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新しいCDを手に入れた。いつくかの思いが盛り込まれていてそこに自分を重ねてみる。フレーズの端っこに見え隠れする思い出まるで見透かされているみたいに。どんな誰にも。当てはまる風景がいっぱいあって、同じような思いを経験している。それでもドラマは人の数だけ。歌を歌った数だけ。歌を聞いた分だけ。
June 29, 2010
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思いだしていた。ものすごく昔の恋を。昼休み、職場の女の子と話し込んでいた。話してるうちに頭の中の開かずの引き出しを久しぶりに開けてみたら埃にまみれて昔のキモチまでしまってあった。残っているものを手掛かりに記憶をたどる。どうしようもないこのキモチに形はない。切なさだけはちゃんとその時のままお湯をかけなくても戻ってきた。今はもう経験することのない懐かしい痛みさえも大切に思える。
June 28, 2010
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中学の日曜参観でした。「ちょっと面倒だな」と思いつつも必ず出席します。そして、いつも「来てよかった」と思います。家では見れない外向きの顔。我が家では一番末っ子でもちろん年下。なのに部活では多くの下級生たちをひきつれている。くすぐったくて(^-^)そして、感動がおまけについてくる。
June 27, 2010
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一緒にプロジェクトを組ませていただいてる吉本興業さんの招待を受けて寄席に行ってきました。寄席なんて初めてでしたがとても面白かったです。以前、一緒にお仕事させていただいたご縁があって(私は芸人ではありません・・)桂三風さん贔屓なのですが、三風さんの創作落語は大変おもしろかったです。 夫婦ネタだったのですが、なかなか身近な話題が落語になるとはひとつのドラマを見ているようで笑いあり、ほろりありで私と同年代の吉本関係者の方も私と同じリアクションで一緒に深く頷いて聞いていました。桂染丸さんは有名な古典落語だったのですが、その情景が目の前に繰り広げられているような身体をめいっぱい使った「すごい」落語でした。何もかもがビジュアルでましてや3Dなどがあふれる時代。それはすごく大切な進化ではあるけれど、こうして「話」を聞くことで想像力をふくらますことは今こそ必要なんじゃないかと思いながらお疲れ会に参加していました。
June 26, 2010
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午前3時半。試合が始まったばかりだった。起きた甲斐があった試合運び。見ていてキモチのいい試合だった。見てるうちに、だんだん夜が明けてきた。 空が青くなりそれが紫にそれが赤になり。夜が明けた。ピッチに立つ選手には4方向からライトが当たってみんな影が4つ出来ていた。いろんな思いを背負って抱えて担ってピッチに立つ彼らにも4方向の思い。終わった選手が言っていた。「球際まで絶対負けていなかった」その気持ちが心強かった。スタープレイヤーに頼るチームではなくそれぞれの役割に徹底したひとつの勝ちに掛ける皆の思いが繋がった勝利。その勝ち方がとても嬉しくてきもちがいい。「絶対負けていなかった」そう言い切れること全力を惜しみなく出しつくすことそれが呼び込むものは必ずあると思う。ブブゼラ(?)の音がひどくて声が通らない分、ゼスチャーを繋いでお互いの意思を必要以上に呼び合うことが気持ちを繋ぎ強くしたと。全ては思うことから。思いが勝利に。
June 25, 2010
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買い物袋を両手に抱え自宅マンションのエレベーターを降りると梅雨時には珍しく、鮮やかな空が広がっていた。 ふと見上げた空にきらっと光るものをほんの数秒見ることができた。光った後、姿を現し、すうっと消えてなくなった。雲の中に姿を消したのは多分旅客機。私の居る位置へ反射の光が届くタイミングとその距離を思うとうれしい気分になった。占いの最下位は間違っていた。そして、いつの間にか夏至が過ぎていたことに気付いてしまった。一年で一番日が長い日。実はお日さまの位置は冬へ向かっていることを。
