tomochi’s  caffe

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★★★★☆

「歓楽通り」                     2002年  仏
監督:パトリス・ルコント出演:パトリック・ティムシット/レティシア・カスタ/ヴァンサン・エルバス

ストーリー:1945年、歓楽通りの娼館「オリエンタル・パレス」。一人の娼婦の間違えで娼館で生まれ
      てしまった、プチ・ルイ(パトリック・ティムシット)は幼いころから娼婦の身の
      回りの世話をして、運命の女性を探し続ける。ある日突然現れた、新しい娼婦・
      マリオン(レティシア・カスタ)が運命の人だと。それから、プチ・ルイはマリオン
      の世話をしながら、彼女の夢を叶えようとする。ただただ、マリオンの幸せの為
      に...マリオンは’運命の男’ディミトリ(ヴァンサン・エルバス)と出逢う。
      しかし、ディミトリは闇商売で独り占めして仲間から追われる身だった。マリオンは
      ラジオ局のオーディションで「手のひらに書いてあったから」を歌って合格。
      やがて、娼館は閉鎖、3人は一緒に生活する事に。その後もプチ・ルイはマリオンの
      幸せだけを願って世話をする・・・

コラム:娼館で育ったプチ・ルイは心の中は子供のまま(映像の中で子供の姿が現れ表現している)
    運命の人マリオンの為に一途に純粋に尽くす姿は心を打たれた。こんな、純粋な「愛」は無いだ
    ろう・・・この作品は音楽がまたいい!「C’etait ecrit」(手のひらに書いてあったから)をはじ
    め、シャンソンが40年代のフランスを演出していた。レティシア・カスタはこの歌を歌う為に
    猛練習をしたらしい。上手とはいえないが、新人歌手の設定なのでリアリティーがあった。
    ルコント監督の映像にはいつも驚かされるが古さ・新しさをうまく使ってる。
    プチ・ルイがカメラに向かって話しかけたり、子供のままのプチ・ルイを現す映像はよかった。
    ハッピーエンドじゃないのに何故か、幸せな気持ちになった。
「ヘヴン」                      2001年 米・独・英・仏
監督:トム・ティクバ           出演:ケイト・ブランシェット/ジョヴァンニ・リビージ

ストーリー:トリノで英語教師として働くフィリッパ(ケイト・ブランシェット)は麻薬によって死ん
      だ夫の復習の為、麻薬売人を殺す目的で爆弾を仕掛ける。捕まった後フィリッパは罪の
      無い4人を殺してしまった事を知らされる。
      尋問時の通訳となったフィリッポ(ジョヴァンニ・リビージ)は彼女に恋を
      してしまう・・・「彼女を助けたい」「愛してるから」という一途な思いで、
      2人は危険な逃避行へ・・・

コラム:故キェシロフスキー監督の遺作をドイツのトム・ティクバ監督が映画化。ダンテの「神曲」
    を題材とした、「ヘブン」をイタリアを舞台にしたのは正解!イタリアの中でもキリスト教
    色が強く、格子状に仕切られ閉鎖感のある街トリノと開放的なトスカーナの田園風景は対照的
    フィリッパを愛してしまったフィリッポ、なんの見返りも無いのに愛する人の為、すべてを捨て
    すべてを愛する人へ捧げる純粋な愛に胸が痛む。そんな、フィリッポの気持ちを徐々に受け入れ
    愛へと向かって行くフィリッパの気持ちは少ない台詞の中でも彼女の表情でわかる。
    ケイト・ブランシェットの魅力を改めて魅せられた。
    キェシロフスキー監督の作品には人間のどうにもならない運命、でもどうにかと・・・
    という作品がある。トム・ティクバ監督も罪深くどうにもならない運命を背負ってしまった
    二人ではあるが、「愛」の大切さを描いていたと感じた。
「ピノッキオ」               2002年 米・伊                     
監督:ロベルト・べニーニ    出演:ロベルト・べニーニ/ニコレッタ・ブラスキ/カルロ・ジュフレ

