顕正会の誤りについて

顕正会の誤りについて

平成9年 教師補任式の砌


  教師補任式の砌
                             平成九年四月二十七日
                             於 総本山仮客殿

 『妙法蓮華経見宝塔品第十一』
  「此の経は持ち難し 若し暫くも持つ者は 我即ち歓喜す 諸仏も亦然なり 是の如きの人は 諸仏の歎めたもう所なり 是れ則ち勇猛なり 是れ則ち精進なり 是れ戒を持ち 頭陀を行ずる者と名づく 則ち為れ疾く 無上の仏道を得たり」
                               (開結四一九ページ)
                              (題 目 三 唱)

 本日は、当年度における日蓮正宗の行事の一つといたしまして、教師補任式を執り行った次第であります。近年は、その最後に、私が後座として一往の説法を申し上げるような定めになっておりますので、本日もここに登高座いたした次第でございます。

 ただいま拝読の御文は、見宝塔品の偈文であります。この経文は、皆様も既に聞かれたことがあると思いますが、法華経を持つことは非常に難しいけれども、それを持ったときには、一切諸仏が歓喜し、ことごとくの仏道の功徳が成就することを説かれておるのであります。

 さらに、これを三大秘法の眼をもって依義判文いたしますならば、三大秘法惣在の本尊が明らかに示されておるのであります。すなわち、「此の経は持ち難し 若し暫くも持つ者は」とは、三大秘法の随一たる本門の本尊のなかの、法本尊のことを明らかに示す御文であります。

 また、「我即ち歓喜す 諸仏も亦然なり」というのは、「我」は釈尊であり、「諸仏」とは多宝乃至十方三世の諸仏でありまして、宝塔品に来集した三仏の姿であります。つまり、これは法即人の本尊を示される意味があります。

 次の「是の如きの人は 諸仏の歎めたもう所なり」というのは、一念三千を明かして人法体一を示される御文であります。

 そして、「是れ則ち勇猛なり 是れ則ち精進なり」とは、法を受けて勇んで修行していくところの行業・行体であり、これは本門の題目を示しております。

 次の「是れ戒を持ち 頭陀を行ずる者と名づく」という所に、仏教上の非常に重要な問題、また、人生、法界など、善悪という価値判断の上からの様々な問題が込められておる戒ということに関して、仏法の上からの根本的な解決の道が示されておるのであります。すなわち、法華経を持つところに一切の善悪の根本の筋道、特に悪をことごとく浄化して一切を大善にするところの道が存し、また、それがそのまま煩悩をことごとく打ち破るところの頭陀の行であるということを示されておるのであります。

 さて、この法華経を根本とする筋道について、本日の早朝から二十二名の新説者がそれぞれの講題の内容について研鑚するところを、時間の関係上、定められた時間にまとめて説法をしたのであります。

 そのうちの内外相対、大小相対、権実相対、本迹相対、種脱相対、五重三段、四重興廃については、宗祖大聖人様が『開目抄』『観心本尊抄』等に示されるところの教判であります。すなわち、大聖人様の末法御出現の御化導の教という上から、この七つの題が出てくるのであります。したがって、これは全部、教という意味においてまとめられるのであります。

 次が機、時、国、教法流布の前後でありまして、これらと先程の教とを合わせた五つは、大聖人様の宗旨の三大秘法が建立される基礎となる教判として、五綱教判と言われておるのであります。その内容を、それぞれの説者が述べた次第であります。

 次の二品読誦、依義判文、折伏正規、受持正行、一念三千、発迹顕本、当体蓮華、下種三徳は、三大秘法の法体ならびにその修行、悟りであります。つまり、教行証と申しますが、その行と証に約して種々の法門が御書の上に開かれておるのであり、そのところをそれぞれの題として表し、また、説法をしたのであります。

 そして最後に、本門の題目、戒壇、本尊と、三大秘法がそれぞれの説者によって説かれたという次第であります。

 したがって、五綱教判もことごとく三大秘法の基礎となり、また、三大秘法が一番の元に存して、そこから種々の仏法の化導の縁に従って顕れてきておるということが言えるのであり、本日の説者のすべての説法の内容は三大秘法に通じ、また、極まっておるのであります。