June 24, 2010
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オフィスを出て見上げた空には白い月が出ていた。お買いものをしてお店をでたら、もう、ほんのり光る月。色んな事が立て続けに起こるたまたまタイミングの悪いことが。出逢いやめぐり合わせもタイミングいいことじゃないことに出逢うのも正にタイミング出逢ったら。その出逢いにも何かのメッセージがあるかもしれない、掘り下げて。どうせやってくるのなら、こちらから迎えに行こう。掘り起こす勢いで。じゃあ耕して耕したら、花が咲き実が出来る。じゃ、その出逢いもまんざらではなくなって。ハプニングも積極的に受け入れていこう。
June 22, 2010
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仕事で訪れた京町屋に3つにならない女の子が居た。そのお母さんに探し物を頼んだため、一緒に待っていた。しゃがみ込んで同じ目線で話しかけると少し様子をうかがってからお話をしてくれた。手を差し出すとそのちっちゃな手を繋いでくれた。手を繋いでお母さんを待っていた。ほんの十数年前にはこれは私にとって日常だった。何年も続く生活だった。こんなにちっちゃくてこんなにかわいかったのかと改めて思う。その頃の私には、そんな気持ちの余裕が無かったのかもしれない。この無防備な小ささに触れることで生まれる優しい気持ちを。間もなくお母さんが戻ってきてまだ見つからない探し物ごっこが始まった。たった2つでも役割を言い渡されると俄然、張り切りだして一生懸命探し始めてちょっと楽しかった。「今日」だけの出来事。今、目の前にあることを十分楽しみながらいこう。もう、ここには戻れないし戻っても誰もいないのだから。
June 21, 2010
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突然の雨に洗濯物を出したり、入れたりの忙しい一日でした。雨が向こうの山で降っているのがわかります。それがこちらに間もなく来るということも。風が雨を運んでくる。見えない風の存在は不思議で何かを動かすことでその存在を感じるのか。それとも肌に触れる感覚が髪を揺らす見えないけれどそこを通った存在が感じさせるのか。その例はほかになく捉えようとする人がいて始めてその存在が認識される。認識しようとするその意識がなければそれはそこに見えないけれど存在しているものとしてあり続けるしかなくてそれは時として温度も持っていて他にはない。見えないけどあるもの。いや、他にもあった。見えないけどあるもの。お気づきですか。
June 20, 2010
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すごい雨の中、ワイパーをフル稼働で車を走らせる。主人を迎えに。車の運転は好き。この自分だけの空間で好きな曲をめいっぱい聴くことも楽しみ。五条通りのスタバの前で車を停めたハザードを焚いて。ワイパーを止めて。ボリュームをあげて。暗がりのこっちから見える店内は楽しそうな週末の夜でにぎわっていた。 ハンドルを両手で抱えフロントガラスから空を見上げた。雨の筋が次から次から流れてくる。絶え間なく。それがとても気持ちよかった。代弁者のようで。そういえば、昨日見たドラマで、私と同い年くらいの女優さんが大声で泣いていた。子供みたいに。不意にやってきた感情が彼女を泣かせるというこのシーンがこのドラマでは私の一番だった。そして、羨ましかった。なりふり構わず、大声を張り上げて泣けることが。そんな風に泣いた事はどれくらい前だろう。記憶の中に見つからない。そんな思いに替わるようなこのすごい雨が嬉しかった。何も考えず、空を見上げていた。fesでなら、泣けるかな。そろそろ充電が切れるかもしれない。切れる前に充電に行けますように。
June 18, 2010
