Uncivilized Ground (未開の地)

Uncivilized Ground (未開の地)

第五部



まだ頭が混乱していたが、紘子の顔を見て少しは落ち着いた。
「どうしたの、吉住クン、じゃなくて康宏くん?」
「どうもしないよ?何で?」
「なんとなく、だけど…なにか悩んでる顔してる、と思うな?」
「そう、かな?」
康宏は紘子のカンのよさに驚いた。
普段あまり顔には出さないはずなのに、と。
「ゴメン、変なこと言ったね?気にしないで?」
紘子は慌てて付け加えた。
たぶん康宏の困惑しきった顔を見たからだろう。
「心配かけてゴメンな、紘子?」
始業チャイムがなったため、紘子は笑顔を残して去っていった。


その日の午後、ついに予感が現実となった。
「久しぶり、康宏」
「篠原…」
家のすぐ近くの公園に、彼女はいた。
それもあの頃の面影を少し残して。
「なによ~久々に再会した瀞サマになんの言葉もないワケ?」
「わりぃ、な。少しばかり現実から離れてた。」
「私のこの美貌に戸惑ってたと素直にいえばいーのに」
変わらない笑顔は、確実に康宏の心は揺りかごのように揺れていた。
「ふぅ…アンタ変わってないなぁ。何でも深刻に考えるトコ。気楽に考えたら?」
瀞は呆れた顔でため息をついた。
「そーいうお前も、軽々しいセリフを吐くトコが変わってないな」
「大きなお世話よ」
会話が弾んでいく度に康宏の中では警告音が鳴り響いている。
紘子の顔が浮かぶ。
目の前にいるヤツは、なんの関係もないただの友達。
そうただの…
「あ、そろそろ帰らなきゃなんないのよね。じゃ康宏、またね~」
「…ああ」
瀞の「またね」につい反応してしまった康宏は、瀞が家に帰ったあとでもチクチクと胸を刺されるような思いに囚われた。
明らかに彼は動揺している。
「…ゴメン、紘子…」
動揺している時点で、紘子を傷つけている。
そう康宏は思った。

――中学。

「付き合ってください」
そんな事を言われることも少なくなかった彼が、OKを出さないのには訳があった。
康宏の過去はごく一部の人間しかしらない。
謎のままだった。
なぜ恋愛恐怖症になったのか…
そう問う者はもういなくなっていた。
篠原瀞という名前は、禁句となっていた。

「時間が傷を癒す」とも言うが、紘子に出会うまでの3年間、癒えることはなかったのだ。
このままでいい、と思っていた矢先の出逢いだったのだ。
「やっぱ俺は…」
康宏は、ベッドの上で必死に葛藤していた。
「紘子、話したいことがあるんだ」
紘子に自分の過去、そして心に決した事を話そうと、紘子をあの樹の下に誘った。
「話って何、康宏くん?」
「…紘子には、全部知っていて欲しいんだ。…俺の過去のことを…」
すぅ、と息を吸い込むと、康宏は話し始めた。
「俺、小学生のとき、仲の良い女友達がいたんだ。」
「…初恋の人?」
「ああ…確かにあれは俺の初恋だった。あの時は、彼女も俺の事を想ってくれてる、と思っていた。
でも実際、そうじゃなかったんだ。俺が勝手に依存していただけだった…んだ。」
「…」
「小学校の卒業式に言われたよ。勘違いするな、って。そしてすぐに彼女は日本を発った。
親の都合でパリに行ったんだ。その後、俺はまるでアルコール依存の患者みたい
に恋愛恐怖症になったんだ。…ははっ…情けないな…俺」
「そんなことないよ?私だって…恋愛以前なんだよ?」
紘子はまっすぐ康宏の眼をみていった。
「康宏くん優しいから…だから恋ができなかったんだと思う…自分の今までの想いを簡単には消せなかったんだよ。
それだけのことなんじゃないかな…?情けなくなんかない」
「紘子…」
「大丈夫だよ、私は…例え康宏くんが私から離れていっても…だから…」
紘子は涙が溢れそうになるのを必死に堪え、無理に微笑んだ。
「その人への想い、忘れちゃだめだよ…?」
「紘子、もしかして…」
紘子は一度だけこくん、と頷いた。
「約束だからね…?」
紘子はだっ、ど走り出した。
「紘子!!聞いてくれ俺は!」
康宏の声は届かず、紘子が振り返ることはなかった。
「なんてバカなんだ、俺は…」


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