stage






私は、「人生は、決まっている」という考えのもとに、毎日を生きています。
それは、「運命はかえられない」というのとも
「人生は自分で切り開けない」というのとも、違います。

例えば、私が、どんな学校を卒業して、どんな仕事をし、どんな人と
恋愛をするか・・・・ということ。
それはあらかじめ決められています。

それどころか、「ここでこんな挫折をして、こんなふうに乗り越えて、こんな
ふうに方向転換していく」ということまで、もう決まっているのです。


「なぁんだ、そんなのつまらない考え方」と思う人がいると思います。
でもそうではないのです。
この考え方は、私をずいぶん前向きにしてくれています。

例えば、ものすごい苦境の中に突然、陥れられたとします。
それでも心のどこかで、「これも定められていたことなんだ。シナリオなんだ。
だからいつか必ず、ぬけだせるようにできている」と思えるのです。
気持ちが軽くなります。


いい意味で、適当になれるという効果もあります。
「人生は、どうもがいたって、もう決まってるんだもん。今の自分はすごく
生き急いでいるけど、「ここでいき急ぐ」ということさえ、シナリオ通りなんだ」
と思えば、なんだか楽しく思えてきます。


人生は決まっているのです。
そしてそれを歩む先にあるのが、一人一人に与えられた「使命」なのだと、
私は解釈しています。

以前この話をトルコの友達にしてみたら、
「それは、どこの大陸のものだか忘れたが、すごく大きな宗教の考え方に似ている」
と驚かれました。
その宗教を、知りたいなと思います。


私は大学に入ったとき、構内にある演劇博物館に刻まれたとある言葉を目にしました。

「人生は劇場である」という言葉です。

でも私は、入学当時、この言葉の意味が、なんとなくしかわかりませんでした。

でも今となるととてもよくわかるのです。
私は、一時期、劇団で活動していたことがありました。
「The Wall」という、ベルリンの壁を舞台とした演劇の中で、
ヒロインのWomanを演じました。
人前で演技をするということすら初めてだった私は、何度も何度もリハーサルで
失敗しました。
練習は時には深夜におよびました。

私一人がせりふを間違えることでその場が狂う。
私一人の感情移入の仕方で、その場面の雰囲気が変わる。

その責任の重さを体じゅうにずっしりと感じ、それこそ大きなWallが、私の前に
立ちはだかったのでした。

それを見かねていたのでしょうか。
先輩の一人がこんな手紙をくれたのです。

「大切なのは、どう見られるかということではなく、どうあるかということ」

私は手紙の中のこの一言に、涙が出ました。
あぁ、そうだなぁ。今までの私は、人がどう見るか、という事ばかり気にして
演じていたなぁ。
そんなことに気づいたのです。

それから私の演技は不思議なくらいどんどん落ち着きを増し、当日は大成功を
収めることができたのです。
先輩は、舞台の袖で泣いていてくれました。


でも、その舞台が終わっても、その言葉は、今にいたっても、
いつも私を支えてくれています。
私という人間は、人生という舞台のヒロインであって、人がどう見るかということ
よりも、自分がどうあるかということを一番に考えて演じていくんだ。
そしてそのシナリオの最後のページには、きっとハッピーエンドの結末がある。

さぁ今日もがんばろうと思えるのです。





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