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私のことを可愛がって下さるその先生は、私が思うに及ばない経験とキャリアをお持ちでなのに申し訳ないくらい気さくにお話をさせていただく。久しぶりにofficeに立ち寄られて近況を聞いてくださった。御年配なのに、いつもお元気でニコニコされているお姿に私は元気をもらう。恐縮するくらい、ありがたい言葉をいただいてがんばろうと仰って下さる。「頑張って」と言っていただけること「頑張ろう」と言っていただけることどうして、今日、そんなに嬉しかったかわかった。ずっと緊張感を保ち続けていたことすら気付かなくて、ようやく着地した気がする。明日から10月。もうひと山登る。きっと頑張れる。たくさんの方に力をいただいているから。がんばろう。
September 30, 2010
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娘の文化祭での日頃の成果発表の展示がされていました。国語の展示物で、自分で作った短歌の展示がありました。娘は恋心を詠っていました。近づく未来を込めたその唄はさわやかに秋風に揺れていました。
September 29, 2010
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講演やセミナーをいくつか聞いていると本当に面白い講演、色々なところに登場されている方であっても伝わってこない講演など壇上に立つ人もそれぞれいらしゃる。少しだけ、そんな風に聞き分けができてきた私はもっと聞く耳を養いたいと、国立大学の先生方が本学へいらしてお話をされる会議があると聞き、端っこで聞かせていただくことにした。しかし、生憎、今日は娘の合唱コンクール。娘の出番が終わって急いで会議室へ向かった。そぉっと開けた重い扉。ズラリと並ばれた先生方。思っていた展開ではなく、私の所属する部署に対しての質問が続いている場面だった。本学の中でも1、2を争うスペシャルな会議室。大きな円卓に並んだ卓上名札には難しい肩書がずらり。こっそり、staff席に着いた。質問が前に坐った上司に向かっていた。ら、それは私の取り組むプロジェクトのものだった。マイクが回ってきた。名札も、名簿にも名前が無い私に。このプロジェクトに関して答えられるのは私しかなく、いつの間にかマイクを握って喋っていた。それからいくつも質問が続き、国立大学の先生方23人を前にマイクは暫く私の元にありました。聞く耳を養いに行ったのだけれど、話し方を勉強しに向かう事になるとは・・講演じゃないけれど、伝えたいことは伝わったか反省しきりの会議の参加になりました。もっと話せるように日々、情報収集と勉強です。
September 28, 2010
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今日の座談会で「あなたはどうしてこの時間、 ここでこうしていますか?」と皆に向けて問われた。その中で多かったのがやっぱり何かのご縁で誰かのつながりでここにこうしていると言うこと。そしたら、問われた方が、その皆さんが何かのご縁で・・っていう時声のトーンが下がるように感じたとおっしゃいました。その自分以外の意志が働いたときその重さを人は感じる。だから、その重みを確かめ、受け取るようなことが無意識にはたらくのではないかと。そうかもしれない。自分の力だけでは生きては行けないし、皆、お互いにお互いを思う時その重みを抱きしめる様なそんな話し方を少なくとも自分はしている。歌を心をこめて歌うように。お話って内容も大切だけどそんな風に思いを胸に沈めてから口することも大切なことだと改めて思った。
September 27, 2010
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ベランダにめいっぱい伸びたキュウリとゴーヤをごめんねと思いながら片づけた。この夏、暑い夏に太陽へ空へと伸びた葉は行き場をなくして後戻りもできずただ、そこに立ち尽くしていたから少し辛い思いで引き抜いた。地表の乾いた土でなくその生きた根っこの掴んでいた土は優しい色をして香る。秋のおいも掘りの土の匂いと緑の生の匂い。いつかはこうして、最期を整理する時がやってくる。冬に向けて。暑い夏だったけど色んな事を思った夏でそれがもう終わったことをこうしてひとつづつの片づけをしながら自分に認識をさせる。もう、右手にアカギレができてきた。お湯なんて使っていないのに。ちゃんと冬は来る準備をしている。今年は秋が短いと言う本当にそんな気がしてきた。
September 26, 2010
