☆ ☆ SARRYの「ありがとう」日記 ☆ ☆

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観察者がいるから現象が生じてくる


存在するとは、普遍に存在するというより、
観察者が作り出しているというロマンティックな考え方です。

自分の中には様々な要素があります。
男女の別で考えると、自身の男女の部分が見えてきますし
年収で考えると、年収のような一面が浮き上がって見えてきます。

そして、着目していない他の部分の自分は存在していないとも言えるわけです。

赤にしかシフトしない意識で外を歩けば、
赤以外の色は見えなくなります。

他の色をたとえ見ていたとしてもその人には他の色は存在しないのです。

お金がすべてだと思っている人にとっては、
この世はお金しかありません。

この世が悪魔の世であると思っていれば、
出会うものが悪魔的なものばかりになりますし、
この世は良いひとだらけだ、、、と思えば、
良い人ばかりと出会うようになります。

それは、意識の方向性の問題であると同時に、
意識が実は現実を作っているのではないかということでもあります。

素粒子が観察者が現れると同時に動き出すようなものです。

遠くの景色をクローズアップすれば動いている人々が見えてくるように、
クローズアップしなければ、もしかしたら、
人も車も動いていないのかもしれません。見たから、現実が作られる、、、、


意識したから、現実が作られる、、、
観察者がいるから現象が生じてくる、、、
ということは、私たちは実は創造者であるということにもなります。

自分の人生が暗い、つまらない、不幸だと嘆く人は大勢います。
誰にも24色のクレパスが与えられているのに、
黒や茶しか使わずに絵をかいたら、
暗くなるのと同じことです。

意図すること、何を思い、どこに関心を向けるか、、、
それが未来をつくる原則となっているわけです。

マドマーゼル愛先生の動画より
https://www.youtube.com/watch?v=IVpKHBN5RjM

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