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「蹴鞠の神様」白峰神社は私の職場からほど近く。新聞にステンドグラスで出来たサッカーボールが寄贈されたとあったので覗いてきました。 とてもきれいでした。ガラスなのにほんとにボールみたいで。境内には会社員とみられる男性と現場帰りとみられるお兄さんとがそれぞれ単独で参られているのが対照的で。でも、そうさせてしまう思いの試合なのかもしれない。次のオランダ戦。 皆の思いが絵馬として奉納されていました。今、W杯の中継に解説者としてTVに立つ方々は私と同年代。現役時代の活躍は一番サッカーの思いが日本で盛り上がっていた時代。楽しかった、サッカー観戦。これを機にまた、あのころみたいに盛り上がればいいのに。人は、思いを託せるものを探しているのかもしれない。夢中になって応援して元気をもらっている。カメルーン戦の後の街灯インタビューに多くあった声のように自分の思いを乗せることで必死で応援をする。一喜一憂しながら勝った時の喜びはひとしお。どうぞ、日本に力をこの試合を観戦する学生団体企画にてチャリティーに結び付けるイベントを知り合いの学生が全国を繋いでやっています。↓http://sivio.jp/blog/2010/06/619-love-chari-campus-world.html
June 17, 2010
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黒いジャケットを着て出かけた。昔から、黒の衣類には、なにか特別な香りがする。気のせいではないのだと思うのだけど、どれにも共通する香り。黒い色の染料だろうか、身につけたとき無意識の中に黒を根付かせるその香りに背筋を引っ張られ街じゅうに漂う白の香りに挑む。
June 16, 2010
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梅田に向かう夕方の電車から見る景色は、梅雨の雨に色を失くしていた。色とりどりの世界は大きな自然のデータを上書きすることができず単色の世界のままますます雨はひどくて。電車のつり下げ広告に大きく「人づくり」とでていた。日常的に出てくるキーワードなのだけれど改めて思う。「人」を作ること。「人」は作らなければならない時代になってしまったのか。自力で育てないなら苗は枯れてしまう実はおろか、本葉さえも開くことなく。過保護にせず必要なだけの強さを持ちうる事自分で見つけなければ見えないものはどうして見せることができるのだろうか。心の目を開いてよく見て欲しい。今、自分が見つけなければならないそのアイテムはどうしたら手に入るのか。もがきながら。この景色の色を探して。
June 15, 2010
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こうして会うのはいつぶりからか思いだせないくらい、それくらい久しぶりなのに、教室にいるみたいにさっき、HRだったみたいに普通に話せる。同級生ってなんでこんなに近いんだろう。四半世紀も超えてきたのに。まるでさっきの出来事みたいに。躊躇せずどんなことも突っ込める。みんないつの間にかお父さんでお母さんで。懐かしいあだ名が飛び交う。このテーブルに流れる時間は他の人からは見えない色に染まってる。皆で一緒に過ごしたのはたった1年間だけなのにこんな風に会える仲間がいることが宝物。それぞれの暮らしを生き今日はここに集いそしてまた戻ってく。それでも途切れることなくずぅっとどこかで誰かと誰かがつながってそれが皆をつなげる。それは一生。一生という意味は生きると言う言葉は高校生の頃はわからなかった今は少しだけわかる。その短い時間の過ごし方を支えるものの大切さをひとりではないことを時間は飛び越えることができることを。
June 13, 2010
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今朝、朝刊を取りに行って小見出しに見つけた旧友の名前。マンションのエレベータのボタンを押してすぐに紙面を広げた。「ブータンのサッカー代表監督に就任!」相変わらず、やるなぁ。小学校から高校まで一緒で、高校3年生で初めて同じクラスになった。そのクラスがすごい仲良しで本当に充実した時を過ごした。クラスで取り組んだ行事がひとつひとつしっかり記憶にある。卒業が寂しくて、大人数で旅行に出かけた。一番の出世頭の彼が早稲田に進学し、上京する時は皆で京都駅まで見送りに行った程。東京は遠かった。Jリーグが開幕し、テレビ画面を通じて活躍を見ることができた。何か大きな活躍を見つけるたびにメールで拍手した。一番最近は、神戸で監督代行でカズを起用してチームを勝利に導いた時。何年前だっけ?そう思いながら「すごい!」