魂の還る場所

魂の還る場所

日常の結晶-シアワセのカタチ。-

「…寝てるの…?」
 遠慮がちに下りてきた声。
 耳元からのそれに、窓際の陽気にいつの間にか閉じられていた目が、ゆっくりと光を迎える。
「…いえ…」
 どれくらいの間、自分はそうしていたのか。
「考え事をしていただけですよ…」
 やわらかな春の陽射しは彼をまどろみへと誘い込み、いつしか彼の記憶を呼び招いた。
「かんがえごと?」
 幼さを垣間見せる声の持ち主が一体どんな表情をしているのか。
 そんなこと、見なくても判る。
「…そうです」
 椅子の背に凭(もた)れ仰ぐようにすると、覗き込む一対の瞳と自分のそれとが重なり合った。
 きょとんとする彼女に向けて微笑むと、彼よりずっと強い笑顔を見せて、正面へと回り込んでくる。
 彼女がどうするつもりなのか直ぐに判って、胸の辺りで組んでいた指を解いた。
 抱きついて来た彼女を受け止めるために。
「…長い間でしたか?」
 自分では覚えていなくて、そう尋ねると、
「わからない。
 チャイム鳴らしても返事がないから、勝手にお邪魔したよ?」
「…そうですか…」
 確か、小さな庭に舞う桜の花を見ていた。
 前までは、その光景は痛みを感じるものだったけれど。
 そんな風に感じることもなくなったな…と思っていて、そうしていつしか春の光に、意識が溶け始めた。
「なに考えてたの?」
 まるで猫みたいだな…と思いながら、真っ直ぐ見つめている瞳に微笑(わら)い掛ける。
「思い出していた…という方が、正確かもしれません」
 その答えの内容を理解するのに数瞬だけを費した彼女が、悪戯を思いついた子供のような顔で笑い問いかける。
「こうしてる現在(いま)より、過去(まえ)の方が良い?」
 「傍に居るより、離れてる方が良い?」という意味を持つその言葉。
「…」
 彼は直ぐには答えを返さず、僅かに時が流れた頃。
「いまよりは、静かに過ごせたでしょうね」
 意地悪く…からかいを含んで笑いが滲む目を隠すことなくそう言った。
「…やっぱり意地悪だぁーっ!」
 敗北にぽかぽか…っと胸を叩いてくるのに声を上げて笑いながら、彼は包み込んで動きを封じ込める。
 くやしさの余り「はーなーせー!もう絶対口きかないからねーっ!」と叫んでもがく彼女に、余裕を表明するかの如く囁いた。
「本当に、良いんですか?」
 途端、彼女の動きはぴたりと止み。
「…う~っ…」
 …返ってくる、その反応が面白くて、ついついからかってしまう。
 六つ下とはいえ女性相手に大人気ないな、と思うのだけれど。
 一応これは、彼なりの愛情表現。
 いつまでも子供扱いするのは良くないけれど、何せ当の本人が気にするのはそういうことではなく、毎回毎回こうして負けてしまうということで、やはり子供なのである。
 一緒に過ごした時の中で、これが当たり前になってしまったのは、一体どちらに罪があるのか…。
(…普段は年相応なんですけど…ね…)
 いつまでも成長していない訳ではない。
 外見も内面も、決して幼くはないのだし。
 ただ、彼と居る時だけ、特別なようで…。
 もしも、万が一にも、中学生や高校生に間違えられることがあったとしても、『解る人には判る』ものがあって。
 「大切に保管してるよ」と、ぶっきらぼうに彼女に言わしめた銀と金。
 それから…
「…くるしーよーっ」
 違う事情に改めてもがき始めた声に、上の空状態だった彼の両腕が緩(ゆる)む。
「あぁ、すみません。また考え事をしてまして」
 微笑む彼に、彼女の頬がみるみる膨れて、むぅ…という擬音を背負う。
「本当は私のこと嫌いでしょーっ!」
 ぽかぽか…と威力のない攻撃が繰り返される。彼はただ笑うだけ。
 …その彼の瞳に映るもの。
 むきになった彼女の姿。
 そして。
 彼女の腕が振り上げられる度に太陽の光を受ける、左手の輝きだった。


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