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2006年11月06日
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カテゴリ: カテゴリ未分類

3日ぶりの日記復活デス。
ちょっと大人の仕事が忙しかったもので(笑)、どーらくの時間が取れませんでした。(汗;

さて前回の日記で、HARUさんからのコメントを頂きました70年代のディスコDJについてちょっとノーガキをコイてみたいと思います。(笑)
たぶん当時HARUさんが感じていたことと、委員長の感じていたものが同じだったということもありますが、ディスコ・ディスク・ジョッキーについての成り立ちみたいなものが実は、極めていい加減だったということが当時から少なからずコンプレックスになっていたような気がするんです。

まあ、当時業界に関わっていた人なら概ね似たような感覚でいたのではないかと思います。何に対するコンプレックスかといえば、もちろんそれはラジオやTVで活躍するプロのディスクジョッキーや評論家の皆様に対してです。
大体、ディスコのルーツであるゴーゴーハウスそのものは、バンドがメインでしたから、「生演奏」で踊るというのが常識で、ディスク(レコード)の音源はバンドの合間を繋ぐジュークや有線みたいなものが一般的でした。

ですから、70年代初頭はロックバンド=ゴーゴーとして認識されていたのではないでしょうか。新宿のアシベ会館(ゴーゴー・アシベ)とかは、グループサウンズ全盛の頃から不良の溜まり場、エレキで痺れた(笑)若者が髪振り乱して踊り叫ぶ悪の巣窟のように言われていましたよね。今で言うドラッグとかでラリッちゃったりして、元祖不良の老舗みたいなもんですか。(笑)まあ、ドラッグったって今みたいに種類も豊富にありませんから、オフタリドン(ピンキーとか呼ばれてましたっけ)とか睡眠薬ガリガリ噛み砕いてコーラと一緒に飲む、みたいな、結構マジで危なかったですよね。(笑)あとはシンナーかな。
どっちにしろ、最近の健康ドラッグ(笑)とかに比べると結構危ない遊びだったような気がしますね。そーいえば子供用の喘息のシロップ薬なんかもありましたっけ。

えー、すぐに話が脱線しますが、バンドの話に戻すと、何故バンドだったのかというと、当時は外国のヒット曲のディスク(レコード)が日本で発売されるのが大変遅かったからなんですね。まあ遡ると戦後進駐軍が日本に入ってきて以来、この形態が続いていたようですが、要は最新の外国(まあ主に米国ですが)のヒット曲をダンスホールで踊るには、日本のバンドのコピーしか方法がなかったんですね。

ということは、音源入手が一番早いのは米軍基地ですから、必然的にベース周りのバンドが当時の花形ということだったわけですね。

ただ、当時ゴーゴーの主流はROCKでしたから、比較的コピーも容易だったのですが、流れがリズム&ブルース、いわゆるSOUL系に変わっていったあたりからは管楽器が入ったバンドと、それまでのトリオやコンボ編成のROCKバンドとは相当な差が現れ始めてきたんですね。
だってジェームス・ブラウンのコピーなんてブラスが無かったら、薄っぺらい単調なリフレインが続くだけでしょ。(笑)
まあ、元々JBのヴォーカルなんてのはコピーできるはずもありませんが、セックスマシーンとか当時の課題曲なんかをそれなりにコピーしていたわけですね。
ゲロンパ、ゲローライって歌ってごまかしたみたいな~(笑)

そうこうしているうちに、ベースのGIが日本に持ち込んでくるディスク(レコード)そのものを入手するようになってくると、ダンスホール(踊り場)も次第にヒット曲が充実してくるようになったわけですね。
バンドが演奏する、いわゆるそれまでの定番ヒットメドレーから、ビルボード誌のヒットチャート順位に沿った原音の入手を目指すようになりました。
言い方を変えれば、質より量ってことですか。
バンド演奏の技術(コピー優劣)から、ディスク(レコード)の所有数みたいな競争へと移っていきました。

そして、後の輸入盤業界の先駆けとなったアーリーバード吉岡氏の大活躍もあって、都内の踊り場に直輸入盤シングル・ディスクが回り始めていったのでした。(ってなんか歴史ドキュメントみたいですねー)
同時にダンスホール(踊り場)はリズム&ブルース、いわゆる黒人音楽、ダンスミュージック一色の時代へと突入していき、それまでゴーゴーと呼ばれた踊り方も、ステップなる形のある踊りへと移っていったのでした。


あれっ!? ディスコDJの話するつもりだったのに、なんか遠回りになっちゃいましたね。
ということで、続きはまた明日。(^^;






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最終更新日  2006年11月06日 14時33分08秒
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ストリップ小屋  
Studio530 さん
>ディスク(レコード)の音源はバンドの合間を繋ぐ

ストリップで舞台の合間にやった、お笑いのコントみたいなもんで、誰も期待してないとこから始まったんしょうか? (2006年11月06日 14時40分02秒)

Re:ストリップ小屋(11/06)  
RONNYジイ  さん
Studio530さん


ぎゃははー!
でもその合間のコントを楽しみにしていた変なヤツも多少はいましたね(笑)
なんせ、デカイ箱の店だと2バンドで繋いでいきますからねー、ディスクの出番なんてなかったですね。小箱はジュークとか置いてある店もありましたっけ。もちろんステップダンス御用達・課題曲が入ってて、誰が100円入れるか?ってことだけで、選曲は毎度御馴染み暗黙の了解みたいな(笑)
あと、更に貧乏な箱では有線に突如として切り替わって、トム・ジョーンズとかプレスリーとかが流れてきて、なんか独自の雰囲気がありましたね。
まあ、そーゆー店の場合は、皆席について酒を飲むみたいな、休憩&飲食タイムだったですね。
-----
(2006年11月06日 15時57分31秒)

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