~たけまま懸賞日記~

~たけまま懸賞日記~

2015年01月17日
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カテゴリ: 毎日日記
さきほど、黙とうの時間でした。

そうです、阪神震災から20年
あの日も寒い朝でした。
何故かあの日は
パパさんは仕事でいなくて
私一人朝早く起きていた日でした。

朝6時からのテレビで
まだ何が起きたか詳細が分からず
「神戸で震度6」というのを見て驚いたのと

ちょうど神戸にいた弟が
前日に仙台に帰ってきていたので
ほっとした思いが思い出されます。

その後は映像で
沢山悲惨な様子が映し出されて
本当におどろき、胸を痛めました。

あとからいろいろわかったのですが
弟のいたマンションは倒壊しました。
神戸の方はわかると思いますが
長田の近く、大開駅の近くでしたから

あの時の震災は

大きさだったと思います。

でも、震災から2週間もしないうちに
また仕事で神戸に行くことになった弟
それも、半年ほど・・住むところもだけど
物資がないので、何度も送っても届きにくくて・・

今度は中型バイクをもっていったりと
家族としてサポートは大変でした。


あれから、私たちも東日本大震災を経験したが
神戸の震災の大変さを
生活しながら身をもって体験している
弟の対応は本当に見事なものでした。

あの日は札幌に出張で
ちょうど仙台に帰ってくるという日
千歳空港に向かうときだったようです。

東日本大震災は長い揺れのあと
私に電話が入ったのですが
ちようど学校に子供を迎えにいき
グランドで待ちながら
通信が遮断され、みんなで状況がつかめない中
みんなが電話がつながらない中
私は札幌からの電話はずぅぅとつながり
「仙台空港に津波がきているから、空港が閉鎖だ」と
いろいろ情報が弟から細かな話を話して
周りにいたみんなと一緒に
状況が信じられない気持でした。

そのときに、いろいろ神戸の事を思い出しました。
弟に「取り急ぎ、現金を多めにおろしてきてほしい。」と頼みました。
というのも、様々な物資を買うのに値段がどうなるか
わからないのと、電気がないですからレジなど使えませんからね。
その後、新潟空港に飛んで
レンタカーを借りて仙台に来た弟は
様々な物資をもって来てくれました。
その時に「お友達とかに分けてあげな」と
やはり、神戸の時に経験は私たちにとって大きかった。

おかげさまで、
自分でいうのもなんですが
ある意味個人炊き出しみたいなところありましたから
ママ友たちにも「この非常時に、たけままのところは何も手に入らないのはないの」
と言われましたが、あの阪神震災の体験があったからこそ
私たちは出来たのだなぁと思いました。


時間が過ぎても悲しみは変わらないが
生きている人達は、やはり前に進まなくちゃいけない。
さまざまな自然の災害は、
私たちにいろいろなことを
学ぶことを、感じることを、試練として
試しているような気がしている。

今回の震災を区切りと云うより
忘れないと思う方が大切だと思いました。









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最終更新日  2015年01月17日 06時33分37秒
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