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財布の中から忘れてたお守りを見つけた。ここに入れた事、いつから記憶に無くしてしまったんだろう。願いが叶うと有名なお寺のそのお守りを手に入れた2つ目のもの。ひとつ目は、願いが叶って、確か返した。その次の願い、このお守りに掛けた願を思い出せない。なんていい加減な願いだったんだろう。忘れるなんて。手掛かりは、その思いは叶わなかったという事。手にしたのはもう、3年ほど前のこと。時間の元をたぐるとき音でも匂いでもない視覚でない五感ではない感覚の記憶が胸のあたりをざわつかせる。取りとめのない想いがその時間の感覚を探しに動く。そしてどこからかその次元へ心を引き戻す。そのお寺の風景がよみがえりお線香の匂い嗅覚ではない感覚が働く。頼りたいキモチだけを残った押し花の繊維みたいに透き通ったぬけがらにみつける。そのときの私が願った未来に近づいているだろうかたぶん、そこときに願った未来はもっと単純な幸せを欲しがっていた。今、ここにいる私を思うときはっと我に帰る。足元を見て、ちゃんと立っているかどうか。自分の居場所を。私はここに居てもいいのか。想像さえもできない場所。場所はどこでもいいただ、自分に胸を張って生きていれたら過去の自分にも未来の自分にも自慢出来る姿勢でいればそれがきっとあの時願った未来。
September 25, 2010
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マンションに住んでいて本当に良かったと思えることは手に入る空が広いこと。今朝は5時から始まって次女とながめていました。大阪に警報が出るほどの雨だったせいか重い雲が西に見えた。夕方は、長女と眺めた。空の地割れを境に空と海が反対にも見える。(もちろん、ここから海は見えないけれど)sorato 自然は不思議。光はこの重い雲の下にある。思い切って釘で傷をつけたら、隠れている新しい発見を探す。新しい計画は∞
September 23, 2010
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『日待ち』という行事があるのを知り合いの神主さんから教えてもらった。字の通り、お日様に出会うのを待って神主さんが祝詞をあげ、また地域の方々と酒宴をしながら夜通し夜明けを待つのだそう。その神社では1月と9月の行事らしい。その『日待ち』という響きがなんだか素敵な気がした。『日待ち』ならず、今日は待っている連絡をいくつか手にい入れることができた。届かない連絡は時々くじけてしまいそうになる。でも、こちらが諦めてしまったら、そのまま途絶えてしまう。面倒でも、何度か勇気をしぼって、手に入れた一歩はとても嬉しい。でも、ここはスタート。ここからが本当の最初の一歩・
September 22, 2010
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身の丈よりも高いものに手を伸ばそうとジャンプした。ジャンプすべきかどうか数日考えた。ジャンプしても届くとは限らない。多分、届かないとわかってて。ただ、身の丈よりも向こうの景色を見てみたいと思った。好奇心が挑戦を呼ぶ。好奇心でもいい。そう、自分に言い訳をして背伸びをしてみようと思った。失敗してもやってみない事にはわからない。ただ、やっぱり目の前の好奇心をやり過ごすことができなくて、かなり思い切ってジャンプしてみた。それが功を奏すかどうかはまだまだ先の話だけれど。
September 22, 2010
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茜色のシーツを西の山に沈む太陽が引きずって空の模様替えが始まる。東の空では月が昇っている満ちる一日前。満ちるすぐ前の瞬間。明日、遠足か、運動会かその次にやってくるものを待つ瞬間が好きだった。あともうちょっと、もうちょっと頑張れるあと一歩。華やかな観月の夕べを待つ一日前の静かな月が好き。
September 21, 2010
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往生際の悪い夏がどんなに昼間居座っても夕方5時の明るさがどんどん少なくなって行くことにちゃんと季節の交代を感じる。今日、木星が48年ぶりに接近すると新聞の端っこに小さく載っていた。本当は木星の接近の方が秋の訪れよりも大きなことだけれど、人は目の前のことが何よりも大きなことであるに間違いもない。昨日、お参りしたお墓に入っている私の曽祖母は明治生まれ。1886年生まれ。携帯もインターネットも知らない。私は曽祖母も、携帯もインターネットも知っている。時代を繋ぐもの。人々の記憶。いくつもの季節をめぐり節目を越える。地球は知らん顔で回り続け私たちは悩み続ける。全てがうまく行くことなんてきっとないけれど少しでもたくさん笑ってすごして次に木星に近づくとき小さすぎる地球の上、木星からはきっと見えないけれど。ちっちゃな木星の新聞記事を見て笑顔で生きていれていたらいいと思う。
September 20, 2010
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探していたものがここら辺にはないと思っていたものが不意に見つかるととても嬉しい!「誰も得しないラジオ」で話題だった「おやつカフェ」を手にして食べることができました。 ほんと、番組中に紹介されてた通り赤ちゃんせんべいのような感じでハッピーターンのような「甘じょっぱい」感じで美味しかったです。
