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ぽかぽか陽気に包まれて
そのいち
読み終えた漫画は部屋中に散らばり、脱いだ服やジーンズも、だらしなく床に、机の上に、ソファーの上に投げ捨てられている。
足の踏み場に困る程の、お世辞にも綺麗とは言えない、とある家のとある一室。手っ取り早く言うと僕の部屋。
その薄暗く汚い部屋の中で、唯一散らかっていないベッドの上を、太陽さんの目覚まし光線が、起きろ起きろと眠っている僕の顔を照らし出す。
「ん、んー…」
顔面にピンポイントで照射される光の眩しさに僕は目を覚ました。
「ふぁぁ…」
上半身だけを起こしあくびをすると、次に大きく伸びをする。やがてぼやけていた視界は汚らしい部屋を鮮明に映し出す。
相変わらずだらしない部屋だな、と自分の部屋のことながらそう思う。
まだ頭の方は完全に目覚めていないらしく、しばらくボーっと部屋を見つめていた。
やがて部屋の外、廊下の方からドタドタと何かが駆けてくる音が聞こえる。
音がどんどん近づいて、僕の部屋の前辺りでそれは止まる。
「お兄ちゃーん、起きてる?」
その声と同時にガチャリと音をたててドアが開き、その長方形に開いた穴の中からセーラー服を着た小柄な女の子が顔を出した。
「ん、おはよ、桃花。起きてるよ」
僕がそう言って微笑むと、女の子も笑顔を返してくれた。
ショートカットの綺麗な黒髪、普段は緩やかにカーブを描いている細めの眉は、その笑顔に合わせて今は少し「へ」の字型。もう少しくらい太ってもいいんじゃないかとも思うほど、細めで小さい体と輪郭。顔はとても幼くまさに童顔。
僕の妹、熊猫桃花(くまねこももか)。
「ご飯できてるから、着替えたら早く降りてきてね。いつまでもそうしてると遅刻しちゃうよ」
柔らかい笑顔を絶やさずにそう言う桃花。そんな妹の姿に思わず見惚れてしまう僕はいけないお兄さんでしょうか。そんなことを考えつつも、僕もそれに笑顔で返す。
「わかった、すぐ行くから下で待っててよ」
ちなみに下というのは、この部屋が2階だからである。
桃花はニコッと微笑み、わかったと言って部屋を出て行く。
僕はしばらく開けっ放しのドアを眺めていたが、
「おっと、遅刻しちゃうな。早く着替えないと」
そう言って立ち上がりベッドから降りる。遅刻する、というのは、僕が現役バリバリの高校1年生だからだ。
寝巻き代わりに着ていたシャツを床に投げ捨て、ソファーに放り捨てられていたズボンを履き、白いYシャツの上から学ランを着る。
少し苦しいので学ランの1番上のボタンは外しておく。
部屋がまだ薄暗いことに今更ながら気づいた僕は、カーテンを思いっきり開ける。
太陽の眩しい光が一気に部屋の中に差し込む。眩しさで目を細めながら、その勢いを殺さないまま続けて窓を一気に外に開け放つ。
ゴイン! という鈍い音と共に手に少しだけ衝撃が伝わる。
そして何か大きな、虫のようなものが吹き飛んでいくのが見えた。やがて下に落ちてそれは窓からでは見えなくなる。
「…なんだったんだ今の」
虫にしてはヤケに大きかった。よく見えなかったが、10cmくらいか。
「うへぇ、気持ち悪い」
そう言って僕は窓を閉めようとした。が、
「……」
体が固まり、言葉を失う。
さっきの虫のようなものが、パタパタと背中の羽を羽ばたかせて戻ってくる。頭を抑えながら。
そう、頭を抑えている。それは、その生き物は、人間の形をしていた。
虫のような羽が背中に4枚。全長パッと見10cm程度。オレンジ色をした少し眺めの髪を柿の形をしたアクセサリー尽きのゴムで左片方だけ縛っている。着ているのは、見える限りでは緑のワンピース1枚。見た感じでは女の子。しかもそれなりに可愛い。
だが、最初二つがそれ以外の全てを吹き飛ばすくらい明らかに、そして圧倒的におかしい。
しかし僕はこのような生き物に見覚えがあった。その妙な生き物に僕の頭は答えを導き出す。
そう、それは、ファンタジーな本やゲームなどでお馴染みの、想像上だけの、実際には居るはずのない生き物……妖精だった。
その有り得ない光景を僕はただジッと見つめる。
頭を抑えて泣いていた妖精は、僕の視線に気がつくと、涙を両手で拭い大きく目を開いて、まっすぐに僕を見つめ、
「おはようございますです! 柿の園から参りま」
窓を閉めた。
そして閉めた勢いそのままカーテンも閉める。これで非現実的な光景ともおさらば。ばいばいありがとさようなら。僕は何も見ていない。これで万事オッケー。
無理やりにでも自分を納得させる。
だが妖精はそれを許してくれない。
「開けてください~! 柿の園の皆を助けてください~!」
バンバンと力強く窓を叩く。窓越しからでも聞こえるくらい大きな声を出しながら。
「お願いです~! 大変なんです~! 無視しないでください~!」
「なにも聞こえないなにも聞こえないなにも聞こえないそうだこういうときは深呼吸で心を落ち着けるんだひっひっふーひっひっふー違うこれは新しい命を産み落とすためのもので今は必要ないっていうか僕は男だいやそんなことどうでもいいんだえーっとつまりえーっと」
必死にその存在を伝える妖精の少女と必死にその存在を否定する僕。
自分の声で相手の声を掻き消そうとするが向こうも叫び続ける。
どれくらいお互いそうしていたのかわからないが、気がつくと窓の外はいつの間にか静かになっていた。
「……もう、居なくなったの、かな……」
その言葉がすでに今まで妖精が存在していたことを認めることになるのだが僕はそれに気づいていない。
「い、一応…確認を…」
そう言ってカーテンを開けてみる。再び差し込む太陽の光に目を瞑ってしまう。
それでも、ドキドキして止まらない心臓の鼓動に耐えつつゆっくり目を開ける。見つめる先は、いつもの街並み。それ以外変わったものは見当たらない。
「よ…良かった」
ホッと胸を撫で下ろし、ゆっくりと窓を開ける。だが、現実は甘くはなかった。
「ひぐ……えっぐ……」
……。
どこからともなく聞こえる女の子のすすり泣く声。僕の胸の鼓動はまた落ち着かなくなる。
どうやら窓の下のほうから聞こえるようだった。
「ま、まさか…」
とてつもなく嫌な予感がする。見たくない。そう思ってもしかしそれと同時に込みあがってくる好奇心を抑えることができない。
僕はゆっくり、ゆっくりと、顔を下へ下へと向けていった。そこには、やはり、認めたくない現実が形となってそこに居た。
「ひっぐ、ふぇ…ぇぐ…」
嫌な予感は的中。さっきの妖精が僕の部屋の窓の真下の、家の1階の屋根の上に座り込んで泣いていた。
「あうう、ひどいですぅ。やっと柿の園からこっちの世界まで来たって言うのにぃ」
体育座りして腕で顔を覆っているその妖精はどうやら僕が見ていることには気づいていないようだった。何かよくわからないことを言いながら泣き続けている。
正直、このまま窓を閉めてこのことを忘れたいのだが、目の前で弱弱しく泣いている、その少女(まあ妖精なのだが)を見ていると、可哀想で、放っておけない気分になってしまう。明らかな非常識に直面しても、僕はそんなことを考えてしまう。でも、吹き飛ばしてしまったことを、謝らないといけない。そう理由をつけると、僕はその少女に声をかけてしまっていた。
「え、えーっと……だいじょうぶ?」
なんと言えばいいのかわからなかった。とにかくまずは僕の存在に気づいてもらわないことには始まらない。
「ふぇ……」
その妖精は腕で覆っていた顔を上げてこっちを見る。その顔は涙と鼻水でグチャグチャだった。
「えぇっと、さっきはごめんね。その、イキナリだったから」
オロオロしながら話す僕を見つめていた妖精は、やがてその表情に笑みを浮かべ言う
「あ、あぁ! 貴方が月影刹那さんですねぇ!」
「え?そ、そうだけど……」
月影刹那(つきかげせつな)。確かにそれは僕の名前だった。だけどなぜそのことを、今会ったばかりのこの少女が知っているのだろう? 迷わずその疑問を聞いてみる。
「なんで、僕の名前を知ってるの?」
