玲子21～彼の事情～
バスローブを羽織って、アタシたちは部屋へ戻る。
「喉が渇いたね」慎司は部屋の冷蔵庫からビールを出してグラスに注いだ。
「どうぞ」アタシに差し出し、持たせると、自分のグラスを合わせた。
「乾杯」
ぐびぐびと慎司が飲み干すのを見届けて、アタシも自分のグラスに口を付ける。
突然、慎司の携帯が鳴り出す。
「ちぇ、切るの忘れてた」慎司は舌打ちすると、仕方なく携帯を手に取った。
でも、電話に出ようとはしない。
そのうちにベルは切れた。慎司はすかさず、電源を切る。
「いいの？」アタシは心配になって聞く。
「いいの」
「奥さん？」
「いや。うちのは金曜日にはかけてこないよ。そういう約束だから。」
「そうなの。じゃあ、彼女？」
「そう」携帯をテーブルに置くと、慎司は面倒臭そうな表情で、タバコに火をつけた。
「金曜日なのに、彼女と会わなくていいの？」
「別に、金曜だからって必ず会うと約束したわけじゃないよ。なのに、最近は会わないとうるさくて」
慎司は、疲れたように笑う。
「そういうの、いやなんだ」灰皿に落とした灰をじっと見つめる。
「束縛されたくないってこと？」アタシは慎司に聞く。
「束縛って言うのかな。愛情の押し売り？あはは。」慎司は続ける。
「そういうのは、うちのやつだけで充分。うんざりなんだ。」
「でも、金曜日には電話もしてこないんでしょ？詮索しないなんて、出来た奥さんじゃない。」
アタシは多少の嫌味を込めて言う。
「それまでに、いろいろとやりあったよ。で、オレが息苦しくなっちゃって、
せめてそうしてくれって頼んだんだ。でないと、これ以上２人の生活を続けていけないって」
「そしたら、承諾してくれたのね。金曜日だけは、あなたにとって自由な日なわけね。」
「まあね。それなのに、今度はアイツに自由を奪われそうだよ」
取引先の福田さんのことね。ま、自業自得なわけだけど（笑）
慎司はビールをグラスに注ぎ足すと、静かに話し出した。
「うちのやつと結婚する前にもオレ、いろいろとあってさ。それでもいいって、
そういうオレでもいいからって言われて結婚した。うちのやつ、結婚前にオレとの子を妊娠して
一度おろしたんだよね。もともと子供が出来にくい身体だったのもあって、
もう出来ないかもしれないんだ、子供・・・」
なんか、身の上話になっちゃったわ。ムードないわね。
「だから、余計オレに執着するっていうか、視野にオレしかないっていうかさ。
ま、もともと一途なやつなんだけどね」
はいはい、ごちそうさま。で、アタシはなんて言ってあげたらいいのかしら？
「オレがなんで玲子がいいか、わかる？」慎司がアタシに問いかける。
さあ？考えたこともなかったわ。
「どうして？」アタシは、とりあえず聞いてみた。
「もちろん、ルックスもカラダも好みなんだけど、それだけじゃない。初めて玲子に会った時、直感したんだ。あ、この子はすごく冷たい目をしてる。男になにも期待していない目をしてるなぁって。」
へぇ、そうなの。まあ、当たってるわね。
「人当たりよく見えるけど、それは演出で、隙がないっていうか。
男を誘う隙は計算して作るくせに、自分の本心を相手に見せる隙はまったく与えないんだなぁって。
感心するぐらいに」
そう言って、慎司は笑った。
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