September 20, 2010
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重い夢をみた。目覚める直前までその物語は続いていた。大きな箱と広い階段、人気の少ない場所背の高い煙突長い長い梯子TAXI色の少ない景色夢占いにかければきっと色んな話に展開していく様な沢山のキーワードがある。身体まで固まっていたと見えて起きたら、すごく首が痛かった。とにかく、サロンパスローションを塗った。何よりも先に。後味は悪くない。ただ、今日一日、ずぅっと心に残っていた。自分の意識の外でその夢の記憶と現実を何かが行ったり来たりしている。何なんだろう。何か探しに彷徨ってる。見つかりそうで見つからないもの。心が凝っている。取り出して揉みほぐすことが出来れば少しは変わるだろうか。サロンパスローションを塗ったら。殻を割っておはしでつついてかき混ぜたら空気を含んで柔らかくなるだろうか。好きな曲を耳から聞いてアルコールに喉を潤す。逃げ道があってよかった。そして、明日、花を買おう。
September 18, 2010
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今日いちにち、なんだか沢山喋った。なんだか沢山聞いた。人と話すのは楽しい。自分とちがう人は自分と違う風景を見て自分と違う人生を生き自分と違う考えを持っている。もちろんだけど。その話を聞くのが面白い。全然違う目線やモノの見方、私には出来得ない経験。そこには新しい本のページをめくるような知らない物語が広がっている。背景や理由はいらない。そこにただ、話が、ポツンと存在する。たったそれだけのことなんだけれどそれが思わぬ広がりや繋がりが見つかった時、ワクワクする。宝物はそんな風に見つかるのかもしれない。人と人の出逢いのなかでお話の中で。そして、宝物は一つではない。この世にはきっといっぱいある。たくさん掘り出そう。たくさんの手掛かりをつなげて推理をはたらかせて。だれにもできること。
September 17, 2010
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ゆっくりと自転車をこぎながら帰った。いつもより早く社を出られた。急な来客の応対を終えたら、ぴったり5時だった。することは山積だけれども今から取り掛かかるには少し重いので、見切って帰ることにした。そんな風に、時々、見切ることは必要そう思えたのは、帰り道のタマスダレいつも通っている通勤路そのお家にもこのお家にも気付かなかっただけであちらこちらで花を開いてそうか、もうこの季節が来たんだ。すっかり忘れていた。この花の存在さえも。存在を忘れていたことが悲しかった。少し視野が狭くなっていたかもしれない。時には荷物を整理して軽くなってみよう。思いきって要らないと捨てることが出来たならもっと高く跳べるはず。高く跳べば、もっと広いものが見れるはずだから。
September 16, 2010
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四ツ葉の発現率を高めた種があるという。現にその種が蒔かれた鉢植えにはいくつもの四ツ葉ができていた。この用意された幸せに私は違和感を覚える。幸せは自分でみつけないと感じることはできない。大事には出来ない。子供の頃、近所の空き地にしゃがみこんで暗くなるまで一生懸命探して見つけたキモチは忘れない感動。四ツ葉が見つかりやすい秘密の場所を内緒にしていた。そんな背景なくしてぼんと渡された幸せはどんな感じがするんだろう。本気で大切にできるのだろうか。幸せは誰かにもらうものでなく、自分で感じるもの。自分を幸せにできたら人も幸せにできると思う。最初の一歩は自分で探そう。
September 14, 2010
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幸せな2時間をかけてココロの充電をしました。本当に好きなものに浸るということがココロと身体を軽くしてくれる。不思議なこの力はどこから来るのか街を歩く私はいつの間にか少し顎をあげて歩いていた。京都の街は南北の高低差足元の空に夏の忘れた雲が見えた。力をもらえた。また頑張れる新しい力。秋の空は高すぎてそこまで届かないかもしれないけれど出来る努力は惜しまないでいこうと頑張りすぎるのではなく、しっかり向かっていたいとそうしてると姿勢だけでも何処かで近づける気がして。近付けると思えたら、もっと頑張れる。背中を押すメロディーが繰り返し流れてる。
September 14, 2010
