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2018年03月01日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
やはり・・私の勘は・・当たっていた
朝刊の「お悔み欄」に・・友達の父親の名前が掲載されていた

今日は道内は大荒れ。。
大慌てで、まず弔電を・・

私の両親と同様に、大正~昭和~平成と3時代を生き抜いた。

勿論、世界大戦も経験し、命からがら、今の日本の平和の基盤を、貧乏のどん底から這い上がり、
ひたすら農業に励み、4人の子供たちを育て上げ、起業もした。

その力強い生き方は、まさに戦争経験なしではありえない、努力と「生き抜く」という不動の精神であった。

私の父も同様に、戦後、母と出会い、就職のために田舎に母と赤子の長男を残し、、そして見事大学に就職をした。


昔の父親は厳格で確固たるものの強い精神力を持ち、「一家の大黒柱とはこういうものなのだ」と、背中で見せつけ、母親は「一家の縁の下の力持ち」のような存在であった。

生活はどこも貧しさは平等だったけれども、しかし、「遊び人の父親」のいる家庭は、母親が一家の生活を担っていた。
それでも、母親は食に関しては子供達に「ひもじい思い」はさせなかった。

友達の両親も、子供が小さなときは、同じく生きることに精一杯の日々であった。

しかし、戦後、アメリカナイズになり、大家族制から核家族に移り、日本は良くも悪きも変わった。

親から独立しだした子供たちの考えもそれぞれであり、アメリカ風に子育ても変化し、環境も家族制も、
時代と共に変わった。

変わらないのは人の心で、若さにあふれているときは考えもしないことが、年を重ねるごとに、願望に変わり、いつしか満たされない心のまま、最期を迎える。
・・・私に振り向いて
・・・私を認めて
・・・私を愛して


私の父は、この三大願望を口に出すこともなく、寂しく逝った。

友達のお父さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。





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最終更新日  2018年03月02日 11時12分43秒
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