メールをいつものようにアドレスが変わっていないことを願い送信ボタンを押した。「ありがとう!」早すぎる返信にびっくりした。京都にはあと2日滞在の予定との事壮行会だらけの予定をぬって結局、明日会える事になった。そこから、連絡のつく仲間集め。こんな理由が無ければ、連絡を取ることもない年賀状のケーブルをたどって。久しぶりに聞く友人たちの声は姿を見ない分(笑)余計に、リアルにそのままで25年前に引き戻される感覚だった。他の話の伏線も走り始め錆びた鉄道が動き出すようにネットワークがシプナスみたいにつながっていく。皆どこかで同じだけの時を過ごし、色んな事を乗り越えてきて今を会う事が出来る。昔の絆は古びない時を繋ぐ。
June 12, 2010
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そのクリックひとつその一歩がなかなか踏み出せない。解き放せば、それはとても簡単なことで脱ぎ放せないのは自分の殻昨年はこの曲が好きじゃなかった。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・明日のOh Yes Yesの為のベスト その瞬間は今です たった今です取り返しなんて多分つくはずなんです。明日のOh Yes Yesの為のベスト その瞬間は今です たった今ですやるかやらないかのちょっとした違いです昨日のOh No は明日のYes 変えるのは君なのです 君なのですコケるのは何度だってかまわないのです昨日のOh No は明日のYes 変えるのは君なのです 君なのです最後に笑っていればそれでいいのです 昨日のNo,明日のYes by GAKU-MC ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・だけど、今はそうじゃない。これは明らかに自分の変った部分。やるかやらないかのちょっとした違い。ちょっとしか違わなかったらやってみようと思える。Yesの為のベスト その瞬間は今。タイミングひとつで人生が変わることをいくつも見てきた。「瞬間」がすべて。臆病ではなかったけれどこうであらなければならない自分に縛り付けられていた。背中を押してくれたのは子供たちお互いを個として認めあえるようになった。この曲が好きになったのは心境の変化。じゃぁ踏み出してみよう。せーの!!
June 11, 2010
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信号待ちに歩道に目をやるとガレージの端っこに作られた花壇に背の高いグラジオラスが色とりどりに風に揺れていた。グラジオラスは嫌いだった。子供の頃、生家の小さな借家の向かい、大家さんの花壇に赤いグラジオラスがたくさん植わっていた。あの大きさがどうも可憐な「花」のイメージから遠くまた、その赤が自分の上から見下ろされている感がどうも苦手だった。ちっともきれいじゃない。あれは花じゃない。そんな印象を刻んだ花だった。今日は、そのイメージは過去のものとして懐かしく思うだけだった。目線の先にあるグラジオラスを素敵だと思った。コンクリートの敷き詰められた駐車場に風にそよぐグラジオラスは優しかった。大人になったかな。時間を経るという事はいくつかの経験値を重ねあわせている。ミルフィーユみたいに。その層の隙間には余分ではない必要なだけのゆとりが組み込まれている。ゆとりも大切な味の要素でその隙間が無ければ詰まりすぎてしまう。グラジオラスを離れた目線で眺めることが出来るようになったのは必要なだけのゆとりが心のたゆみとなりその存在を認められることができるのかもしれない。グラジオラスに敵対することなく(笑)優しい気持ちで。
June 10, 2010
