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鶴舞う形の・・・
「タイムマシン (上)」
まえがき
本棚の奥から出て来た学生時代に貰った手紙の束
捨てるには忍びなく、読み始めてしまった為に知らされた遠い過去の真実。
第一章 HOLLOWな学生生活
「また明日から学校かぁ」
1975年9月、大学1年の夏休みが終わり、再び空虚な学生生活が始まろうとしていた。
貧しい農家の長男で大学へ進学するなら国立大学以外は諦めろと言われ続けていた私は
東北地方の国立一期校には合格したものの、下宿代や仕送りを親に期待する事は
出来なかった。
地元の国立二期校の入学試験の時は
「一期校に合格してるんだから受験しに来るなよ」
などと、一緒に一期校を受けに行った友人達から皮肉交じりの冗談を言われたが
別に気が緩んでいた訳ではないのに数学の問題が全く解けなくて
到底、合格できるとは思えなかった。
二期校だった地元の国立大学の入試システムは、ちょっと変わっていて
得点の高かった者から希望する学科へ入れるという一見合理的に思えて
実は残酷なシステムを採っていたが
私は『最終希望の学科にスレスレで引っかかった』と言う感じで合格した。
そんな為体で希望するコンピューター関係の学科に入れなかった私は
入学しても3か月と経たないうちに大学の授業には興味を失っていた。
第二章 カースト制度のようなキャンパス
教養部のキャンパスでは、医学部の1・2年生、教育学部の1年生、工学部の1年生が学んでいたが
誇らしげに悠々と闊歩する医学部の学生達
早々とカップルになって嬉しそうに談笑する教育学部の学生達
どこか居候のような雰囲気の漂う工学部の学生達がカオスの様に混在していた。
そして更に入試の得点に依って学科が決定されてしまう工学部の中では
人気の高い学科の学生ほど優秀であるという雰囲気が漂っていた。
私のこの『工学部の中でも最下層に居るんだ』というコンプレックスは
大学を卒業するまで脳裏にこびり付いていた。
さらに親友Nから「一緒にラグビーをやろう」と誘われて入部して
唯一、楽しみにしていたラグビー部も
最初の練習の時にNの入部した『医学部のラグビー部』と
私の入部した『工学部のラグビー部』は全く別のクラブで
練習も試合も全て別になると知った時は愕然として
ここでも差別されるのかと落胆した。
『大学で好きな分野の勉強をする』
と言う希望と
『親友と一緒にラグビーで想い出をつくる』
と言う夢は入学早々に砕け散っていた。
やがて私の興味と生活はクルマが中心になり
大学の授業よりも自動車免許の取得が優先されるようになっていた。
第三章 手紙
そんな学生生活を送っていた9月のある日
家へ帰ると1通の手紙が届いていた。
差出人の書いてないスヌーピーの絵の可愛らしい封筒を開けると
『初めてお便りします。きっとびっくりされると思いますが
何度あなたに宛てて書いたかしれません。』
と言う書き出しで始まり
『7年間、今振り返ってみると私はあなたのことばかり考えていたように思えます。
どうしてもあなたのことが頭から離れず、本当に健康に悪かったようです。
あなたの今の気持ちは?
忙しいと思いますが、返事ください。
・・・・・やはり迷惑でしょうか?』 M・K
と、まるで習字のお手本のような整った字で書いてあり
最後に差出人の名前と住所が書いてあった。
不思議な事に私は、その名前を見ても少しも意外ではなく
それどころか手紙を読みながら一人の女の子が頭の中に思い浮かんでいた。
第四章 6年4組の転校生
小学6年生の新学期
丸いべっ甲眼鏡の縁に沿って垂れ下がった様な眉毛が
如何にも優しそうに思わせる茂木先生が
チェックの上着を着た一人の女の子を連れて教室に入って来た。
「転校生のM・Kさんです。Mさんはお父さんの仕事の関係で引っ越して来ました」
片田舎の小学校から転出していく生徒は、たまに居たが
都会から転入してくる小学生は珍しかった。
最初の授業が終わった休み時間に
Mは右腕を背中で直角に曲げ、だらんと下げた左腕の肘の当たりを掴んで組み
如何にも手持無沙汰という感じで机の脇に佇んでいた。
するとクラスのリーダー格のO・TとT・Kが近寄って行って
三人で何やら話始めて直ぐに打ち解けていったようだった。
私が初めてM・Kに会った時の印象は『都会から来たお嬢様』と言う感じだった。
雪の降った翌日の下校時に雪の上に見覚えのある『リボン』が落ちていた。
授業中に見た、Mが頭の後ろで1本に縛った髪にちょこんと載せていた『リボン』だった。
大分経ってから私は、その結い方を『ポニーテール』と呼ぶことを知ったが
『リボン』を見つけた時は、その髪型と『リボン』の可愛らしさに嫉妬して
悪戯心が湧いてきて雪の玉を作り『リボン』を乗せ
前の方を歩いていたMの所まで走って行って
「はいこれ、落ちてたよ」
と渡してみた。
すると意外にもMは
「ありがとう」
と素直に喜び、私の顔を見て少しハニカミ笑いをした。
6年生の家庭科の授業で私が米を研いだ事があったが
米の研ぎ方を知らなかったクラスの男子生徒が