 そのような意味で、朝からずっとこの座における説法を聞かれた方は、かなり深い法門を順序立てて、また、これを信心の上から聞かれることによって、おのずと理解・信解が増進するのであります。これは求めても得られない尊いことでありまして、仏教では「聞」ということの徳が、種々の面から説かれております。大聖人様も、聞信戒定進捨慚という七つの心を、仏法上の大きな徳として七宝という意味で説かれており、その第一が聞でありますから、本日、皆様方がここで説者一同の話を聞かれたことが、現当二世の上の非常に尊い功徳となることを、私は信ずる次第であります。

 この二十二人の説者は、得度以来、既に十数年が経っておりまして、その間、大聖人の大慈大悲のもとにおいて僧侶としての非常に厳しい修行を続け、そのなかには種々の苦難に遭い、つらいことも多々あったと思いますが、歯を食いしばって修行をして今日まで至り、三世の大願たる晴れの新説の式を迎えた次第であります。これも皆、仏祖三宝尊の御高覧あそばすところと存ずるのであります。

 最近では、新説の説者は、まず第一に講題に対してそれぞれが論文を書きます。これはだいぶん前に提出しておりまして、その論文の内容をさらに精錬した上でごく短くまとめ、本日の説法の発表となっておるのであります。したがって、実際に研鑚した内容はもっと広く、また、色々な面にわたっておるのであります。しかし、時間の関係上、その全部は到底、発表できませんので、要点をまとめて、この場において高座説法しておる次第であります。

 近年、私が感ずるところでは、一昨年、昨年、さらに今年と、説者の勉学、講題に対する研鑚内容が非常に充実し、整理整頓されておることを感じておるのであります。これは、衆生を導くための僧侶の修行の状態、実力ということが、非常にはっきりし、また、しっかりしてきておると感じるのであります。

 皆様方は、ごく短く集約された説法でもあり、また専門語もあることですので、何を説いているのか、所どころで解らないような所も、あるいはあったかも知れません。

 論文を書くに当たっては、文証として大聖人様のそれぞれの御文を引いて論を立てるのでありますが、論の構格、論旨を進めていく上の形というようなものがしっかりつかめておりませんと、どうしても、読んでみると非常にいい加減な感じを受ける場合があるのであります。

 しかしながら、本日の説者は、ほとんど全部の人が実に立派な内容をもって論文を書いておりました。したがって、本日の発表もまた、論題に従って要点を得た正しい論旨を述べておったように思うのであります。

 ですから、私としては、本日の論者の説法に対してほとんど何も言うことはないのであります。しかし、聞いておりまして、このような意味にしたらどうであったかという部分がわずかにありますので、それについて少々述べてみたいと思うのであります。

 まず「五重三段」の説者についてですが、論文は本日の説者のなかで一番と言ってよいくらい立派に書けておりました。また実際に、発表も題に従って実によく述べておりました。一番肝要な五重三段の第五の文底三段において、序分、正宗分、流通分が存するのですが、その正宗分の一品二半は「内証の寿量品」であるということも、当然、はっきり述べております。それをさらに、日寛上人の御指南によって、

  「但し彼は脱、此は種なり。彼は一品二半、此は但題目の五字なり」(御書六五六ページ)

という文底三段の流通分においての御文について、文と義と意の上からも示しておりました。いわゆる文においては、同じ本門という名前ではあっても、在世と末法において異なっておるという所以を判ずる、これが文の意であります。それから次に、末法流通の正体を示すということが、その義の意味になります。そして最後に、その意においては、末法の一切衆生の観心の本尊を結成するということであり、これももちろん、はっきりと述べておりました。

 ただ、正宗一品二半たる内証の寿量品と末法流通の正体との立て分けをもう少しはっきりと述べていれば、なおよかったと思います。すなわち、内証の寿量品はいったい何を顕すのかということです。これは、はっきり述べれば、久遠元初の名字本因妙の南無妙法蓮華経を顕しておるのであります。つまり、内証の寿量品の一品二半は、所詮たる名字本因妙の南無妙法蓮華経を能く顕してはいるけれども、末法流通の法体ではないのです。あくまで、その能詮の二千余字によって能く顕されるところの、所詮の南無妙法蓮華経こそが末法流通の正体であり、法体なのです。その能詮・所詮の立て分けを途中の経過のなかではっきり述べておれば、さらに解りやすかったと思うのであります。

