正しいと間違いと


例えばひとつの事に対して二つの意見が出ますね。これは昔から
思ってましたが人間は絶対、白黒つけようとしますもんね。
僕も昔は様々体験から出た結果を元にあるひとつの事柄に対して正しい
方を決めてた時もありました。その内、中間でもいいんじゃない?って
思うようになったんですが、言い合いの仲裁に入ったときなんかは、
優柔不断で意見がないとか、どっちにも良い顔しようとしてるとか、
もうさんざん言われてました。今思うにやっぱり耕榮さんの本にもあるんですが
良い悪いとかつけないほうが良いんじゃないかしらと考えてます。
間を取るんじゃなくてどちらの意見もその人にとっては真実だと思うし・・・
個人ではなくもっと大きな範囲で言うと国ってのは国際間でも意見が大きく違いますよね。民族とかも。でも私達人間はそう言う時は「まぁ文化の違いもあるし」っていうことで違いがあって当たり前みたいな事言います。ところが、日本の国内だとそうは中々いかないもんです。その考えやり方はおかしい、自分が正しいってなります。なぜなのか?おかしい感じがします。民族が違ったりしたら正しさとか、考えの基準が変わってしまう位の事って言うことは、なんと正確さにかける正しさなんでしょう?日本の中でも地域によって基準が大きく違うし・・
それでもその曖昧な正しい事を親や先生とかは子供におしつけて、そんな事したら
笑われるとか、おかしいとか、言います。どちらも正しいじゃいけないんだろか?
っていうか、正しいと位置付けるんじゃなくて、意見や行動の位置が違うだけって思えばいいんじゃないかなって思います。でもひつこいようですが、本当に人間の世の中って白黒つけたがる。そんな事で怒りの無駄なエネルギー使うのだったらお互いを尊重して思いやり、愛のエネルギーに変えればいいのにと近頃良く思います。


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