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♪マザ-・テレサ♪-貧しい人は美しい-


 マザー・テレサ -貧しい人は美しい-


マザー・テレサと聞くと皆さんはまず何を思い浮かべますか?
ノーベル平和賞を受賞された人?それとも社会福祉家?聖人?マザー・テレサはある雑誌
で『生きている聖人』と評されていた。それについてマザー・テレサは
“私の中に神を見た
人がいるとしたら、私は幸せです。私は全ての人、特に苦しんでいる人の中に神を
見ます。”
と言っています。
TVや雑誌で彼女の行っている事を見ると私たちは”すごい!素晴らしい人だ!でも、私に
はとても出来そうもない”そう思ってはいないだろうか?では、マザー・テレサの行動の原動
力は何なのでしょう?それは神への愛 “貧しい人の一人一人はキリストその人である”
”私の最も小さな兄弟の一人にしてくれたことは私にしてくれたことである”
そう語り
かけているという信念・信仰なのだそうです。
マザー・テレサという人は神の愛の使者のようだと思いませんか?彼女の言葉の全てに力
がある。それらの言葉は体験から出ている言葉だから胸に響くのでしょう。
知識だけの人ではないから…行動に移したからこそ、たくさんの人が救われたのです。
たくさんの人が集まり、笑顔が広がり、愛が広がり、神の愛の宣教師たちから世界へ…
ひとりひとりから、何千、何万という人々へと広がっていったのです。
マザー・テレサは言っています。
“平和も戦争も家庭から始まります。もし本当に世界平和を願っているなら、まず自
分の家族が相互に愛し合う事から始めていきましょう。もし喜びを広げていきたいな
ら、まずひとつひとつの家族が喜びをもって生活する事が必要なのです”
“私たちの仕事は誰かに惜しみなく愛をあびせることです”

私には、マザー・テレサのように愛に満ちた偉大な行いは出来そうもありません。
しかし、私の家族を気づかい子どもたちが私の与えようとしていない愛で、淋しい思いをして
いないだろうか?と自問することは今すぐにも出来ます。そして気づけば行動にうつし、抱き
しめよう!そんな小さな愛の積み重ねが、喜びを広げることにもなるのだから…と強く感じま
した。



まず最初にマザーテレサの原動力とも言える1946年9月10日に汽車の中で聞いた神の声を
マザー・テレサが語っていた通りに書き写しました。

“病める者に手をさしのべて…家もなく飢えている者を助けよ。神の手となり愛をもっ
て貧しい者の中の最も貧しい者を救え”
と非常にはっきり聴こえたそうです。
そして、「神の愛の宣教者会」=貧民街で神の愛を伝えるメッセンジャー達という意味のグル
ープが出来て 1952年には[死を待つ人の家]を開きます。
そして、こんな出来事があります。 “道端で男の人を助けました。体中ウジ虫だらけで誰
一人近寄ろうともしませんでした。体を洗ってあげると彼は言いました。「なぜ、こん
な事を?」「あなたを愛しているからよ」”
微笑みながら息をひきとった男の人はマザーの
手をしっかり握っていました。
貧しい人が死ぬまで見捨てられないように。。。そんな願いから最初の施設は出来ました。
“誰からも愛されない心の痛み、それこそが最も辛い事本当の飢えなのです”
ここでは、カトリックも異教徒もありません。まず、名前と宗教を聞きます。
亡くなった時の弔い方を決めるためです。シスター達はイスラム教徒にはコーランを読み、
ヒンズー教徒にはガンジスの聖なる水を与えます。宗教という垣根を、越えているのですよね
!!感動♪
“「神の愛の宣教者たち」のセンターで大切な事は一人ひとりの魂と接する機会が与
えられているという事なのです。”“私たちは貧しい人たちに与えるよりも、多くのもの
を貧しい人たちから与えられているのです私たちは貧しい人と共に生きることに喜び
を感じます。それが神様からの素晴らしい贈り物なのです”
ある年、サンフランシスコに司教に招かれ施設を開設しようとした時も、住まいにあったベッド
などの調度品はとりはらってしまいました。 “なぜ我々が洗濯機を使わないのか?冷暖房
にも頼らず映画やパーティーにも無縁、それを求めるのは自然であたり前の事です。
でも我々は求めません。貧しさを知らずに、貧しい人は助けられないからです”
マザー・テレサの最も貧しい人に手をさしのべるという姿勢はどんなときも変わりません。

1970年、内戦に揺れるベイルートを訪れました。砲弾の飛び交うその街の中には、数十人の
障害児達が、数週間もの間取り残されていました。
<子ども達を助け出そうとしている時の、マザー・テレサと側にいた人との会話の一部>
(A)マザー・テレサ “けが人を運んでくるだけの事です”
(B)側にいた人“それは実際には無理でしょう。アイディアはいいけどね”
(A) “アイディア?私達の義務です” (B)“行ったまま戻れなくなったら?”(A) “大丈夫よ
軍隊にかけあいます”
(B)“命を捨てるようなものです”
(A) “私はこう思っています。何年か前カルカッタの道端から、最初の人を助けて以来
4万2千人を…今度も最初の一人から助けます”
その翌日、突然砲声が鳴り止んだ。
そのチャンスを逃さず助けに行きました。兵士でさえ危険で立ち寄れない所にいた子ども達は
助かりました。
“計画は一切たてません。現場に行き、そこで何が一番必要かを考えるのです”


“苦しみが私達の生活に訪れて来る時、微笑をもって受け入れましょう。神が送り給う
すべて、求め給うすべてをほほえみながら受け入れる勇気は、神からの最も偉大な賜
物と言えます”“悲しみに暮れている人にほほえみかけ、短時間でも淋しい人を訪れて
慰め、雨にぬれている人に傘を差しかけ、目の不自由な人の代わりに読んであげる事
、こういうことはみんな、小さい。本当に小さい事です。でもこのような貧しい人々への
具体的な行為こそが、私達の神に対する愛の表れなのです”

*マザー・テレサの言葉は 太字 としています。それ以外の文章は月のピンクが編集しました*


①「マザー・テレサ 愛と祈りの言葉」-マザー・テレサ- 
ホセ・ルイス・ゴンザレス・バラド編+渡辺 和子訳 PHP研究所
②「マザー・テレサ あふれる愛」
沖 守弘 著  講談社

◆◇もっと具体的に「神の愛の宣教者会」の活動を知りたい方は
Mother House in Calcutta で詳しく知る事が出来ます。◇◆



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