 次は「四重興廃」の説者についてでありますが、これも論文はよく書けておりました。また、発表も非常に結構でした。この四重興廃というのは、説者も述べているように、一往、元々は天台の『玄義』から来ておる法門であります。それが中古天台に来って「止観勝法華」というような思想になり、衆生の迷いを転ずる絶対妙の立場から相対的な形で捨劣得勝して、その挙げ句が、観心を重視することによって、法華経よりも観心を示した天台の『摩訶止観』のほうが勝れておるという邪説を言い出したのであります。説者はこれをはっきりと述べておりました。

 しかし、止観勝法華、止観が法華に勝れるという邪義に対して、直ちに大聖人の仏法は寿量品の文底に秘沈した下種の大法であるということを述べて、そこからさらに本宗の正しい四重興廃について述べておったように思います。これは結構な論旨だとは思いますが、そこで直ちに寿量文底を論ずるのはどうかと思うのです。

 すなわち、寿量文底の法門は、末法出現の形においては一体どこから来るかというと、これは結要付嘱から来るのであります。ですから、迹化と本化、像法と末法の違いをはっきりと言い表させんがための仏天の計らいであるという経文を引きながら、法華経の結要付嘱を受けたところに初めて本門を弘通する大権が生じ、そこから大聖人様の末法の妙法の弘通があり、その妙法の内容が種脱相対して、五重三段の教判の上からも文底下種に存するということが出てくるのであります。その辺の結要付嘱の内容があれば、なおよかったと思うのであります。

 それから「機」の説者も大変よく述べておりました。ただ、釈尊仏法の権実の裁きからして、

  「機に随って法を説くと申すは大なる僻見なり」(同八四六ページ)

ということを、その道程において、声を大にして、もう少しきちんと述べてもらえればよかったかと思います。

 しかし、下種の本未有善の衆生について、末法で宿縁・宿業の上から南無妙法蓮華経を具える者は、一往、本未有善でありながらも、再往、地涌の菩薩としての大きな徳をそこに生ずるという観心面からの話がありまして、これはたいへん結構だったと思うのであります。

 次に「戒壇」の説者でありますが、近年の戒壇についての説者は、創価学会がもたらした戒壇に関する色々な考え方から来た軋轢等を少し考え過ぎたせいか、真綿で包んだような形で趣旨を述べていたという感じがありましたが、本年の説者は、そこのところを大変はっきりと述べていたように思います。

 しかし、この際、現下の宗門における戒壇の意義を徹底して述べ、創価学会の謗法の姿を戒の上からはっきりと論じればよかったかと感ずるのであります。

 説者も述べておりましたが、
 『三大秘法抄』『一期弘法抄』の戒壇に関する御文は、大聖人の御仏意による尊い御指南であります。したがって、仏意・仏見の上からの御文と拝して、我々はただ大聖人の戒壇の御指南を心から拝しつつ信心修行に邁進すべきであり、凡眼凡智をもってこれを解釈すべきではないということを言っておりましたが、これは正確な言葉だと思いますし、このように拝していかなければならないのです。


 それを、「自分がこれだけのことを成し遂げた」と思い上がり、常に慢心を抱いているのが、池田大作をはじめとする創価学会の者どもであります。この慢心から、いつの間にか『三大秘法抄』『一期弘法抄』の大聖人の尊い御遣命を、まるで自分達の手で達成したかのような考え方になってしまったのであります。

 また、事実、そういう姿が顕著に表れてまいりました。今になってみれば、正本堂を造る際に、彼等は徹底して妙な意義付けをしようといたしました。
 すなわち、大聖人様の『三大秘法抄』の戒壇建立が達成できたような錯覚・誤解をもって色々なことについて発言し、その雰囲気のなかに宗門も飲まれてしまったような形もありました。それらが様々な事情で止められるや、それらを恨みつつも、やむをえず、一時はそれに従ったのであります。しかし、その内実、今はまだ本門寺にはならないけれども、『三大秘法抄』『一期弘法抄』に御遺命された戒壇は正本堂であるということを言いたいのですし、また、事実、言ってきたのであります。