「なんで、水捨ててるんだよ~」
と騒ぎ出して、先生から
「米の研ぎ方は、これでいいんです」
と諫められた。
すると諫められた事が余程悔しかったのか
今度は、その男子生徒は、ご飯を食べながら
「ご飯が硬すぎら~」
と大きな声で嫌味を言ったのだ。
すると、その時Mが周りにもハッキリ聞こえる声で
「私は硬いご飯の方が好き」
と呟いた。
私に味方して言ってくれたのかは分からないが
その時は『大人しいお嬢様』と思っていたMの意外な一面を見た気がした。
12月のある日、O・TとT・Kが
「Mさんの家を会場に貸してくれるって言うんだけど
一緒にクリスマス会やらない?」
と誘って来た。
愛娘の為にクラスメイトを呼んで手料理まで作ってくれるお母さん。
そのお母さんが料理を運んできた時に
一瞬だが私の方を見て目が合ったような気がした。
「カルタ取りでもしようか?」
と誰かが言い出した時
「カルタは無いから百人一首やらない?」
と衒うことなくMが言ったが
『百人一首』なんて遊びは、M以外には出来る筈も無かった。
この時の男女6人で催したクリスマス会は
私の人生で最初で最後の『同級生クリスマス会』になった。
と、M・Kについての記憶はこれくらいしか無かった。
中学へ上がってからは会話した記憶も無いし
別々の高校へ進学してからは会話どころか会う事も無かった。
第五章 『草原の輝き』
『愛し合いながらも翻弄されて引き裂かれていく男女の悲恋』
を描いた映画『草原の輝き』
『成就しない恋は傷つけ合いながら終わる』
その頃の私の『恋愛観』は、映画『草原の輝き』そのものだった。
「どうして異性と付き合いたいと思うのか?」
そんな馬鹿げた質問を私は手紙に書いて送った。
しかし、
『7年間、私はあなたのことばかり考えていたように思えます。』
と言う文言に
頭の中では『草原の輝きのディーンの姿』がチラつきながらも
『健気でいじらしい女の子』にめっぽう弱い私の心は
既に締め付けられていた。
第六章 初デート
Mが帰省して来た時に初デートをした。
クルマの免許は取得したが自分のクルマは持っていなかったので
親父の三菱ミニカを借りてMの自宅の玄関脇に停めて待機した。
Mと会って話すのは小学6年生のクリスマス会以来と思えるほど久し振りで
ましてや二人きりで会って話をするのは初めてだったと思う。
ところが不思議な事に7年も経っていたのに
まるで小学6年生のクリスマス会にタイムスリップしたかのように
何のためらいも躊躇もなく会話は弾んでいった。
それどころかMと話をしていると何の隠し事も無く本音の話ができて
何よりもお互いに嘘をつかない事が私には心地良かった。
『初潮』の話が出た時に
「そういう事も話し合える人が良かった」
と言ったのが印象に残った。
そして『どうして異性と付き合いたいと思うのか?』の答えは
『もし無人島で二人きりになるとしたら相手は男が良いか?女が良いか?』
と言う物だった。
それを聞いた私は、何故か妙に納得してしまった。
第七章 二股の付き合い
Mと初デートしてから二週間も経たない日の夜に
中学の時の同級生M・Aから電話が来て
「話をしたいって子が居るから替わるね」
とその場で電話を替わられてしまった。
「N・Kですけど覚えてますか?実は中2の時から6年間ずっと好きでした。
私と付き合って下さい」
と言うようなことを言われたのだが、私は頭の中で
『小6からで7年間、中2からで6年間?そうか植木算か!?』
などと『6年間』と言う年数だけが気になっていた。
次にMと会った時に私はN・Kからの電話の一部始終を話して
「私と付き合っているんだからN・Kと会うのはやめて」
と言う言葉を期待したが
「じゃあ私はやめるわ」
と言ってMはクルマから降りて行ってしまった。
岩崎宏美のような髪型にニット帽姿のMが
残像のように私の脳裏に焼き付いた。
Mとの付き合いは一度きりのデートで終わった。
第八章 殺し文句
別れて数日後、Mから手紙が来た。
いつもならボールペンで書いてくる手紙が
鉛筆で書いてあったり、漢字の部分が少なかったのは
思いの丈を一気に綴ったものだったのだろう。
手紙には
『お互いを束縛するよりも自由につき合えたら一番いいのかも知れない』
『人間の感情には理屈では解決できないことがたくさんある』
『分からないところがあっても理解して欲しい。だって〇〇君が理解してくれなかったら
誰も理解してくれる人なんていないのだから』
という趣旨の事が書いてあったが
またもや私は最後の殺し文句に瞬殺されてしまった。
しかし多分、Mも私と一緒で本心では『二股交際』よりも
束縛を伴う『一対一の交際』を望んでいたんだと思う。
第九章 バラ色の日々
Mと交際するようになってから、私の大学生活は一変した。
キャンパスを歩いていてカップルとすれ違っても
男ばかりのクラスで馬鹿話をしていても
自分には『7年間も慕ってくれていた恋人が居る』と思うと
心に余裕が生まれ優越感さえ覚えた。
― つづく ―
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