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久しぶりに明るいうちに仕事を終えた。オフィスから出て触れた空気は構えた肌が肩透かしをくらった。いつの間にか夕暮れの空は高く雲が広い。夏の終わりと言うのは寂しいものだと決まっているのだけれどこの夏に限っては終わりが見えたことに皆がほっとしている。かわいそうな夏。お疲れさまの空。それでもまだ30度を超えている。なのに涼しいと思えるほど人の暑さの常識のハードルを上げた夏。秋を優しいと感じさせる為の犠牲の夏。季節は同じでない年ごとに違う顔を持ち同じ時間は二度とない。同じ季節も二度とない。この夏は一生に一度だけ。もうすぐ閉まってしまう夏にやり残しはないですか。心残りはないですか。優しい秋がやってきますように。
September 13, 2010
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髪がずいぶんのびた。もともと長い髪の私「もともと」になるまでもう少し。この髪の先っちょ一番先の部分にも確かな記憶を持っている。私の痛みでもあり力でもある部分。辛かったことが経験となって自分の強みとなる強みとする。どんな不幸もいつか過ぎ去った時にそれを自分の糧にすること。そして、糧になる未来を夢描いてその不幸を乗り切ろう。同じ状態は長く続かない。振り返る自分を想像して今が過去になった未来をシュミレーションして。影は陰として受け入れよう。陰の背には光があるはず。きっと大丈夫。私にも「もともと」がもうすぐやってくる。
September 12, 2010
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久しぶりに本を読んで泣いた。二コラス・スパークの物語は好きだった。読んだことのないものをみつけて図書館でパラパラとぺーじをめくった。主人公の語る思いで話の中で今の私の年齢と近くまた子供も3人でそれぞれが近い年齢に共感を覚えた。主人公も私も含めこの年齢層の女性たちは皆、同じように背負うものと果たすべきもののはざまで痛みを持ってるように感じる。その痛みを痛みと認めてしまうことが後ろめたくて目をつぶっているのかも知れない。でも痛みは痛くないと思えない。せめて自分の中でだけでもそれを認めてあげないと痛みが固まってガンになってしまう抱えるものの大きさにつぶれないために主人公は思うように行動してくれた自分の痛みを解き放って。それがとてもうれしくて。たとえ、それがそのあとの辛さになろうともその瞬間に自分を生きることが出来た主人公。誰もが望んでいることかも知れない自分を生きること。できそうでできなかったりする。私は正直に自分に生きれているだろうか。その瞬間があれば人はそれを思い出と呼び薄紙に包んで大事に抱きしめて生きていくことが出来る。私は?ちゃんと立っている?ちゃんと生きている?自分の思うように。それがたとえ痛みを伴うことでも痛みは生きている証として認めてさえいれば。主人公の物語はハッピーエンドではなかったけれど手には素敵な思いが残った。60歳になった主人公が大切にしている思いは思い出ではなく、今も生き続けてる思いに背筋を伸ばした生き方にそんな風に年齢を重ねたいと思えた素敵な物語だった。
September 11, 2010
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出張でした。日帰りだったけど、前日は3時間残業しないといけないくらいオフィスには山のように仕事が残ってるけど、今の私には必要な距離だった。ちょっと、離れてみたかった。色んな事から。そうは行っても東京へ向かう新幹線の中パソコンを開けてメールにて色んな事をさばいていく。でも、どうしようもない距離間が私に安心をくれる。千人単位で人を運ぶ新幹線皆が同じ方向を向いて座っている。何処か行く場所か何処か帰る場所かその先にはそれぞれのドラマが待っている。つかの間、私たちは同じ車両に乗り合わせ同じ方向を向いている。時折、画面から目を離して車窓の景色を眺める。山とか川とか畑とかこれだけの時間眺めたことないここ最近。何もしないで時間を過ごすこと必要だったかもしれないそう思いながら手を止めた。人口の何分の一かが集まっているこの都会の人混みにフェードアウトしたら京都は私を見つけることがきっとできない。一日だけ今日一日だけPASMOが私を隠してくれる気がした。
September 10, 2010
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新幹線の改札にてお迎えしたその方は背負うものの大きさを感じさせないさわやかさと落ち着きをお持ちでした。お話をうかがって初めて、これがそう簡単ではなくしっかりと熟慮されながらもスピードを落とさずに着実に進められてきたことがわかりそれほどのことを成し遂げていらした方がここに来ていただいてもいいものかと思いました。お話の中であった「自分のマーケットバリュー」と言う言葉が印象的で、自分が社会を物事を動かせる人間であるか社会に対してドライブが掛けることができる人であるかとの考え方に自分の存在価値と言うものに立ち返って常に軸を修正しながら進まれてきたということに「すごい人」と思える要素を感じました。「すごい人」はいつでもそうです。ちゃんと理論だてて自分の思いを持ちそれをひけらかすことなくひたすら前に進む。そして夢を形にかえてゆくひと。私は「すごい人」にはなれないけれど自分の社会的存在価値について考えることがここのところ多かったので染みるお話でした。