ストーリー:ある日、棒きれがジェペットじいさんの元へ転がり込んだ。じいさんはその棒きれで人形を
      作る事に・・・人形がしゃべるは暴れるはで大騒ぎ。じいさんはその人形に「ピノッキ
      オ」と名付けた。ピノッキオはじいさんの言う事を聞かず、我がまま放題。妖精さん
      の忠告に何度も叛きながらも、妖精さんはピノッキオを助ける。
      やがて、ピノッキオは人間となるのだが・・・

コラム:童話というのはかなり恐ろしい・・・(グリム童話も)人間の裏の気持ちを何者かに変えて、
    訴えている。ピノッキオはフィレンツェ生まれのカルロ・コッローディが作り出した童話
    その童話をフェリーニがベニーニをピノッキオで映画にしたい・・・と。
    しかし、フェリーニはそれを実現する事無くこの世を去ってしまう。フェリーニの思いを
    ベニーニが12年の歳月を懸けて、映画化。
    ピノッキオは嘘をつぃて鼻がのびっちゃったり・・・そんな事を繰り返しながら大人に
    なって行く。(でも、そんな嘘、みんなついてるでしょ?)妖精さんはそんなピノッキオ
    をそのつど許し、チャンスを与えてくれる。(そんな、助けも必要でしょ?)生きてく為
    にはギブ&テイクが必要でしょ?ベニーニはこんな世の中に訴えてるんだと思った。
    大人になっても「ピノッキオ」の影はだれにでもある・・・のです。
「ロード・オブ・ザ・リングー二つの塔」         2002年  米
監督:ピーター・ジャクソン 出演:イライジャ・ウッド/イアン・マッケラン/リヴ・ライター
                  モーテンセン/ショーン・アスティン/ケイト・ブランシェット

ストーリー:物語はガンダルフが悪鬼バルログと戦い奈落の底に・・・前作の場面から始まる。
      フロドは指輪を捨てに行く決心をし、サムと共にモルドールへ向かう。
      アラゴルン・レゴス・ギムリの3人はオークにさらわれた、メリーとピピンを追いかける
      旅ノ仲間は3つニ分かれてしまう。指輪を奪おうと、フロドとサムの後を付いて来た
      ゴラム(前の指輪の持ち主)を捕まえ、モルドールへの道案内を命じる。
      メリーとピピンはなんとか、オークからのがれ、ファンゴルンの森でガンダルフと再会。
      樹木の牧者エントに出合う。アラゴルン・レゴス・ギムリの3人も森で’白のガンダルフ’
      と再会し4人でローハン(人間の国)ヘ向かう。二つの塔(サルマンの支配するオルサン
      クの塔と冥王サウロンのバラド=ドゥアの塔)が手を結び闇の勢力がますます強くなる。
      中つ国を支配しようとローハンをおそう。フロドとサムにも次々と危機が迫る。

コ ラ ム:旅の仲間の原作を読んでた時は中つ国のイメージが今ひとつ掴めず、映画を観て中つ国に
      自分が入った様な気になれた。二つの塔も原作でこの戦いはどんな風に描かれるのか?
      楽しみだった。ウルク=ハイの軍団やファラミア(ボロミアの弟)の軍隊、エルフの軍隊
      のすごい事・・・よくぞ、あれだけの人と馬を使ったなあと関心。アラゴルンもレゴス
      もガンダルフも馬を乗りこなし、さすがとまた関心・・・もともと乗れたのかなあ?
      と余計な事を考えたり馬のオーデイションもしたとの事で立派ないい馬ばかりでした。
      次の「王の帰還」にも期待がふくらむ・・・

PS:エルロンド役のヒューゴ・ウイービングは「マトリックス」エージェントその他の出演者もお馴染みの人たちなんだけど、ヘアスタイルと衣装でわかんない
「小さな中国のお針子」                          2002年 仏                     
監督:ダイ・シージエ         出演:ジョウ・シュン/チュン・コン/リイウ・イエ
ストーリー:文化大革命期の中国、反革命分子の子とみなされた青年「マー」と「ルオ」は再教育を受
      ける為、山奥の村へ送られる。読み書きも出来ず、西洋文明とは無縁の村の中で二人は
      生活を始める。村にやってくる仕立て屋の孫娘のお針子と出会う。読み書きの出来ない
      お針子に二人は「バルザック」を聞かせる。
      ルオとの間に身ごもってしまった、お針子はマーの助けで堕胎する。
      その後、お針子は村を出てしまう。

