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「母親と同居できるか、できないか、一人ずつ答えてもらう」話の冒頭から乱暴な質問が出た。![]()
父の3回忌を終え、年老いた母親を一人生活させるには、要支援を要する日々となり、兄姉の全員集合で母親を巡っての会議になりました。
・・切ない話に私はうろたえましたが、これが今の日本の団塊世代の現状かもしれません。
きっと多くの家族は、私達のように悩み、子供間での話し合いが重ねられているのだろうと思います。
「できない」「できない」「できない」・・・「私はできる・・」
末っ子の私の答えはこれです。
しかし、子育ての段階で年功序列、男尊女卑の我が家は、一番下の私の将来を按じてくれてと、長男長女の立場を考えてと・・・3人一致で「末の●子に母親を任せられない」と言われ、それからと言うもののバトルが勃発し、私の心は疲弊した。
歩くこともままならなくなった母は日ごとに心も病み、同居できない歯がゆさに子供たちに我儘放題となり、確かに兄、姉が心配するように「日々母親の言葉に一喜一憂し、振り回されている状態」になりました。
父が他界してから、我が家も母を巡り、色々なハプニングも起こったけれど、自分を育ててくれた親が年老い、生活支援を受けなければならない状態になったとき・・・ホームに入居させるのは楽であるけれども、忍びなさすぎる、1人では無理でも4倍の力があれば、交代でなら、たった一人の親の面倒は見られるはず。
出来ない事はないし、出来ないと言うならば、出来る子供にお願いすれば良いと言うのが私の持論です・・・
母は自宅でホームには入居したくないと強く希望している、しかし、現実は一人では生活できず、この3年間、近場の姉と交代で母を支えてきたけれども、姉にも諸事情があり、これが限界と話す。
私達は一つひとつ自分のことを言いだすとキリがなく、母は母で・・生活も小さなことから始まる。
紙パンツ類の生活面でのゴミ捨て、入浴、食事、洗濯、掃除、病院、買い物、電気ポットのお湯切れ、お散歩、実家通いよりも、同居の方がずっと楽なことも多々あるけれども、自分たちも一人住まいではなく、それには伴侶という血のつながらない他人が存在し・・同意を得ても現実の生活に、色々な支障をきたす。
何と言っても、それぞれ「我が家」という家を持ち、実家で暮らすには、「我が家」をどうするのか・・・「空き」または「貸す」・・家財道具はどうするのか・・などの現実的な問題も生ずる。
バトルをしながら、空虚な心、やはり「母の会議」をするのは愛がある私達なのです。
言葉は辛辣ながらも、心は涙、理想と現実の狭間に苦しむのは4人とも一致。
3時間半の会議はホテルの一室で終え、最後は当分は4人で平等に母親を見るという事となりました、しかしながら、実家に行く決められた曜日は、具合が悪かろうが、這ってでも、ずってでも
行くこと、持参した食材のお金は必ず母親からもらう事、一人抜け駆けはダメ・・が条件となりました。
厳粛な子育てをしすぎると、決局は年老いてから自分に戻ってくるものだと、痛感した次第です。
でも、私にとっても、母にとっても大きな収穫だったと思います。
今の日本の大きな課題ではないかと思い・・・このような内容を書いてしまいました。