球根のお花がたくさん売られていて、ひとつ試しに買ってみました
小学生の頃に水耕栽培セットで、お花を咲かせたような記憶がありますけれど
最近は、花の蕾が出ていたり咲いている球根を
コップやお皿に少しだけお水を入れて、テーブルやお気に入りの窓辺において楽しむようになっているそうです
切子のグラスに球根が水に浸からないようにして飾ってみました
ピントが花ではなくて、球根に合ってしまいました…
花が咲くことを待つ、小さな小さな楽しみが芽生えたことに
なかなか気付けないものです
哀しみに覆いつくされている時は、何も見えないものです
私も、二年が経った頃から『楽しい』という感情を微かに感じたように思います
今は、小さいけれど、はっきりと『楽しみ』がわかるようになりました
これは、哀しみが減るからでも無くなるからでもなくて
ボンヤリしていた感情から靄が晴れるように、周りが見えてくるような感じだと思います
人それぞれに、この靄が晴れる時期は違うのだと思うのですけれど
ゆっくりと、ゆっくりと
周りの景色が見えて来て、凍り固まった感情も少しずつ溶けて来て
喜怒哀楽の感情が、雪解けから顔を出す春の花のように、出てくるのかな…と思っています
そして、大切な人と最後に交わした言葉も
辛すぎて思い出せない記憶であっても
その記憶が大切なものであるのなら、、、
大切な、想い出に変るそうです
私はまだまだ、懐かしい想い出になりそうにありませんけれど
夫との会話は全て忘れたくないと思っています
普通は
記憶はある程度の時間が経つと忘れるようにできているそうです
忘れるから、次の事が記憶できる…
だから、自分の中で忘れたくない記憶は大切にしていないと
いつの間にか忘れてしまうそうです
夫との記憶は全て、想い出にしたいな…
だから、辛くても決して忘れたくないのです
だから、涙が出ることが多いけれど
定期的に思い出します
いつか懐かしい想い出に変るまで
きっと、私を助けてくれる思い出になると思うから…
今日は、ご主人を亡くされた友人が
あの日に、戻りたくて 2025.11.11
鮮やかな生活 2025.10.05
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