てか
そんな世界だと 思っているだろ?
世界はどこまで見ればいいのかな?
見ちゃいけないこともあるんだろうな きっと。
けれど
見ちゃいけないことも きっと
この世界を 成立させるパーツなんだろうな。
教科書が教えてくれることばかりじゃないからな。
誰かが言ったその言葉。
頷きたくないけれど頷かなきゃ
この世界 生きにくいと知った。
キレイゴト並べてたって
それは 何にも意味は なさないさ。
この世界 汚いことだって 山ほどあったりするからさ。
キレイゴトばかり見ていたって
それは 見ている世界が 狭いだけさ。
人が生きていれば そんな綺麗なことばかりあるわけじゃない。
自分が感じるままに生きたときに
見たくないものがあったとしたら
当然 目をそらしてしまうだろう。
けれど
それをしたことで
「お前の世界は狭いなぁ」
なんて 言われれば
余計のお世話と言うだろう。
しかし
それはただただのキレイゴトと言うようだ。
僕はキレイゴトでしかまだ世界を覗けていないようだ。
大人になるにつれて
見たくないものも増えるのならば
いつまでも
子どものままでいたい。
なんて 言いたくなるけれど
そんなことはできなくて
じゃあ いつキレイゴトでしか見えない
この目の玉を捨てようか?と考えるとすぐに答えは出ない。
世界はキレイゴトばかりでは回りません。
そんなことは重々承知です。
しかしながら
教科書を裏切るような世界ならば
始めからそんな教科書なんて造らなければいい。
最初から
この世界は汚いこともあるんです。
なんて
注釈入れて書いて欲しい。』
それとも
知らない世界がない方が幸せなのか
子どもの僕にはわかりません。
しかしながら
まだ僕はどうしても
この生きる世界にキレイゴトを望んでしまうようです。

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