 これらの経緯については、今ここにひとくちには言えませんが、宗門は平成三年に最終的な正本堂に関する定義付け、正しい解釈として、あくまで願望、願いであると、はっきりと示したのであります。


 正本堂が必ず『三大秘法抄』『一期弘法抄』の戒壇であると決めてしまうということは、凡眼凡智において勝手に戒壇を決めることになるのであります。まして建造物は、常に老朽化し、壊れていくものなのですから、いつ広布の暁が来るかも確定していない時において、この建物がその戒壇であるなどと言い切ること自体が、はっきり言えばナンセンスなのです。

 彼等はこれについて非常に反発をしましたけれども、今日ここに至って、皆さんも御承知のように、創価学会の大謗法があらゆる面ではっきりと顕れております。池田大作が戒壇の大御本尊様をないがしろにしたような発言もあり、その他、最近においては謗法の宗教や寺院と手を結んだり、あるいは謗法払いをしなくても入信させるなど、実に大聖人様の仏法の基本たる謗法厳誡の形からもはっきりと背反した、本門大戒に背く大謗法の姿を呈しておるのであります。そういった姿において、彼等がこだわった正本堂の意義付けも、自らの手ではっきりと折ち破っておるのであります。


 私は、今後は正本堂の意義について論ずる必要は一切ないと思います。ただ、御先師の御指南にも、また、私も春秋二季の大法要において御戒壇様の御説法をさせていただいておりますが、
 大聖人様の御本懐たる本門戒壇の大御本尊様のおわします所はそのまま、事の戒壇、真の霊山、事の寂光土であるとの意味を、揺るがすべからざる宗義の基本であると考えなければならないのであります。この点は先程の論者もはっきりと述べておりました。

 ところが、既に大聖人様の『三大秘法抄』『一期弘法抄』の戒壇が出来てしまったというような考え方に執われ、そこから、今度は「広布第二章」であり、池田大作の名誉をたたえるために世界中から勲章をもらって歩き、さらに謗法というようなことは言わずにやっていこうというのであります。

 その表れとして、平成二年に池田大作が私の所に来た時に、私の前で、「念仏無間、禅天魔、真言亡国、律国賊などと言えば、今日では人に笑われます」と言い放ったことがありました。私は池田大作に対して、そのような考え方は誤りであるということを、その場ではっきりと言いました。

 今の世の中において、いわゆる、

  「一向に理を尚ぶときは則ち己聖に均しと謂い、及び実に執して権を謗ず」
                    (法華玄義釈籤・御書一一九五ページから引用)

という禅の思想的な考え方、つまり、平等の一面に執われて差別という点を忘れてしまっている姿があります。すなわち、各々のなかには、人間でありますから、謗法もあれば、迷いもあるし、苦悩もある。そういう者が本当に幸せになっていく道がどこにあるかといった場合に、禅宗のように、仏や法を非常に軽く見て、「自分の心を悟ればそれで仏なのだ」と、自分自身が仏であると簡単に言うところに大謗法があるのであります。これはやはり、「実に執して権を謗ず」るということになります。

 その反面、念仏等の宗旨のように、「末法においては、自分自身で成仏する力は全くない」「みんな悪人であり、罪業の深い者であるから、阿弥陀仏に救ってもらう以外には成仏することができない」などと言ってしまうのも、また自らを否定し過ぎたところの権に執われて実を謗ずる姿になります。

 こういう両面がありますが、特に禅宗、念仏、真言は誑惑の、大うそつきの宗旨でありまして、そういう邪宗教の考え方、害毒が、世の中に色々な面で広まっております。今日、平気で悪いことを考えたり行ったりする者は、この邪宗教の考え方が元になっておるのであり、その意味において、私は池田大作に指摘したのであります。ところが、黙ってしまい、その場はそれきりで終わってしまいました。

 要するに、謗法厳誡、折伏ということは疲れたからやめようということが、「広布第二章」の実の姿だったのです。そこに大きな誤りがあり、それがそのまま、戒壇の戒という問題にも当たるのであります。

