ちょっといい女

ちょっといい女

ちょっといい女のお話2



迷った挙句、麗子は、骨身を削って働いて貯めた一千万円を、舅達に貸した。夫はもとより、毎日のように、我が物顔で遊びに来ていた、夫の妹も、同居していた、夫の弟も、一銭も出さなかった。



ところが、一千万円を出した後も、彼等の態度は、何ら変わることはなかった。

夫の弟が、結婚することになり、麗子が嫁ぐ時、嫁入り道具として、持ってきた食器棚を、

「ウチがもらった物だから、どうしようと勝手だ。」

と言って、舅は、夫の弟の新居に、持って行こうとした。

一千万円を出してしまい、振り出しに戻った麗子は、残業も厭わず、必死で働いた。でも、たかだか事務員。給料は知れている。家事と育児と仕事に、追われる毎日だった。

舅も姑も働かず、麗子が毎月出す生活費を、

「なんや、こんな少し。」

と受け取った。

(喉元過ぎれば熱さ忘れる)

舅達は、麗子が金を貸した事など、忘れてしまったかのようだった。

「嫁さん、よう働くのう。」

と言う近所の人達に、姑は

「ほんの小遣い稼ぎや。」

とふれてまわった。一千万円も払わせておいて、よくもまあ、そんな事が言えたものだ、と思いつつ、麗子は、反論したいのを、我慢した。



そして小姑達は、また一週間も十日も、泊まりに来るようになった。

「娘なんだから、当たり前や。」

と姑は言った。

親が困った時、一銭も出さなくても、娘は娘。一千万円も出しても、嫁は嫁。何処まで行っても、その平行線は、変わらないようだった。

 思い起こせば、結婚前の麗子は、結婚すれば、幸せになれると思っていた。実母を亡くし、実父と継母とその連れ子と病気の実姉と暮らしていた麗子は、そんな生活から抜け出せる幸せを、噛み締めていたはずだった。結婚すれば幸せになれるという、幻想に踊らされて、麗子は、まんまと結婚してしまった。その結果、更に地獄に陥る事となったのだが。



何度も、離婚も考えた。何度も、死にたいとも思った。

でも、母のいない寂しさ、苦しさを、一番よく知っている麗子が、何故、子供に、そんな気持ちを味わわせられよう。

麗子は、父を憎んでいた。だけど、そんな麗子の中にも、父と同じ血が流れている。時々、自分を、激しい感情を、抑えることができなくなりそうになって、そんな時、麗子は、同じ血を思うのだった。自分自身への、深い嫌悪感に、苛まれながら。

麗子は、父の母へのドメスチックバイオレンスがトラウマとなり、父を彷彿とさせる、気性の激しい人が苦手だった。
 だから、麗子は、のんびり過ぎるくらい、穏やかな夫と結婚し、幸せな結婚生活を、人一倍、夢見ていたのに、その結婚さえも、麗子に幸せを運んではくれなかったのが、言い切れぬほど、悲しかった。



長い闘病生活に終止符を打った、姉の死に顔は、安らかだったと思う。そして、麗子が嫁いだ後、ずっと姉の看病をしてくれていた継母に、麗子は、心から感謝していた。姉が原因となり、父から怒鳴られ、泣いたこともあっただろう、継母の肩の荷も、これで、少しだけ軽くなっただろうと、麗子は思った。今まで、長かったと思い、安堵とも、悲哀とも、言えぬ溜息を、麗子は、深々とついていた。



その時だった。彼が声をかけてきたのは。

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