TRICK PARTY

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distance night 8



さっきと同じおばさんが出てきて、手を伸ばす。

「30ラクス」

「はいさ」

ルシャにもらった銀貨をさしだす。今回はたぶん袋いっぱいのお釣りはないはずだ。

「はいはい。ちょっと待っといて」

……お釣りそのものがなかった。

てことはあれ一枚で“30ラクス”?一枚で30?変なの

てかこれって10進法がどうこうっていうヤツだよね?こっちの世界は10進法じゃないのか?ちょっと待てよ、2進法ってなんだっけ?えーっとたしか、指を広げていくやつで、親指、人差し指、親指と人差し指、中指、親指と中指……

「……何やってんの?」

「はわっ!」

さっきのおばさんがこっちを見ている。なんか今日はこんなのばっかだ……。

「はい、リーンジープ」

「あ、ども」

今度は袋いりになってパンを手渡しでもらった。

が、そのときだった。

あたしは見た。手渡された手に


その右手にある、“赤い紋様”を。


さっきはなかった、こんなの。誓ってもいい。こんな不気味なのがあったら気付かないはずがない。別にこのおばさんをじっくり観察してたわけじゃないけど、間違いない。

これは……恐い。

何かヤバイ。根源的な恐怖。背後に大蛇が立つ感覚。

くらりと視界がゆがんだ。なんとかカウンターに手をついて自分を支える。 「何?大丈夫?」

「あ……うん。たぶん」

ダメだ、これはキツイ。

あたしは逃げるようにしてその場を離れた。


さっきの半分の時間で元の席に戻る。

「うぅ……何なのよ……アレ」

まったく、せっかく買ったのにパンがおいしくなくなる。

「……」

「ちょっと!前で女の子が困ってるのに無視!?」

「は?」

「はい、なんでもありません」

パンを取って無理矢理口に運ぶ、何か食べてるほうがマシか。

「クェス。お前ら人間が選択肢を消されて困るのはなぜか」

「また唐突ね……。選択の幅が増えるからじゃないの?」

「ウロ。アンス。一番簡単な方法が消えるから」

「一番簡単な方法?」

「“消去法”だ」

「??」

「はい残念。あなたはわたしたちの試験に落ちました。楽しい楽しい罰ゲームは後に発表~だ」

棒読み。

「何言ってんの?」

「人間は正解を導くよりも、間違いを見つけるほうが得意だ。だからこそ正解を導くことを強要されると、途端に全てが難しく見えてくる」

「ふ~ん」

なんだかよくわかんないや。

「そんじゃ~クェス」

腹いせ混じりに、あたしは人差し指と親指を立てて言った。

「何だ?パクリか?」

「日本人において、つらいことをしあわせに変えるもっとも簡単な方法は?」

「……なんだ?」

「質問を質問で返さない」

「けっ、威張りやがって」

言いつつ、今期初めて本から顔を上げ、あごに手をあてて考えている模様。

「……幸せになる事を思う、か?人間は考える事でその中に溶け込むことができ……」

「ブー。ぜ~んぜん違う」

「……じゃあ何だよ」

パチン、と指を鳴らし、人差し指をルシャに向けて言った。

「アンス。一本棒を足せばいい。“辛”は“幸”になる」

「あ……」

あたしたちの世界ではありふれたなぞかけだ。ちょっとルシャを困らせてやろうと言っただけだった。

だけだったのだが……。

「くっくく……」

信じられないことが起きた。

「くははっ!」

ルシャが、あのルシャが明確に、声を上げて笑っていた。

「くははっはは!あーっははは!」

「!??」

正直、若干恐かった。さっきまであんなに無愛想だった人が、こんな風に笑ったら誰でも少なからずビビるはずだ。

しかも、あんなに“くだらない”問題で。

「くくくっ!なるほどな。そんな方法か!何てことだ!」

「……あのお?ルシャさん?どうされました?」

「くく。なんでもねえよ」

「????」

全くもってわけがわからない


……今回のルシャは、何か変だ。



しばらくかかって、やっとなぜだかの大笑いが一段落ついた。

「なんだか知らないけど……大丈夫?」

「ああ。ま、俺にも事情があるってコトだ、いろんな意味でな」

「まあいいや。もうあたし行くよ?」

正直なんか雰囲気変になっちゃったし。

「そうか」

あたしは席から立ち上がって、プレートを片手にルシャを通り過ぎて出て行こうとした

が

「あ、そうだ」

呼び止められた。

「笑わせられたし、一つ教えといてやる」

「……何?」

今度のルシャは変だし、とことん付きあってやろう、と思った自分が頭の片隅にいた。

「忘れるな、そのリーンジープの味、香り、そして名前」

「はん?」

「この世界の全てが終わりを向かえた時、もしかしたらその何でもない美味しいパンがお前を同期させるかもしれない」

「えーっと……?全く意味がわかりません」

「ま、とりあえずそのリーンジープ、忘れるな」

「はあ……?わかった」

「終わりは訪れる、必然だ。ま、お前がそれを知っているかは別として」

変なルシャはいつもより余計にわかりづらい事を言ってる気がする。

変な人+変=変人W。1+1=2、宇宙の法則。

「そんじゃ、あたし今度はマジで行くよ?」

「どーぞ、また後で」

それでやっとあたしは食堂を後にした。




うん、その時は気付かなかった。

何気ないルシャの言葉に。


―また後でー

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