 戒ということは、根本の法華経を信ずるところに真の大善があり、さらにそれに背くところに根本の大悪があるということが一番の基本ですから、そこを外したならば、もはや大聖人様の仏法において、戒壇とか戒を論ずる資格はないのであります。

 戒壇について、この際にもう一つ申したいことは、『一期弘法抄』の、

  「国主此の法を立てらるれば、富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり」

                              (御書一六七五ページ)

との御文についてであります。


  宗門では、昔から「国家諫暁」という語を使っておりますが、よく考えてみれば、これは「国主諫暁」のほうが、この『一期弘法抄』の御文からしてもふさわしいと思うのであります。
 たとえ国家という一つの形を折伏するにしても、結局、人を折伏するのです。だから「国主諫暁」でなければならないのを「国家諫暁」と言ってきたために、国家が戒壇を建てるという意味において「国立戒壇」というようなことを考える者も出てきたのであります。


  しかし、素直に『一期弘法抄』を拝すると、「国主此の法を立てらるれば」とあるのであり、「国家此の法を立てらるれば」という文章ではないのであります。「国主」ならば、人格、人を意味しますから、国を折伏する上においても、あるいは一人が一人ずつを折伏する上においても、
 人を折伏する意味がある
 のであります。

 特に、今日は主権在民でありますから、大聖人様の時代や、あるいはそれ以前の聖武天皇と鑑真和尚、桓武天皇と伝教大師というような仏法興起の時代ともまた大きく形が違っておりますが、
 精神としては、あくまで一人ひとりの人を、それが政治の中枢の人であろうと、なかろうと、ことごとく折伏し、この妙法に帰依せしめ、救っていくということが大切である
 と思うのであります。

 そういう意味から、先程の説者も言っておりましたけれども、これから我々は『三大秘法抄』『一期弘法抄』の御文を深く拝しつつ、常に折伏弘教に励み、妙法の功徳が必ず日本乃至世界の一切衆生を導いていくのであるという確信をもって進んでいくことが肝要と思うのであります。

 次に「本尊」の説者ですけれども、これも非常によく述べておりました。ただ、人法体一の御法門の内容について、月の光を松の影によって表すように、人法体一を示す場合に、人法勝劣という法門があって、『本尊問答抄』に、

  「本尊とは勝れたるを用ふべし」(同一二七五ページ)

と仰せになり、色相荘厳を折ち破って無作三身の末法下種の仏等の人法体一が論ぜられてくることになるわけですから、そこをもう少しはっきりと述べてもらえればよかったかと思うのであります。

 また、御本尊の当体がそのまま人法一箇であるということも言っており、これはたいへん結構でありますが、御本尊様の御当体は、弘安以降の御本尊において初めて、「南無妙法蓮華経」の真下に「日蓮 在御判」という姿をはっきりとお示しになるのであります。そこのところにおいて、大聖人様の御一身が即、久遠元初の自受用本仏であり、その一身に十界互具百界千如一念三千、一切がことごとく具わるという御指南であります。

 先般、宗門から離脱していきました保田の妙本寺に、彼等が非常に大事な御本尊として考えておる「万年救護本尊」という、大聖人様の文永十一年十二月の御本尊が存します。しかし、これはまだ、南無妙法蓮華経の左右に「日蓮」と「在判」が分かれておりまして、本当の意味の人法体一の御当体として顕れていない意味も、一往、相対的に言うならばあるのであります。

 ただし、本門戒壇の大御本尊の御内証をもって、一切の御本尊を開会し、その上から本宗の相伝・血脈の上において開眼し奉るときは、本門戒壇の大御本尊のなかに一切が込もって、それら一切の御本尊も当然、人法体一の御本尊の功徳・利益がましますということが存する次第であります。

 色々と申し上げましたけれども、ともかく近年において、宗門もいよいよ正法を護持興隆し、僧俗が真に一体となって広布に向かって前進をしております。このなかにおいて、本年も二十二人の前途有為な青年僧が立派に新説の式を遂げ、一人前の僧侶として、これから大いに布教の第一線に立って精進することになりました。

 本日御参集の皆様方が、この晴れの式を契機として、いよいよ僧俗和合の上の御精進に増進されることをお祈りいたす次第でございます。



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