September 8, 2010
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ずっと窓の汚れが気になっていた。でも、あまりに暑過ぎて窓拭きをする気になれないでいた。ようやく決心して朝からみっちり3時間、汗を思いきりかいた。窓に始まってエアコンや空気清浄機など空調の掃除、廊下その他の拭き掃除をした。家族がみんな留守の休日。最後に出て行った長女が手ぬぐいを巻いている私を見て『掃除部!』と言った。部活に出かける子供たちを見送って母は家で掃除部活動・・・(笑)頑張って、汗かいて、得たものはバケツの中の水の色。掃除部の活動は地道。景色が変わったことに誰も気付かない。会社の男性が言っていた。「休みの日に庭の草刈りをしたんだ。 終わって飲んだビールはうまかった」掃除部は活動が終わってもビールは飲めない。次に買い物部、炊事部、洗濯部と延々と続く。休日の部活動の道は険しい
September 4, 2010
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ゆるいメールをいただいた。その方は、お話もゆったりした方でその方がお持ちになっているスペースもすごく時間がゆったりと流れているので是非、おいで下さいという御誘いのメールだった。なんか、はっとした。私にはこんな余裕が無い。取りこぼさないように両手をいっぱいに広げて隙がないように気を張り詰めている。その方もきっと両手をいっぱいに広げられている。全てなんでもwelcomeだと言う風に。同じように広げた両手も何かが違う。とにかく、目の前にあるもの全てを無事に終えたい。進むのはそれからでいい。ただ、息苦しいので出口を見つけておきたくて。そんな私が居ながらも今、何かが見えそうな気がしている何かをつかめそうな気がしている。それがモヤモヤとしていて、良く見えない。でも何かが動き出しているまだまだ形にならない何かが。慌てて取り払うつもりはない時期がきたらみつかる気がするから。急いではいない。ただ緊張感がぬぐえないだけ。だからゆるいメールがよけい染みたのかもしれない。ただ、余裕をなくしてはいけない。もう少し幅をもって。いつか見つかる何かを受け入れるゆとり幅を。
September 3, 2010
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自転車にのって出勤。今日は行きも帰りも雨に降られた。それも途中から降って、着くまでに止んで。ざぁーとスコールみたいに。今日はジャケットを着ていて髪はまとめていたからよかったぁ~と思いながら昔の恋を思いだしていた。中学生の頃、付き合っていた男の子と帰る途中すごい雨に見舞われた。傘を持っていなかったのに雨宿りをすることもなく雨の音がひどく話をすることもなくただ黙ってモクモクと道を歩いた。それがひどく寂しくってそれが情けなくって雨の勢いに恋心も消火されたみたいに濡れたココロはすごく重くなって流されてしまった。そこから本当にキモチを失くしてしまった。それでおしまい。夏の雨は少し気持ちいい。大切な腕時計を濡れないように信号待ちで鞄にしまって再び自転車を漕ぎだした。懐かしい思い出は甘くも辛くもなくドラマのシーンのように顔の見えない自分がふと蘇る。そんなことを繰り返し今は過去になっていく。今をちゃんとおえないと明日に借りができてしまうから今日、今、しなければならない事をちゃんとしよう。スコールに流されてしまわない足場を固めて。そう思ったら、今日は7時半まで残業でした
September 2, 2010
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今日は友人の誕生日でした。その友人の誕生日におめでとうをメールで送った。毎年、おめでとうを言い続けてもう26年なんかすごいなぁそんなことを思いながら会社へ向けて自転車をこいだ。9月になったと言うのに東へ向けて走るのは厳しい。まだまだ日差しが強くてお花屋さんの前、冷たいみどりの空気に救われる。40代になり、「やる気」だけで解決しない現実を知り、しっかり自分の身体と向き合っていくことを避けて通れないことも知っている。会社の健康診断にひっかかった。「要精密検査」に大学病院で再検査を受けた。昨日、結果をもらいに行った。白血球が標準値ぎりぎりラインで少なく、赤血球を作る細胞も同じく少ないらしい。自分の身体なんだけれど、血液のことは、身体に任せている(笑)40年も働き続けていたら消耗もするに違いない。でも、まだ先に続く道を軽快に歩くために、出来ることは怠らずにこの激しい夏はいつまでも続かない吹きだまりにサルスベリのピンクが集まっている。
September 1, 2010
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