コラム:小さな中国のお針子」は製作がフランスだったので、どういう感じかなあ?と、楽しみに
    してた。トラ・アンユ監督の「青いパパイヤの香り」や「夏至」の中国版って感じ
    だった。言葉や景色は中国なんだけど、アンニュイな雰囲気は正しくフランス映画だった。
    監督のダイ・シージエ自らの体験の原作を映画化
    マー役のリイウ・イエは「山の郵便配達」の息子役
「トーク・トゥ・ハー」                          2002年 スペイン                     
監督:ペドロ・アルモドバル 出演:レオノール・ワトリング、ハビエル・カマラ、ダリオ・グランディネッティ
                 ロサリオ・フローレス、ジェラルディン・チャップリン
ストーリー:4年間ずっと深い眠りの中にいるアリシア(レオノール・ワトリング)。
看護士のベニグノ(ハビエル・カマラ)が、眠り続ける彼女へ 身体の隅から隅まで看護をして舞台の話、映画の話を語りつづける。
ベニグノはアリシアが深い眠りに陥る以前から彼女の事を見続けていた。
彼女に伝わるか?解からないが彼女を思う一身で看護し続けるベニグノ。
同じ病院で女闘牛士であるリディア(ロサリオ・フローレス)も競技中の事故で永い眠りに就いていた。
恋人のマルコ(ダリオ・グランディネッティ)は、突然の彼女の事故に困惑し、何も出来ない自分にふさぎ込んでいた。
偶然出会い、互いの境遇を語り合ったベニグノとマルコの間に、いつしか厚い友情が生まれる。
ベニグノは「話しかけてみて。女性の脳は神秘的だから」とマルコに話す。
でも、マルコは彼女に話しかけることなど出来なかった。触れる事などなおさら・・・
ある日、ベニグノの彼女への深く、揺ぎない愛は、誰もが思いもしなかった「悲劇」を招いてしまう。
しかし、その「悲劇」はまた、誰もが思いもしない「奇跡」を招く。
そして、大きく、それぞれの運命を変えてゆく・・・・・・。

コラム:作品を見終わった後、こんなにあのシーンは・・・・と思い出し、
    考え、余韻を残されたのは久々なのです。
「涙」・・・男の涙がこんなに哀しく、せつなく、いとおしく思えた作品は初めて???かなあ?
     「涙」には哀しい涙・嬉しい涙・感動の涙・・・さまざまあるけど、
     この作品での涙は嬉しい涙(感動)が印象的、またその裏にはせつなさも感じるのです。 
「愛」・・・自分の愛する人を思うままに思い続け、思うままに表現するベニグノ。
     愛しているがその愛を表現できずに戸惑うマルコ。
      二人の愛し方はまったく、対比的。しかし、お互いを理解して行くうちに友情となり
     愛し方の違いも理解してゆく・・・
「孤独」・・・「少しだけ、孤独です。」と言うベニグノ。何も失う物の無い、ベニグノは本当に孤独だけど
    アリシアという愛する人への看護でその孤独さを埋めている。この他の出演者皆、孤独なのです。
    この作品の中だけなく、誰もが皆孤独なんだと思う。
    孤独な自分を何らかの方法で回避しているのだろう?
    孤独な自分を受け入れる事はとても難しい事だと思う。
    孤独だと言うことを人に伝えるには勇気のいる事だとも思う。   
人の愛し方には十人十色ある。ベニグノの愛し方はちと、異常と言えば異常でも考え方によってはあまりに一途で素直だと思う。
「どの様に愛するか?」より、「愛する事(愛する勇気)」の大切さを感じさせてくれた。
PS:ビナ・バウシュ、カエターノ・ヴェローゾの出演にも注目!!
   カエターノ・ヴェローゾがあんなところで歌ってくれたら、最高!!です。
   サイレント映画「縮みゆく恋人」:これもまた、一つの作品になってしまっている。
   かなりグロテスクで卑猥??ではあるけど、そう感じない。音楽のせいかなあ???
   この「縮みゆく恋人」でベニグノとアリシアとの出来事を表している。??
   カウリスマキ監督の「白い花びら」が20世紀最後のサイレント映画なら、
   「縮みゆく恋人」は21世紀最初のサイレント映画


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