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あなたはどのくらい幸せですか?そんな問いかけに会ったら、どう答えるだろう。夕方のニュースで取り上げられていたGross National HappinessつまりGNH。。。国民総幸福感と言うものを測るアンケートが行われているとか。10を満点として、意識調査を行ったところ、1位は滋賀県、京都府は22位とのこと。漠然と、幸せですか?と尋ねられたら。一緒にテレビを見ていた次女は7.2と言っていた。じゃぁ、お母さんは?う~ん。毎日、楽しいと言う事は幸せなのかなぁ。でも満点にしたら、成長が見込めないから、のびしろを取りおいて9にしておこうか・・・そんな話をしていた。菅総理が仰っていた「最小不幸社会」その定義もあいまいだけれど。日々の中で「幸せ」と思える瞬間はいくつもある。それが私が「幸せ」だと言う事に繋がるのだろうか。たくさん「幸せ」を持っていてもそうじゃない部分も多々あって、そのどうしようもない部分は「幸せ」の思いで覆ってもいいのだろうか。隠してしまいたくない事実は事実で受け止めていたい。それが帳消しになるわけでもなく。ただ、声をかけても大丈夫という領域で賜りました。人の思いを測ると言う事はなかなか難しいけれど、モノの豊かな時代そんな風に測ることも要求することの必要性がちょっと悲しい思いです。
June 9, 2010
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冷えた缶ビールを手にベランダで夜空を見上げた。空には星も月もない。ただ真っ黒ではないなんだか言いようのない雲が、暗がりの中にどうして雲とわかるのかわからないけれどたしかに雲が敷き詰められている。月はそこにあるはずなのに星も変わらず居るはずなのに見えないのはこちら側の原因。遮る雲のせい。どんなことも見ようとしなければ視界にあったとしてもそれは見えない、響かない。遠いものでも意識をすれば不思議とそれがピックアップされる。心の目は自由自在に見るものを選ぶ。500mlの缶ビールは3分の1の冷たさになってようやく飲んだ意味を果たし始め、まだ見えない月を思う。見えるものだけが事実ではなく見えない向こうを思う想像力を無くさないで欲しい。思う力が見えないものをも見せてくれる。うちなるココロの広がりは果てが無く思いが事実を超えてゆくこともある。先日見た、強烈なはずの夢が思い出せない。月が無くても星が無くても夜は暮れ、朝が明ける。全てが見えないからこそ人生は面白いものだし何処かの可能性を信じてみたくなる。そこに夢や希望が生まれ人は生きてゆける。限られた人生は手探りの中で、全力を尽くし切りたいと思う。星の王子さまが言ったようにいちばん大切なことは目に見えない。見えないからこそ取りとめのない不安定さを確かめるように大切に出来るのかもしれない。それが生きている意味のひとつ。安易ではなく全力疾走で。
June 7, 2010
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日曜日の朝はお香の香りに少しだけcoffeeの香りがかぶる日曜と言えども、主人は出勤、子供たちも部活や試合や模擬テストとなんだかんだと言いながら皆、朝から出かけるので休みの朝寝は憧れのまま。その分、朝の時間は貴重でとても大切に過ごす。一週間の楽しみ。ゆっくりと新聞を読み込み一日の予定を考えてcoffeeを飲む。至福のとき。小さな小さな幸せだけど小さな事を大切にしたい。何でもない事が愛おしく思えるその事実自体をしあわせに思う。さぁ、一週間のはじまり。今週はどんな面白い事が起こるんだろう。
June 6, 2010
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関係機関が出展している為国際会議場へ向かった。 久しぶりに走る北山通は緑が重く生い茂っている。中央分離帯では雑草の刈り込みが行われ窓を開けていなくても緑の匂いが暫く車内に充満していた。学校が休みの土曜だけあって、小学生くらいの子供たちがさまざまなスポーツのユニホームを身にまとい親御さんたちに送り届けられている。懐かしかった。数年前までは、私もそっち側でこの季節はたしか、サッカー少年たちとカップ戦の頃。そう、この緑の匂いの中。今や、ひとりでこうして出かけられるところまでたどり着いた事ほんとに嬉しい。そうやって順番に役割はまわってくる。会場では、私より一回り下の素敵な女性がブースに詰めてくれていた。ちょっと会わないとまたきれいになった様な気がした。私と彼女の間には私が子育てしてきた十数年が横たわってる。他のブースには私のちょっと先の役割の方がいらした。私のちょっと先の位置づけは難しい大きく分かれる。こんな休みの土曜も右の道と左の道では過ごし方が大きく違う。私は今日、ここに居れる立ち位置でいたいと思う。緊張感を持ち続けたい。いくつになっても。今日は高い方のヒールを履いた。20年前のコロナクーペのCMを思い出した。
June 5, 2010
