non title

non title

玲子27~懺悔~


「・・・あはははは!」突然慎司が笑い出した。
「なるほどねぇ。そういうことかよ」
慎司は起き上がり、アタシからタバコを取り返すと、バスローブを羽織ってソファに腰掛けた。
タバコに火をつけた慎司は、含み笑いを浮かべる。
「厄介なんだよなぁ、そういうの。死んだヤツってさぁ、残された人の頭の中で
美化されていくじゃん。実際の姿とかけ離れて、どんどんいい人物像になっていくんだよ。
で、頭の中のそいつに囚われちゃって、忘れられないってパターン。
玲子ちゃんもそのクチ?」
アタシは黙っていた。黙って慎司を睨みつけていた。
アンタになにがわかるって言うの?話したところでアンタにはわからないだろうし、
わかってもらおうなんて思わない。
それに・・・簡単に口に出したくはなかった。
アタシと司のことは、アタシの心の中に留めておくのだ。
口に出したとたんに、汚れてしまう。
汚したくない。
それは、アタシの中で唯一清らかなものなのだ。
「死んだやつは、戻って来ない。玲子のことも、抱いてくれない。わかってる?」
慎司は、吐き気がするほどありきたりな言葉を、さも知ったような口ぶりでアタシに投げつけた。
そんなことは、とうにわかっている。アンタにいまさら説教されなくても。
うんざりしたアタシは、バスローブを身に着けて、浴室へと向かった。


どんよりとした梅雨空の下、花束を抱えて長い石段を登っていく。
見慣れた景色。もう何度、この石段を登っただろう。
D-15画・・・そこに司の墓石がある。
この前ここに来た時は、新緑が美しかった。
「なかなか来れなくってごめんね。寂しかった?」
私は司に話しかける。
きれいに掃除をしたあと、花を手向ける。
線香に火をつけて、持ってきた写真たてを墓石の前に置いた。
写真の中の司は、笑っている。
私は手を合わせる。

どんなに汚れた私も、司によって今、清められる。
そう、神の前にひざまずいて懺悔し、許しを請う教徒のように。
その瞬間、神に近づくことができるのと同様に、私も今、司に近づくことができるのだ。
そのために私は、自分を汚しているとさえ言える。
慎司とのこと、いや、すべての男とのセックスは、私自身を汚す行為だ。
私はこんなにも、淫乱で、欲深で、醜くく恥ずかしい女なのだと確認する行為だ。
誰にも理解してもらわなくていい。これが私のやり方なのだから。

そして、蒼く清らかな司の前にひざまずく。

私の心は、あなたのものです。
どんなに汚れても、あの時あなたに誓ったこの気持ちだけは今も汚さず、
こうしてここにいます。

立ち上がると、近くに初老の女性が立っていた。
「ご姉弟?お若いのにねぇ。」
女性は司の写真を見て、気の毒そうに言った。
私が頷くと、
「やっぱりね。目元があなたとそっくり。」そう言って微笑んで立ち去った。
私は会釈を返した。
血はつながっていなくても、似てくるものなのかもしれない。
「そうよね、司・・・」私は写真に向かってつぶやいた。

帰り道、司という字が慎司の名前の中にあることに、ふと気付いた。
「似ても似つかないわ」私はおかしくなって、一人笑った。

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: