南トルコ・アンタルヤの12ヶ月*** 地中海は今日も青し

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2006/06/09
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テーマ: 海外生活(7808)



現在、ふたりの娘が通っているコレジ(私立学校)が、いつ何どき閉校となってもおかしくない状況に陥っているのである。

現在の経営者は、2004年に私たちのコレジを買い取ったカイセリ出身の実業家であるが、学校経営を含む諸事業のために多額の借金を重ね、とうとう差し押さえ、競売という道を辿ることになってしまったのだ。

予兆は4月半ばを過ぎてから、娘たちの口を突いて出た言葉に表れた。
「今日、お昼ご飯何にもなかったんだよ~!」
私はビックリして聞き返した。
普段、チョルバ(スープ)、ピラフかマカルナ(パスタ類)、アナイェメッキ(主となるおかず、メインコース)の他に、イェメッキハーネ(食堂)の真ん中に設置された大きなテーブルにアチュックビュフェ(オープンバフェ)が用意されていて、何種類ものソークメゼ(冷菜)やサラダ類、デザートが並び、小学生には勿体ないほどの豪華な給食が提供されていたのだが、娘たちが言うには、チョルバとハンバーガーとフライドポテトだけで、サラダも何もなかったというのだ。

私は、どうしたのだろう?と訝りながらも、なんとなく経営難の匂いを嗅ぎ取っていた。
毎日の習慣として、娘たちが帰ってくると「今日はお昼に何が出たの?」と聞いていた私だが、それ以来、アチュックビュフェが復活することはなかった。チョルバ+ピラフ+クルファスリエ(白インゲンの煮物)などという簡素な食事で、新鮮な野菜や肉がほとんど登場しないのだ。いくらなんでも栄養のバランスに欠けている。


新聞のアクデニズ(地中海)版1面に、私たちのコレジが売却されたという記事が載ったのである。
購入したのは、進学校アナドル・リセスィ(アナドル高校)のひとつに寄付によって家族の名前を冠した実業家で、私たち父兄の心配はすぐに期待感に変わった。この人物が、同じように亡くなった家族の名前を冠した小学校を欲しがっているという話で、彼が買い取ってくれれば、今以上に素晴らしい学校に生まれ変わるのではないかという期待が膨れていったのも当然だろう。
彼が10日以内に指定のお金を支払えば、学校は彼のものになり、噂どおりであれば、新たな経営陣が連れてこられて、学校は継続するはずだった。

しかし、彼はお金を払うのを断念し、売却は無効となってしまった。
私たち父兄は、再び不安の渦の中に突き落とされた。
次の競売は5月の半ば過ぎだった。私は、毎日を不安の中で過ごし、競売の行われた日、すぐにムハセベに確認しに行った。
しかし、誰も購入する人物は現れず、流れてしまったという。次の競売がいつなのか、それすらはっきりと分からない状態が続いた。

もし。もし学校が、単に金儲け目的の人物の手に渡ったら、学校は閉校、校舎は解体され、約1ヘクタールの土地は、周辺同様、住宅建設用土地に転用されてしまうことだろう。
閉校に至らず学校が無事継続したとしても、経営陣が変われば軌道に乗るまでなにかとガタつくことは必至だし、いつまた転売という話が起こるか分からない。
中には、最初の競売の段階でさっさと子供を他の学校に転校させてしまった機敏すぎる父兄もいた。今期も残すところ1ヵ月半で、授業は6月16日まで継続して行われるというのに。
しかし実際、各コレジともすでにカユット(登録申し込み)の時期が始まろうとしていた。中には、4月中に面接・転入試験・クジ引きなどを経て来期の新入生・転入生を選び終えているコレジもある。今のコレジに未練のない、また子供の学費に糸目をつけない裕福な父兄は、早々に他のブランド・コレジへの転入手続きを始めていた。


娘たちの通うコレジは、創立26年。アンタルヤでも最も伝統のあるコレジのひとつで、当初は本当に素晴らしい教育が行われていたと、今でも地元の人に聞かされる。つい数年前まで、CHP党首デニズ・バイカル(アンタルヤ出身)の孫が通っていたのをはじめ、地元の有力者の師弟が多く通っていた時代もあったのだ。
その歴史を惜しむ者。ここの卒業生で、大学卒業後教師として母校に戻ってきた者。担任教師が気に入っている者。学校の規模や雰囲気、学費等さまざまな条件が合う者などである。

2001年秋にトルコに引っ越してすぐ、エミを5歳児(満4歳)クラスに入れた
私たちにとって、とくに娘たちと私にとっては、5年間朝夕通い詰めた愛着ある学校である。自宅から徒歩3分。娘が忘れ物をすればすぐに届けてやり、学校からの手紙の内容が分からなかったり、子供たちに何かあればすぐに先生に聞きに行き、学校の雰囲気や設備の不備や変更など、些細な変化はすぐに目に入り、クラスの友達や他の生徒たちの様子が手に取るように分かり・・・・
トルコの学校システムに不案内だったヤバンジュ(外国人)の私にとって、学校が自宅の近くにあるということは、この上ないアヴァンタージ(アドバンテージ)だった。



(中編につづく)









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最終更新日  2006/06/10 05:34:26 AM


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