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ap bank fes '10 vege-reso を始めて地面から離れていることに改めて気がついて、毎日触れる土の匂いに癒されている。小さな芽吹きのちからは幼い小学校一年生の朝顔の成長の思い出がダブるものの大人になって思う事は芽吹きの力強さしんどいことを乗り越えていく成長選別の厳しさ人の人生をもダブらされた大変な役割も担わされてる。vege-resoよりずっと先に我が家に来ていたのにちょっとだけ忘れていたガジュマルの木を今日は日向ぼっこに出してあげた。 ガジュマルの木には沖縄では妖精が宿る木だと言われているとか。確かにどれも変わった幹をしているけれどここにも妖精がいるとしたらきっとかなり辛抱強い妖精かもしれない。遙か10階の天空(笑;)に育つこの植物たち。地面は遠いけれど、静かな力強さを分けて欲しい。深夜1時。目線に月が昇って来た。
June 5, 2010
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地域コミュニティFM局の収録に行ってきました。今、私が所属している団体が立ち上げた事業をある番組で紹介してもらうため。コミュニティFMとはいえ、ラジオに出演するという経験はもちろん初めて。ヘッドホンからミキサーさんの声で指示が来る。自分の声が頭の上から降ってくる。曲の合間にアドバイスが来る。画面に時間のカウントが出ている。マイクが小さな音も拾う。こんなんなんだぁ。ラジオを放送するって。緊張よりも好奇心が湧いてくる。20分の持ち時間はあと言う間に過ぎてしまった。自分の知らない世界を垣間見ると言うのは、普通なら経験できなかった事を経験できると言うのは、集めているわけではないんだけれど、新しいアイテムを不意に手に入れたみたいでとっても嬉しい。単純だけど、そうなるとまた欲が出る。今度はどんな新しい事をしようかどんな面白い事をしようか未経験の事を開拓しよう。好奇心のアンテナをめいっぱい広げているときっと意外な出来事がひっかかってくると思う。チャンスを見落とさないように躊躇してる暇はない。人生は短い。今しかないことを精一杯笑顔で受け止めよう。
June 3, 2010
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長女は今、はまっている「エバンゲリオン」のTシャツを着て喜んでいる。幸せな気持ちで眠れるそうだ。私は、「明日のFMの収録に使うから 好きな曲のCDを持ってきて」と上司からメールが来たので、早速、迷うことを楽しみ始めた。人は、本当に小さな事で幸せになれる。特に「私は」かもしれないけど。さっき出てたお月さまが赤くてきれいだったので、今日、買ってきたワインを開けた。一日のうち、心が笑っている時間はとても多いと思う。特に「私は」かもしれないけど。楽しい事も面白い事も幸せな事もいっぱい転がってる。そこらじゅうに。たくさんありすぎて拾うのにもっと時間が欲しい。24時間では短すぎる。特に「私は」かもしれないけど。よく探して。必ずどこにでもあると思うよ。
June 2, 2010
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彼女は次の恋愛に躊躇している。次のステップは結婚ということがちらつくという。素敵であるはずのその響きに圧迫されてその一歩が踏み出せない。その一歩を踏み出すには勇気がいるのだろうか。恋愛はそう考えて歩きだすものだったかと少し昔を(!)思い出してみた。恋愛はするものではなく、してしまうもの。意思の領域ではなくて。自分ではコントロールできない思い。考えてる暇もないくらい。私の考えは時代を超えないのだろうか。助走はなくていきなり始まるのが常。それは単純なきっかけでもそれが運命条件や背景や未来なんか関係なく始まってしまうし、描いていた風景や想像してた道筋通りにはいかない。かつてそうであったように思う(笑)彼女にアドバイスなんてなくてただ自分にちゃんと向き合って心が呼ぶ人に正直でいればいいとそんな話をしたりしていた。考えと思いは違うし優しさと思いやりは違う寂しさと恋を引き換えにしてはいけない。
June 1, 2010
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