「知ってるに決まってるじゃないですかぁ! 私は貴方に会うためにここまで来たんですからぁ!」
そう妖精は言う。僕に会うために? 正直話の流れが理解できなかった。とりあえず見る限り危害を加えることもないな。見た感じだけだが僕はそう判断すると、この認めたくないが認めざるを得ない非常識な生き物を、とりあえず家に招き入れることにした。
◇
「……なんだって?」
そして僕は今、早速先ほどの判断を後悔することとなっていた。
「ですから!月影さんは私達の住む柿の園の平和を取り戻す勇者なのです!」
「……なんだって?」
「ですから!月影さんは私達の住む柿の園の平和を取り戻す勇者なのです!」
僕は部屋のベッドに腰掛けて、妖精は僕の目の前に浮きながら、話し合っていた。ちなみに聞き返すのはこれで5回目だ。それに妖精は一字一句間違わずに同じ答えを返してくる。だから僕もそれに敬意を表し、一時一句間違わずに同じ答えを返してあげている。
僕が聞いた話は、こうだった。
この妖精の少女「カッキィ」の住む世界「柿の園」は僕達の世界とは違う次元に存在していたらしい。
そこはカッキィのような妖精達が平和に暮らしていたが、ある日突然柿の園の秘宝、《被った者に力を与える代わりに意思を乗っ取ってしまう》という「闇の麦藁帽子」をとある妖精が盗んでしまった。
闇の麦藁帽子に操られた妖精はその力を使い柿の園の妖精達を次々と操り自分の配下にしてしまった。
そして柿の園の姫であるカッキィは、妖精達を救うために、柿の園を救う勇者を探すようにとの命を受けこっちの世界にただ一人送り込まれた。で、その勇者というのが……
「もう頼れるのは貴方しかいないんですぅ!」
僕、ということらしいのだが……
「僕にそんな力あるわけないだろッ!」
力いっぱい叫ぶ。そうだよ、僕は普通の高校生で、今までだって普通に生きてきたんだ。それがいきなり勇者だなんて言われたって、ただでさえ柿の園というのの存在も疑わしいのに(目の前の妖精は信じざるを得ないけど)納得できるわけがない。
僕が急に叫んだせいで、カッキィは一瞬ビクッと体をふるわせる。が、僕はかまわずに続けた。
「だいたい! なんでその世界の勇者がこっちの世界に居るんだよ! おかしいだろ!」
「世界というのは人間界、柿の園以外にもいくつか存在するんです」
「いくつか?」
「はい。そして、勇者というのはその世界でもっとも魔力に満ちた者のことを言うんです」
「魔力って?」
「魔法を操る力のことです。人によって魔力の高さはバラバラで、低ければ魔法をあまり扱えませんが、逆にこの力が高いほど、さまざまな魔法を扱うことが出来るんです」
「……へぇ」
話がファンタジーの世界になりすぎてていまいち信じられない。しかしカッキィという存在を認める限り、すでに常識は通じない。
「人間はもともと他の種族より魔力が高いんです。ただそれを使う術がないだけなんです。そしてその人間の中で1番魔力の高い月影さんが、勇者ということになります」
「と言われましても」
「私たちの世界の勇者も、闇の麦藁帽子の力にはかないませんでした。もう私達の希望は月影さんしかいないんですぅ!」
カッキィの目がウルウルしだす。
「そう言われてもなぁ……実際魔法がどういうものなのか、見せてもらえたりできないかな?」
「じゃあ、実際に魔法を使って見せましょう!」
なんだか待ってましたと言わんばかりの勢いでカッキィは元気を取り戻す。
「ちょっとジッとしててくださいねぇ……」
そう言ってカッキィは僕の目の前にドンドン近づいてくる。そして右手で拳を握ると、そこに力を入れる。
「ふんぬぉおおぉぉぉぉ……」
なんだかとてつもなく女の子らしからぬ唸り声を上げているが、僕はとりあえずそれを見ているしかない。しばらくそうしていると、カッキィの右手が光を放つ。僕はそれに驚きながらジッと見つめ続ける。そして光が一気に強くなったその刹那
「ぷぎゃー☆」
カッキィは右手人差し指を目に見えないものすごい勢いで僕に向けて突き出した。
ズドォ!
