つながる☆たまごの広場

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オバちゃん感覚(Hate!!!!!)


ちょうど中高年の方と話す機会が多いので感じることなのかもしれませんが。
また、自分が親になってみて思うことなのでしょうが・・・。

・・・・・・★

電話で話す時に、顔も見たことの無い、初対面の相手であるに関わらず、
敬語も言葉遣いもまともに出来ない人は老若男女、問わず勘弁したい。
でもこれ、オバちゃんに多いんよね。
「あ、もしもし、私○○なんですけれど、こないならへんか?え?私は○○しか都合あかんからどないかならへんの~??」
って。。。
幾ら関西弁でも、もう少し、まともに話せへんのかいな。
どこでも、かしこでも、ご近所で良く話してるオバちゃん感覚で話さないで欲しい。

私の事、しつこく「あんた」「あんた」って言うけれど、
私にはちゃんと名前があるし、あなたも知ってるやろ~??

私は「あんた」っていう言い方が、言い方によっては好きじゃない。
因みに自分の夫を「旦那」って言うのも好きじゃない(他人がどう言うかはおいといて)。

夫がコンピューター系の仕事をしている、というと、
大抵の人は「パソコン」と「コンピュータ」と「インターネット」の区別が付いてない。
ましてや「ハード」と「ソフト」の違いすらも。
「お宅の旦那さん、パソコンの工場に勤めてるねんって?」ってねぇ・・・
違うんですよ。ねえ(~_~;)
あまりにも、解釈や世界が狭すぎてワタシ、付いてけません(泣)。

確かにPCはご年輩の方にはちょっと分かり辛いかもしれません。
逆に、若輩の私達には知らない事を沢山ご存知の先輩方には敬服します。
・・・しかしですよ、それもなくて、傍若無人の如く振舞われても、
こちらとしてはもう、焦点を合わせ様が無く、尊敬も出来なければ
一緒にいても疲れるのですよ。

足の不自由な方や、お腹の大きい妊婦さんを見ても平気でどついて座席に座るオバちゃん、
子供が居るのに平気でくわえ煙草出来るオッちゃん、
こういう人たち、周りが見えて無さ過ぎだと思います。

おまけに会話も脈略の無い事ばかり。
「ワタシがこうしたいから」「私がこう思ったのに」 、
そう、視点は全部「自分wide」。
世の中の水準とか現状とか、客観的な視点とか、 皆無 です。(ーー;)
話しているのを聞いていると本当にぶったまげます。
「いや、だってそれは、平均でしょ」とか、
「相手もこうこう、こうだったんじゃないのかね」って言っても、聞く耳持ちません。
もー、聞き流すしか無いし、聞き流せなかったら出来るだけ接触を持たないに限ります。

でも、あんまり近い存在だったり、聞き流しては話が進まない場合は本当に
イライラします。
社会的な会話力とか、思考力が無い訳で、何ぼ話しても融通は利かないし、
客観的に、前向きに話が出来ないのだから、全然先に進みません。
文句は言うけれど、自分一人で何か出来る訳ではないし。
「どーしろっちゅーねん」って怒る事、しばしばです(>_<)

どうして、こうなったんでしょうかね。
もう少し、周りを読みませんか?
その人の職業、プロフェッショナルは何か、得意な事/苦手な事は何か、
(例えば相手がプロとしてやっている事に、素人が知ったかぶりして話すのもかなり迷惑でしょうし、
相手の興味の無い事を延々と話しても会話ではないでしょう)
どうして、最近「空気の読めない人」が増えてるのかしら。


ウチの母はかなり変人の部類に入りますが、「オバタリアン」ではないので、
はっきり言って非常に理解に苦しみます。

そうやって人を嫌うのは嫌だなぁ、寛容になりたいなぁ、とは思っても、
やっぱり自分の感性や主義と合わない人をそう穏やかに見れず・・・。
正直、自分も歳とってああなるのかなぁと思うと、今から鍛えておかなくちゃなぁ、
少しでも輝いていなくちゃなぁ、と背筋が寒くなる思いです。

ある程度の歳になって、話してる事が、あんな感じだったらやっぱり淋しいし、
私には耐えられないので・・・。
人の噂とか、お金の話とか、愚痴とか、自分のイタイイタイ、ばかりじゃなくて、
出来たら趣味の話とか、輝いている人の話とか、芸術とか、おしゃれとか、
そういう明るい話を幾つになっても大切にしたいし、話せるようにしたい。
じゃないとスヌっちだって、私から去っていくでしょう。
娘・嫁にとっては、母親は幾つになっても女性には変わりないから、
不細工な女になれば、嫌悪すると思います。
私が母を今も慕っているのは、母が女性として、妻として、社会(仕事)人として、輝いてるからです。
ただ歳を取って、そつなく母と妻の仕事をこなしているだけ、というのは
私には耐えられないんです。
そんな私は欲張りで、贅沢だと思います。
でも、ウツになってみても、結局はそういう風にしか自分をシフトできないというのも最近思います。
ただ、家の中でじっとしていて、家庭外の社会的責任を課される事無く、感じる事無く鈍く生きていくのなら、
私は死んでしまったほうが良いと今でも思っています。

「貧すれば、鈍する」
とは言いますが、私は今、鈍くならないだけの金銭があればいいと思っています。
それが一番の贅沢かな。


2004年7月30日@かなり駄弁りモードで(推敲無し)

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