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2022.05.27
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小中高の同級生で親友の大野芳君の奥さんから亡くなったと電話があり驚いた。先日も電話でやり取りしたばかりだった。彼の友人が末期がんになり、私の免疫治療の先生を紹介しての経過を聞いたのが1か月前だった。話好きの彼とは1時間半も電話のやり取りがあり、彼は仕事のノンフィクションを死ぬまで書き続けるんだと意気込んでたのにとても残念。彼はノンフィクション作家として大変優秀で、日本を代表する作家の一人になってた。昭和60年ころ、大宅壮一ノンフィクション作家賞にノミネートされ、どうやら受賞できそうだと電話が入りそれを願ってたが、残念ながら吉永みち子の「気が付けば騎手の女房」が受賞した。当時の彼女の夫は有名な吉永騎手、話題性で負けたと悔やしがってたのを思い出す。大野君が受賞してたら彼の作家人生は変わってかもしれない。しかし直後に雑誌「潮」の第一回潮賞を獲得し、受賞パーティに出席してお祝いした。ノンフィクション作家は現場を取材して、膨大な資料をまとめ上げるのだが、1作品に何年も要することが多かった。その中で唯一私が彼の作品にお手伝いしたことがあった。「吉田兼好は誰だったか」という作品で、一般には吉田兼好が日暮し硯に向かって歌を詠んだとされていたが、当時の宮城教育大学長の奥さんが異論を唱えた。吉田兼好の上司が天皇の好みの女性に手を出し謹慎させられた。その上司を慰めるために吉田兼好が歌を詠んだとの説、もちろん従来の学者が猛反対し、彼女の説を潰そうとしてた。大野君はどう見ても彼女の説が正しいと判断しつぶさに調べた。彼女も夫もすでに亡くなっていたが、私は夫婦が元住んでいた住所を探し出し、夫婦の下で手伝いをしてた人を探し出しお会いできた。出来上がった作品のあとがきに、私への感謝のメッセージが記述されてた。私が末期がんを免疫治療で奇跡的に治ったことを知り、彼の友人が編集長をしている「がんサポート」で取材を受けた。その後20人以上のがん患者から問い合わせがあり、私の主治医を紹介させてもらった。何人もの末期患者が治ったとも報告を受けていた。





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Last updated  2022.05.27 15:12:47 コメントを書く


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