「うごぁぁぁぁ!」
勢いよく突き出された人差し指は僕の眉間を直撃し体ごと僕は後ろへ吹き飛ばされた。
「つおぉぉ!」
そして後頭部を後ろの壁にゴス!と鈍い音を立ててぶつけるという素敵な2連コンボを喰らうハメになった。
◇
「これで信じてもらえましたですか!?」
「ただ強烈な突き喰らっただけじゃないか! 信じられるか! ていうかもう頼まれたって絶対信じないからな!」
腫れた眉間を摩り、目に少しだけ涙を浮かべながら僕は言う。
「あう、見せたら信じてくれるって言ったじゃないですかぁ」
同じようにカッキィも目を潤ませる。
「なんでわざわざ僕に直接やるんだよ!」
「そのほうが信じてもらえるかなって思ったんですよぉ……ごめんなさいです」
そう言ってかっきぃはゆっくりと頭を下げる。下げる前に見たその顔は、既に泣きそうだった。それでも涙を今は堪えている。自分が泣くのは場違いだと自覚しているのか。そこまでされると、逆に言葉に詰まる。女の子には弱いんだな、相手は妖精だけど。
「……あーもう、わかったよ。じゃあ、もう1回見せてくれたら信じるから」
「ほ、ほんとですかぁ!?」
カッキィは涙を拭うと、すぐに笑顔になった。そのコロコロと変わる表情に、不覚にも
(可愛いなぁ)
なんて思ってしまうが、すぐさまその考えを打ち消す。
「で、今度はどんなのを見せてくれるか、先に言ってもらえると助かるんだけど」
「あう、そうですねぇ」
苦笑いするカッキィ、ホントにコロコロと変わる表情が面白い。
「今度の魔法は風を操る魔法なんですよ! あ、タンス開けておいて貰えます?」
僕は言われたままに部屋のタンスを開ける。そして視線をカッキィに戻した。カッキィは目の前にやった人差し指に視線を向けると、
「ふんんんぬぅぅぅぁぁぁぁぁぁ」
また先ほどのように唸りだす。正直、これは何とかならないものか。
僕はまたそれを見つめていると、指の周りを空気が渦巻いているのがわかった。ていうかそれ以上に唸っているカッキィの顔がすごい。眉間にしわを寄せて指を睨みつけている。正直怖い。
「えいっ! ですぅぅ!」
カッキィは人差し指を右腕ごと振る。すると渦巻いていた空気は風となりベッドの向かいの壁の方に一直線に向かって飛んでいく。壁に当たった風は拡散し、それぞれが壁を伝いながら部屋の中を駆け巡る。
「……すごい」
僕はその状況を、目を見開き只見ていた。
拡散した風はそれぞれが駆け巡り、通路上にある本や服など散らかっていたものを、本は本棚、服はさっき開けたタンスの中へ、しっかり畳まれて入っていく。
「これでこの不潔で汚い部屋もバッチリ元通りなのですよ!」
「……んなハッキリ言わないでも」
ちょっとだけ傷ついたマイハートは置いといて、実際に魔法を見せ付けられた僕は、カッキィと話しても、視線はその光景に釘付けだった。
「すごいな……」
それしか言葉は出てこない。だが心底そう思った。これが、魔法というものなのだろうか。
「この程度の魔法は誰でも出来る簡単なものです。月影さんは、もっとすごい魔力を秘めているんですよ」
「うん……」
相づちを打つ。その時の視線も、未だ続く科学の力もビックリの魔法掃除を見つめていた。すると、風が部屋のドアの前でピタリと止まり、渦巻きながらそこに留まる。
「どうしたの?」
「掃除が終わったから自然に消えるのを待っているんですよ。魔力自体には限界は無くても、体に疲労として返って来るんです。操るということでは発動するのも止めるのも同じですから、体に疲労が来るのは変わらないんです。だから、止めるのに魔力を使うのもしんどいですから」
と、一気に説明したカッキィは、最後にペロリと舌を出して苦笑い。そんな仕草に少しだけ、ドキッと来る僕は、マジであぶなくなってきているんじゃないかと思う。
「そっか」
と返し、渦巻く風が少しずつ消えていくのを見つめる。それは徐々に弱弱しくなっていき、あと少しで消えるというとき。
「お兄ちゃん! 着替えたんなら早く来てってば! もう本当に遅刻しちゃうよ!」
声と同時にドアが開く。その中から眉を逆八の字にした(顔立ちのせいか逆にそれすら可愛いのだが)桃花が入ってくる。怒っていてもその声じゃ迫力も何もないなぁと思いつつ、返事をしようとしたそのときだった。
「「あ」」
僕と桃花は一緒に声をあげる。(カッキィは咄嗟に人形のフリをしているらしい)
消えかかっていた弱弱しい風の渦が、フワリ、と桃花の制服のスカートをめくり、何事も無かったように消えていった。
「「……」」
残ったのは、気まずい沈黙。先に口を開いたのは桃花だった。
「……見た?」
「白」
思わず答えてしまった僕。瞬間その過ちに気づくが、時既に遅し。
「お兄ちゃんのバカァァァ!」
その叫びを最後まで聞き終えたときには、既に桃花の投げた鞄が僕の顔に深くめり込んでいた。
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