しいという我慢強いエルのサインだったのかもしれない。
自分が精一杯生きてきたこの世への「生きる欲」の 最後の証であったのかもしれないね。エルちゃん、こんなに近くにいて看取れなくて本当に悔しい、どうして、夕べに限ってお父さんもお母さんも起き上がれなかったのだろうか・・・エルの小さな声に気づくこともできずに・・・つらかったでしょうね
我が家に来てくれて、楽しかった?幸せだった?最後は寂しかったでしょう・・・
「最後までそばにいるからね」との約束を果たせずに、小さな命を見守ってあげられずにごめんね、
エルは世界一のお利口さんの17歳の女の子の老犬でした‥‥ありがとう
今日は一年前に旅たった父の命日です。